※記事に記載された所属、職名、学年、企業情報などは取材時のものです
植物は、種子だけではなく葉にも油を蓄積していることをご存じだろうか?植物に蓄積されるリピッドドロップレット(油滴)の魅力に取り憑かれた研究者が、植物油の増産による世界の食料問題に挑んでいる。
「周囲の人や環境に恵まれて」――受け取る一方だった恩恵を還元するべく、社会に役立つ研究デザインや後進の育成へと視座を高める園芸学研究院の島田貴士助教に、周囲の人々との交流と研究のあり方についてお話を伺った。
両親やクラスメイトに励まされて
今まで生きてきて本当に運がいいと思っていました。それは、周囲の人や環境に恵まれていたからだったんです。小さい頃の記憶だと、自分から希望した中学受験を家族はそっと応援してくれ、自分の頭で考えて取り組む自主性が自然に育まれました。
生物のおもしろさに目覚めたのは高校生の頃。古生物や地学などにも心ひかれ、幅広く学べる京都大学理学部に志望校を決めました。高校では京都大学を受験するクラスメイトが多かったので、勉強法などの情報を共有できたのはありがたかったです。受験勉強は大変だったけれども、仲間のおかげでなんとか入学できました。
インタビューの間、数えられないほどの感謝の言葉が口からこぼれた
一流の教授陣に出会い「研究者」としての生きざまに触れる
入学当初は動物の研究をしたいな、と考えていたのですが、実習が始まると不向きだと自覚しました。マウスの解剖がどうにもダメだったんです。そこで、よりおもしろそうだと感じた植物に舵(かじ)を切りました。
私が所属した西村いくこ先生の研究室では、主に植物が細胞内に貯蔵するタンパク質について研究していました。ちょっとひねくれ者だった私は、一人だけタンパク質ではなく「脂質」をテーマに選びました。
「人と違ったことをしたい、ちょっと目立ちたい」。自分でも面倒な性格だな、と思います(笑)。けれども、メインストリームから絶妙に外れて独自の道を選べる素質・感性は研究者として大切なポイントだなと感じています。ほかの人と同じことをやっていても研究の世界では意味がありませんから。
京都大学といえば、ただ優秀なだけでない「自由の学風」でも有名だ
一流の教授陣が生き生きと指導している姿には圧倒されました。
まず驚いたのは発想力の豊かさです。何十年もその分野を研究し、もはや日常の一部になっているのに、全く新しい発想を生み出し続けられる力に感嘆しました。
そして、相談に行くと忙しくても手を止めて学生の話をしっかり聞いてくれる教育者としてのすばらしさにも心を打たれました。学生であっても頭ごなしに否定せず、科学的に「違うのでは」と考えられた点には、根拠を提示して説明し、感情論で否定されたことは一度もありませんでした。
安心して研究を進められ、困ったときには相談できる環境がどれだけ大切か、研究室をまとめるリーダーとしての姿も教えていただいたように思います。
環境の変化も楽しみと前向きに受け止めて
視野を広げるため、関東へ拠点を移した。そこで研究への新たな向き合い方を得る
京都大学での任期を終え、かねてより親交のあった東京大学の先生のラボへ移りました。関西人の中には関東圏への引っ越しを高いハードルと感じる人もいますけれども、私は反対に新しい世界や人との出会いが楽しみで仕方なかったんです。
東京大学での新たな上司とのディスカッションで大きな発見がありました。東大の先生は、とにかく理論的に考えるタイプ。きっちりと理詰めで考え、ストーリーを作り上げ、そこで足りないデータがあるからこの実験をしよう、と緻密にパズルのピースをはめていくような世界でした。
「今までのやり方と違う」と戸惑うこともなく、自分に足りないものを素直に受け止め、研究者としてのスキルを上げた。
京大の先生は新しい発想を重視されていたので、本当に対称的だなと驚くと同時に、自分に足りないものにも気づけました。研究者としてのターニングポイントといっても過言ではありません。
