園芸イノベーション〜「食」と「緑」の未来を創る #3

「見えない」を「見える」に〜
ドローンが創る農業の新ストーリー 千葉大学 大学院園芸学研究院 助教 濱 侃[ Akira HAMA ]

#ドローン#園芸・ランドスケープ
2022.09.07

目次

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※記事に記載された所属、職名、学年、企業情報などは取材時のものです

ドローンやセンサーが農業でも大活躍していることをご存じでしたか?最先端のテクノロジーが農業の課題を次々と改善している現場を園芸学研究院の濱 侃(はま あきら)先生に伺いました。ガジェット (道具、装置) 好きは必見です!

地上からは見えない地中のサツマイモを、データで「見える化」

―先生はドローンを農業に応用されています。どのように利用しているのですか?

ニュースなどで報道されているドローンの使い方は、農薬散布や種まきといったダイレクトな作業です。一方私の研究では直接ドローンが作業するのではなく、いろいろなセンサーを搭載し、上空から農場を撮影します。そして得られたデータを解析して、品質や収穫量の向上に役立つ情報を抽出することを目標にしています。専門的には「リモートセンシング」と呼ばれます。

―「リモートセンシング」とはどのような技術ですか?

「カメラなどのセンサーを使って、対象物に触れることなく遠隔から情報を得ること」を指します。具体例を挙げると、サツマイモの葉や茎の生育過程をドローンで撮影して解析しています。サツマイモは土の中で育つので、掘り起こさないとどのように育っているか見られません。地上部で見える葉や茎から地中の情報が得られないかと、ドローンで撮影した画像と、収穫したサツマイモの関係を調べました。

すると、茎や葉の生育の状態と地中のサツマイモの状態に関連があることが分かりました。品質のよいサツマイモの地上部の葉の量や株の高さなどをデータ化することで、最適な生育の状態を数値化できるようになります。農家の「勘や経験」が具体的な数値になれば、ロボットや情報通信技術を使った精緻な管理を行うスマート農業を実現するうえでも役立つ情報になります。

―どうやってサツマイモをちょうどよいサイズに成長させるのでしょう。

基本的に作物の生育は養分である肥料の量が重要になります。ですので、肥料の量を調整してちょうどよいサイズのサツマイモがたくさんとれることを目指します。サツマイモの場合は、葉や茎が元気に生育しているほどよいというわけもなく、逆に葉や茎が立派に成長しすぎるとそちらにエネルギーが取られて地中のサツマイモが小さくなってしまいます。ちょうどよい肥料の量を計画的に施用することで収獲量を最大化するだけでなく、肥料の量が減ればコストダウンも実現できます。

ドローンで撮影した画像とサツマイモの品質との関係はどのように見つけられたのですか?

実は、当初はリモートセンシングで何ができるのかあまりわからないまま研究を始めました。サツマイモでは地上部の生育を“中程度”にするとよいと言われていますが、実際に解析を進めるうちに、よいサツマイモを栽培するうえでの経験則がデータに表れてきたのです。

また、サツマイモは収穫してしばらく貯蔵した方が甘さも増し、おいしくなります。その一方、貯蔵中に腐ってしまうものもあり、腐敗ロスが課題でした。

そこで画像データを解析してみると、腐りにくいと評判のサツマイモの特性がだんだんデータから浮き上がり、貯蔵性のよいサツマイモがわかる可能性がでてきました。貯蔵に向いている、向いていないがわかれば食品ロスを減らすことにもつながります。

サツマイモは千葉県の主要農作物のひとつです。私の研究が競争力の高いブランド品種の誕生につながったらうれしいです。

稲の倒れやすさ、栄養成分もドローンを活用したセンシングで診断

―サツマイモのほかに、どのような作物を研究されていますか?

稲も生育をモニタリングしています。例を挙げると、コシヒカリはほかの品種に比べて背が高いため倒伏(稲が倒れてしまうこと)の危険性が高めです。倒伏すると機械での収穫が難しくなり、収獲量も低下します。そこで、リモートセンシングで倒伏のリスク診断を試みました。

各県の農業試験場での研究結果から、倒伏リスクが高い稲の生育状態が分かっています。稲では生育の調整のため追肥を行いますが、その時期の草丈が重要になります。そこで水田をドローンで撮影し、画像解析で草丈を算出しリスク診断を行いました。

高リスクだったエリア(赤)を見てください。その後の収穫期の画像では実際に稲が倒れていることが分かります。

生育調整を行う追肥の時期に倒伏するリスクがあらかじめ分かっていれば、そのエリアだけ肥料を控えるなどの対策が立てられ、収獲量の低下を防ぐことができます。

―倒伏リスク診断はとても精度が高いですね!味覚の面でセンシングが活躍する場面はありますか。

お米の味は「もっちり」や「パサパサ」といった表現で表されることが多いです。日本人は一般に柔らかくもっちりとした米を好む傾向があり、そのような食感の米の評価が高くなります。でも、食感の好みは人それぞれです。食べる人によっては「パサパサしておいしくない」お米も、別の人には「あっさりして食べやすい」と受ける印象が変わるかもしれません。

