※記事に記載された所属、職名、学年、企業情報などは取材時のものです
世界一流の選手が集うサッカーの祭典・ワールドカップ。その大舞台でのプレーを医療面から支える陰の立役者「スポーツドクター」の存在をご存じだろうか。
世界レベルのスポーツイベントから地域スポーツまで、全ての人が安全にスポーツを楽しめるよう、2019年1月千葉大学医学部附属病院にスポーツメディクスセンターが誕生した。今回はスポーツメディクスセンターの事務局兼スポーツドクター(整形外科)の木村青児先生に、センターの役割とリアルな仕事内容を伺った。
スポーツ救護の医療連携拠点であるスポーツメディクスセンター
―スポーツメディクスセンターとは、どのような施設なのでしょうか。
スポーツイベントを医療面から包括的に支援する拠点です。スポーツ外傷を治療する病院の一部門とは別に、スポーツ救護医療体制の整備やマニュアル作成、さらにはスポーツ救護医療を提供できる人材を育成するための研修など、スポーツイベントを安全に運営するためにあらゆる支援を医療面から行います。
医師だけでも整形外科、放射線科、救急科、脳神経外科、内分泌科、循環器内科、感染症内科、婦人科のスタッフがそろっています。さらに画像診断センター、放射線部、薬剤部、看護部、予防医学センター、環境労働衛生学、事務局や外部の専門家など、総勢30名を超すメンバーが集結しています。
―幅広い分野のスタッフが連携しているのですね。なぜスポーツメディクスセンターが設立されたのでしょうか。
日本でのオリンピック・パラリンピックやラグビーワールドカップ開催が決定して以降、千葉県で行われるスポーツイベントが急増しました。スポーツは常にけがと隣り合わせですから、救護医療体制の整備も急務です。しかし、体制を見直す過程で従来の組織ごとの対応では、どうしても連携がスムーズに取れないなどの課題が残りました。
そこで、複数の診療科や地域の医療施設、さらには予防や公衆衛生分野にまたがった包括的な連携拠点の必要性が高まり、2019年1月に設立されました。
ワールドカップに向けてサッカー日本代表をサポート
―現場の課題を解決するために設立されたのですね。具体的な活動内容をお聞かせください。
3つの活動の柱があります。それは団体支援、イベント支援、研究です。まずはみなさんが一番身近に感じられる団体支援からお話ししましょう。
FIFAワールドカップカタール大会が2022年11月20日に開幕します。千葉大学医学部附属病院と日本サッカー協会は、高円宮記念JFA夢フィールド(美浜区)で日本代表チーム等が調整・練習する際に医療支援を行う協定を2020年7月に結びました。選手のみなさまが安心してサッカーに取り組めるよう、診療や検査が必要になった場合には速やかに附属病院や地域の医療機関で検査・治療を行う連携体勢を整えています。
また当センターは、男子プロバスケットボールクラブのアルティーリ千葉でメディカルドクターを務めています。健康管理指導、試合への帯同、そして負傷時には選手とチームマネージャーにけがの状態や治療方法などを説明し、選手本人が納得した上で治療を行ないます。
―スポーツドクターは一見華やかですが、大変なことも多いのではないでしょうか。
バスケットボールは思っていた以上に接触が多く、初めは驚きました(笑)。アマチュア選手なら「安静にして様子を見ましょう」と言える場面でも、プロ選手はそうはいきません。負傷した選手とチームが試合の継続を希望した場合、医師としてギリギリの判断を短時間で迫られます。
外国籍選手の場合は術後リハビリを母国で希望されるケースも多く、これまでの経緯をまとめた診療情報提供書や詳細なリハビリ計画書を英語で作成します。通常の診療業務をこなしながら並行して行いますが、スポーツが好きだからこそ苦に思わずできるのかもしれませんね。
また現在のプロスポーツでは、アンチドーピングは非常に重要な分野のひとつです。私たちが普通に使っている薬にも使用禁止薬剤が含まれ、しかもリストは頻繁に更新されます。常に最新の情報をチェックし、誤って禁止薬剤を投与してしまわないよう、細心の注意を払って選手をドーピングから守ります。