自由な発想と緻密な理論、これは研究の両輪です。ラボを移ったことで両方の視点を手に入れられ、大きなアドバンテージとなりました。本当に感謝しきれません。
未来に貢献できる研究者に
学生時代に「一味違う」という理由で選んだ、植物に蓄積される油脂。現在ではリピッドドロップレット(油滴)と呼ばれる存在がひたすらおもしろく、そのテーマ一筋で今まで研究してきました。研究のモチベーションは「なぜ」「どうして」という心の底から湧き上がってくる純粋なセンスオブワンダー(sense of wonder)です。
本音をいってしまえば基礎研究に没頭したいのですが、それでは独りよがりな研究者になってしまいます。自分の研究の延長線上に、社会への貢献があるような研究デザインにしようと、自分の役割を客観的にとらえて視野をだんだん広げました。
すると、食料問題にたどり着いたのです。植物は主に種子に油を蓄積しますが、種子は同時に重要な食物・飼料資源でもあります。トウモロコシや大豆が分かりやすいでしょうか。これらは2000年代以降、バイオエタノールの原料としても高値で取引されるようになり、食料問題に拍車をかけています。
そこで、油を種子ではなく葉に蓄積させられないか、と考えました。食物資源と競合せず、廃棄物として捨てられている葉を有効活用できます。好きな基礎研究を進めつつ、社会に役立つ実用的な研究にもつながるビジョンです。
葉に蓄積した油は、食用油やバイオ燃料だけでなく、植物性プラスチックなど全く新規の物質への応用が期待される非常に有望な資源です。自由な発想で課題を解決してくれる仲間を募っていますし、企業との共同研究にも意欲的に取り組んでいけたらと考えています。
2019年のNature Plantsへの論文掲載※を皮切りに、2020年には第16回 若手農林水産研究者表彰 を受賞、さらに翌2021年には千葉大学先進学術賞を受賞。これまでの研究成果がどんどん花開いた。
一流誌への掲載や受賞はとても光栄です。しかし、あくまでも「過去の」研究成果を認められたのだと認識しています。慢心せず、受賞に恥じない研究を続けていこう、と自分を奮い立たせています。
※プレスリリース:ステロールの過剰集積を防ぐ植物の技を解明 - 二段階フェイルセーフ・システム -
今、研究のほかに重点をおきたいことがあるという
未来を担う、学生さんを育てたいです。これまでは一人で研究することが多かったので、欲しいのは「もう一人の自分」でした。もう一人いたら、2倍のスピードで研究できるのに、と思っていたんですね。
けれど最近、自分と違うアイデアを持つ仲間と一緒に研究をしてみると、一人での研究と比べて世界が圧倒的に広がりました。確かにスピードは落ちてしまうけれど、研究の発展を考えると雲泥の差です。
京都大学時代の恩師が、忙しい中手を止めて学生の話を静かに聞く姿を見て「そんなこと自分にできるわけない」と当時は思っていたんですよ。けれども、自分も学生さんを受け持ってみて、ディスカッションの時間が自身の研究においてもかけがえのないものだと気づきました。
恩師から教えていただいた「自由な発想、緻密な理論、否定しない態度」を忘れず、気軽に話せる先生として学生さんや企業の方に訪問してもらえる、そんなオープンな研究環境を提供し続けたいと考えています。「やりたいことがあるのに、どの研究室を選んだらよいのか分からない」そんな相談にものりますよ。ぜひ西千葉のラボに遊びに来てください。
インタビュー / 執筆
安藤 鞠 / Mari ANDO
大阪大学大学院工学研究科卒(工学修士)。
約20年にわたり創薬シーズ探索から環境DNA調査、がんの疫学解析まで幅広く従事。その経験を生かして2018年よりライター活動スタート。得意分野はサイエンス&メディカル(特に生化学、環境、創薬分野)。ていねいな事前リサーチ、インタビュイーが安心して話せる雰囲気作り、そして専門的な内容を読者が読みやすい表現に「翻訳」することを大切にしています。