米の味は粒の大きさ、水分やタンパク質の含有率、アミロースとアミロペクチンの比率などさまざまな要因で決まります。それをセンシングで客観的な数字に変換して、お米の特徴をレーダーチャート化したいなと考えています。

―チャートがあれば、和食やカレーなどメニューにあわせた使い分けも一目で分かりますね。さらに先生は日本酒造りにも関わられているとか。

日本酒は米が原料の日本を代表する産物です。原料米は食用米ではなく酒米を使います。酒米の中でも雑味の元となるタンパク質の含量率が低く粒の大きい品種、例えば山田錦などが好まれます。タンパク質は米の表面に近いところに多いので米を磨いて(削って)取り除きます。これを精米といいますが、純米大吟醸になると半分以上削らなければならず(精米歩合50%以下)、米の利用率は下がってしまいます。

実際にはそもそもタンパク質の含有率が低い米もあり、その米は半分以上削らなくても純米大吟醸のクオリティーを出せます。そこで、もっと無駄なく酒米を利用するために、生育環境を反映したタンパク質含有率を推定するモデルを開発しました。これにより、タンパク質含有率に応じて精米歩合を最適化し、貴重な米を有効活用できるような新しい酒造りを実現しようとしています。この研究は地元産の酒米を使った酒造りにこだわりを持っている泉橋酒蔵さん(神奈川県海老名市、1857年創業)と共同研究をしています。

 “テロワール“ で土地の魅力を発信する

―先生がセンシングで目指す農業の未来を教えてください。

一言で表すと、生産者が今よりもやりがいと魅力を感じることができる農業です。高品質なものを生産し、それを消費者が喜んで食べてくれること、儲かる農業などその形はさまざまです。その多種多様な未来の農業においてセンシングが“使える技術”になることを常に意識しています。そのひとつの形として、ストーリー性のある農業のためのセンシングの利用があります。

ワインでは産地のブドウの生産環境が味の決め手になるという考え方で、自然環境の特性を指す“テロワール”という概念が定着しています。気候、土壌、日射量、降水量、寒暖差、地形、標高、風向き…挙げたらきりがありませんが、これら全てがテロワールとしてストーリー性のあるワイン生産につながっています。

テロワールは、環境から何らかの影響を受けるすべての農作物に当てはまるものです。例えば、地酒の個性はその土地ごとの特性から醸し出される「雑味」かもしれません。その土地の作物、生産品の特徴をセンシング技術で科学的に数値化し、オリジナルな魅力としてアピールできたらと考えています。実際、純米大吟醸よりも雑味を感じる日本酒が好きな人はたくさんいます。センシング技術がこのような使われ方をすれば、生産者さんのやりがい、収入アップにつながり業界全体が発展するでしょう。

現場の感覚を持っている研究者に

私が大学に入った頃にちょうどドローンが普及しました。搭載するセンサーも小型化・コストダウンが進み、自分がやりたい・測りたいものに対し、センシング技術を使った研究をしやすい環境が整いました。最近は自動車の自動運転技術に使われるLiDARセンサーの面白さにはまっています。LiDARをもって歩きまわるだけで3D計測ができるのです。この技術は実は一部のiPhoneやiPadにも搭載されています。次はどんな技術が誕生するか楽しみです。

一方で、どんなに優れた技術が誕生しても現場での使い道が分からなかったら、その恩恵にはあずかれません。工学部の先生方が開発してくれたすばらしい最先端技術を、いかにおもしろく現場で応用するか。私の立ち位置は技術開発と現場ユーザーの間、橋渡し的な存在です。

そのためには、現場の感覚が欠かせません。例えばAIが出したデータが適切かどうか、妥当性を判断して基準を決めるのは最終的に人です。自分の目で見て判断できる研究者であるために、フィールドに出て生産者さんと話したり、対象を目で見たり雰囲気を感じたり、“感覚”の部分も養うことを大切にしています。農業などでは理論上の最高の答えが実際の現場において現実的な最適な答えとは限りません。これは研究院長である松岡教授の言葉ですが、個人的にはとても納得しており大好きな言葉です。この理論と現実のギャップは、人間が行う農業の難しい点であり、おもしろいところです。

最先端のガジェット、食とアウトドアが大好きな学生さん、ぜひ研究室に遊びに来てください。一緒に最新技術で日本の農業を盛り上げましょう。

田植えもこなす濱先生

研究室の日常がつづられたブログはこちら

 

インタビュー / 執筆

安藤 鞠 / Mari ANDO

大阪大学大学院工学研究科卒(工学修士)。
約20年にわたり創薬シーズ探索から環境DNA調査、がんの疫学解析まで幅広く従事。その経験を生かして2018年よりライター活動スタート。得意分野はサイエンス&メディカル(特に生化学、環境、創薬分野)。ていねいな事前リサーチ、インタビュイーが安心して話せる雰囲気作り、そして専門的な内容を読者が読みやすい表現に「翻訳」することを大切にしています。

連載
園芸イノベーション〜「食」と「緑」の未来を創る

国立大学で唯一存在する「園芸学部」は千葉大学にあった。食とランドスケープをテーマに新たな可能性にチャレンジする研究者たちに迫る。

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