誰もがより安心にスポーツを楽しめる未来に
―スポーツメディクスセンターには、イベント支援と研究という目的もありますね。
イベント支援には、スポーツイベントにおける救護体制の整備と、人材を育成する講習の実施があります。当日の救護支援だけでなく、計画段階から参加して負傷者の搬送経路やAED設置場所などを検討し、参加者がより安全に参加できるよう救護マニュアルを作成します。
千葉県内ではトライアスロンのように身体の限界に挑むハイリスクな競技や、医師1名であらゆる医療支援を担当するイベントも開催されます。「整形外科医だから救命措置はできません」とは言えません。そこで救急科の先生方からレクチャーを受け、一人でも多くの人を救えるよう日々研鑽(けんさん)しています。
さらに、スポーツメディクスセンターではPHICIS JAPAN※と共催でスポーツイベント救護に関わる人材育成コースを開催し、スポーツ医療の裾野を広げています。
※スポーツ現場の安全を確保するために、スポーツ現場における標準化された「正しい初期対応ができるアルゴリズム」の普及と人材養成を目的とした団体
―スポーツイベント成功の裏側には、先生方のたゆまぬ努力もあるのですね。では、3つ目の柱「研究」について教えてください。
2020年5月にコロナ禍での感染対策と体力低下予防のためのガイドブックや、部活動の安全な再会に向けたガイドラインを作成し、県内の学校やスポーツ施設に14,000部ほど配布しました。コロナの自粛期間のように長期間運動をしないでいると、思っている以上に筋力が低下します。その後急激にトレーニング負荷を上げると、疲労骨折などの発生率が高くなるため、段階的に負荷を上げていく大切さを医学的に解説しました。現場からは大いに役だったとのお声をいただきました。
現在は、「学生スポーツと痛みに関する調査」を千葉市教育委員会と連携して行っています。これまでスポーツによる「使いすぎ」やけがによる痛みは、中高生におけるスポーツではあまり調査されてきませんでした。
そこで運動量と痛み、メンタル状態の関連について千葉県内約500校の中学高校に所属する学生5,000人にアンケート調査を実施し、現在結果を解析しています。痛みなくスポーツを楽しめるように、適切な運動量の目安などを提示できたらと考えています。
―スポーツドクターに憧れる中高生へ向けて、メッセージをいただけますか。
まずはスポーツが好きであることが一番大切です。今やっているスポーツを全力で楽しんでください。名称に「ドクター」とついていますが、医師・歯科医師だけでなく、看護師、理学・作業療法士、管理栄養士、柔道整復師などさまざまな業種の方がいます。興味のある分野・職種に進み、専門を生かしてスポーツ医療に貢献したら立派なスポーツドクターです。先輩スポーツドクターたちが現場で待っています!
限界に挑戦するプロフェッショナルの世界から市民イベントまで、誰もが安全・安心にスポーツを楽しめるよう、医療面から包括サポートするスポーツメディクスセンター。スポーツイベント発展の陰には、スポーツドクターたちのたゆまぬ研鑽(けんさん)とスポーツを愛する熱い気持ちがあった。
インタビュー / 執筆
安藤 鞠 / Mari ANDO
大阪大学大学院工学研究科卒(工学修士)。
約20年にわたり創薬シーズ探索から環境DNA調査、がんの疫学解析まで幅広く従事。その経験を生かして2018年よりライター活動スタート。得意分野はサイエンス&メディカル(特に生化学、環境、創薬分野)。ていねいな事前リサーチ、インタビュイーが安心して話せる雰囲気作り、そして専門的な内容を読者が読みやすい表現に「翻訳」することを大切にしています。
■参考記事
千葉大学OBOGインタビュー
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スポーツドクター/日本サッカー協会診療所院長
土肥 美智子さん