千葉大学の藤本真徳特任助教(医学部附属病院)、田中知明教授(大学院医学研究院、千葉大学災害治療学研究所)、三木隆司教授(大学院医学研究院、千葉大学災害治療学研究所)らは、肝臓内の2型自然リンパ球(ILC2)注1)と呼ばれる免疫細胞がIL-13と呼ばれるサイトカイン注2)を強く産生することで肝細胞に作用し、糖の放出(糖新生注3))を抑制するメカニズムを明らかにしました。このように、異物の排除や感染防御に関わるとのみ考えられていた免疫細胞と代謝の関わりの解析が進むことで、糖尿病の新たな予防・治療法の開発が期待できます。
本成果は、英国科学誌「Nature Communications」に、2022年9月15日に掲載されました。
■研究の背景と経緯
世界の糖尿病人口は、2030年までに6億4,300万人に増加すると予測され大きな問題となっています。糖尿病はがんや認知症合併だけでなく、新型コロナの重症化リスクを引き起こすことから、「免疫−代謝連関」が重要であることが想定されていましたが、その仕組みは十分に明らかにされていませんでした。通常インスリンは、過剰な糖新生によって血糖値が上昇するのを抑えますが、肥満状態になると肝臓に脂質が沈着し(脂肪肝、非アルコール性脂肪性肝疾患:NAFLD)、インスリン作用が弱まり、過剰な糖新生と血糖上昇が起こります。また、災害時のストレスにより免疫機能が低下することで、糖尿病が悪化することが知られています。従って、免疫システムによる血糖調節の仕組み、特に糖新生の調節のメカニズムを深く調べて、糖尿病の新しい治療の可能性を探る必要がありました。
本研究では、個々の細胞の遺伝子発現(量)を評価する一細胞解析(シングルセル解析)注4)という最新の技術を使って、以下の点を明らかにしました。
■研究の内容
一細胞解析、転写複合体解析などを駆使し、2型自然リンパ球(ILC2)から産生されたサイトカインのIL-13が肝細胞からの糖の放出(糖新生)を抑制することを示しました。
■今後の展開
本研究結果から、2型自然リンパ球(ILC2)という免疫細胞が肝臓の糖放出を抑制する役割を、世界に先駆けて明らかにしました。肝臓は免疫細胞が豊富で代謝に重要な役割を担う臓器です。従って、肝臓における免疫細胞と代謝の関わりを一細胞レベルで解析することは、新たな予防や治療に結び付く可能性があります。特に、免疫細胞の働きを使って、糖尿病を治療するという画期的な治療法開発に結びつくことが期待できます。今後は、組織学的な位置情報と遺伝子発現を紐づけたまま解析できる、空間的遺伝子発現解析という手法を応用し、位置と機能の関係を解明するという更なる分子メカニズムの解明を目指しています。
■用語解説
注1)2型自然リンパ球:2010年初めて見いだされたリンパ球。喘息や寄生虫排除などに役割を持つことに加え、最近では脂肪組織に作用し肥満を抑制する作用が報告された。さらに抗腫瘍免疫への寄与も報告され、注目されている。
注2)サイトカイン:細胞から放出される、免疫作用・抗腫瘍作用・抗ウイルス作用・細胞増殖や分化の調節作用を示すタンパク質の総称。
注3)糖新生:肝細胞に蓄えられた糖が分解され、グルコース(糖)として放出する。肥満糖尿病、脂肪肝の状態ではインスリンの作用が弱まり、糖新生が亢進し血糖が上昇する。
注4)一細胞解析 (シングルセル解析):個々の細胞の遺伝子発現を網羅的に評価する手法。肝細胞など一種類の細胞にも多様性があるため、新しい細胞の特性や機能を評価できる。
■研究プロジェクトについて
本研究は、以下の支援を受けて遂行されました。
・日本学術振興会・科学研究費補助金基盤研究(B)ミトコンドリア複合体と制御メカニズム解析から捉える肥満・糖尿病の分子病態研究 (研究代表者:田中知明)2019年度~2021年度
・日本学術振興会・科学研究費補助金基盤研究(C)肝糖新生におけるType2 Innate Lymphoid Cellの役割の解明 (研究代表者:藤本真徳)2019年度~2021年度
■論文情報
タイトル:Liver group 2 innate lymphoid cells regulate blood glucose levels through IL-13 signaling and suppression of gluconeogenesis.
肝臓2型自然リンパ球はIL-13シグナルと糖新生抑制を介して血糖値を調節する。