#次世代を創る研究者たち

植物分子のポテンシャルを引き出す新大陸「天然物生物学」を目指して ~植物が創りだす天然成分の世界を解き明かす  千葉大学 大学院薬学研究院 助教 杉山 龍介[ Ryosuke SUGIYAMA ]

#バイオ研究#ケミカルバイオロジー#バイオインフォマティクス#天然物生物学
2024.05.13

目次

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※記事に記載された所属、職名、学年、企業情報などは取材時のものです

人類は太古から植物を薬として利用してきた。植物が貴重なリソースを投入して作る活性成分(=二次代謝物*)は使わなかったら捨てられるのだろうか?植物自身が代謝物をリサイクルしているという仮説は20年以上前から提唱されていたが、そのしくみを原子レベルの実験で解明したのが薬学研究院の杉山龍介助教だ。多分野を手がける「効率重視なマルチプレーヤー」が目指す世界を伺った。

*二次代謝物: 生物の生存に必須である糖やアミノ酸などの有機化合物が一次代謝産物と呼ぶのに対し、二次代謝産物はそれ以外の多様な構造を持つ成分で、植物の感染防御や昆虫の誘因などに関わると考えられている。

効率とヒラメキとコントロール

静岡で生まれ育ち、ゲームが大好きな子どもだったという。

子どもの頃、ゲームで遊べるのは1日1時間までと決められていました。ならば、この限られた時間でどれだけ効率よくストーリーを進められるか。「1回の戦闘が20秒で終わるから、n回戦ってXポイントの経験値を稼げるな」と計算しながらやり込みました。高校から始めた弓道は、理想的な動作ができれば必ず的に当たるスポーツです。自分をどれだけコントロールして精度を上げられるか、というところがゲームのように面白くてのめり込みました。

薬学と出会った中学時代

中学生の時にすごい高熱が出たんです。けれど薬局勤めの母が買ってきてくれた1粒3,000円もする高価な漢方薬を飲んだら次の日にはすっかり元気に。これがきっかけで薬学、特に天然由来のくすりに興味を持つようになり、高校に入る頃には薬学部に行こう、と決めました。その後、時間をたっぷり使って考えさせる問題が多い入試傾向、そして修学旅行で印象的だった街並みが決め手となり、京都大学薬学部に進学しました。

大学でも効率重視の生活

大学で配属されたラボは長時間いるのが良いとされていました。そこで研究と弓道を両立するため、限られた時間内でいかに成果を上げるかを追究しました。新人だと週1回で回すような実験を、時間をずらして週に3回並行して3倍速で進めるなど、効率を最大化したスケジュールをパズルのように組むのは楽しかったです。なにより限られた時間内で誰よりも結果を出したいという気持ちがモチベーションにつながりました。とはいえ研究と部活、さらには生活費を稼ぐために25時までアルバイトをする日々が続くと、さすがに3カ月に1日ぐらいの頻度で寝込んでいましたね。

スキルを身につけてガンガン「レベル上げ」

化学と生物を横断した「ケミカルバイオロジー」の領域では、微量天然成分の取扱いと有機合成のスキルを身につけた。

化学、生物、情報科学というスキルを自在に操れるユニークな研究者になりたい、けれども1つのラボで学べることは限られている――そこで、今いるラボで学べることはきっちり学び、新しい技術は次のラボで、という視点でキャリアを選んでいきました。

博士課程で化学と生物を両方扱うラボに所属していたことは大きなアドバンテージでした。実験室では1種類の微生物だけを純粋培養するのが一般的ですが、自然界では多種多様な生物が影響を及ぼし合っています。新しい抗真菌物質を探索する過程で見つかったのは、2種類の微生物を一緒に「共培養」することで初めて作られる化合物でした。

放線菌をもう一つの微生物と共培養したところ、酵母の生育を強く阻害する化合物A、中程度に阻害する化合物B、全く阻害しない化合物Cが産生されました。一見、化合物Cは何の役にも立たない物質に思えますが、化合物Cを化合物Aと混ぜると、Aの生物活性がさらに増強されたのです。単独では無駄に見える化合物が相乗効果という形で活性発現に寄与している可能性を見出し、天然の生き物が行う物質生産の奥深さに触れました。

博士号取得後に所属した理化学研究所では、コンピューターを使って生命現象を研究する「バイオインフォマティクス」のスキルを手に入れた。

その頃から、微生物や植物抽出物に含まれる代謝物や遺伝子転写産物を包括的に解析したいと思うようになりましたが、扱うデータ容量が桁違いになりエクセルでは追いつかなくなりました。そこで統計解析ソフト「R(アール)」を用いたデータ処理を学ぶことで、効率を劇的に向上させました。

この技術をケミカルバイオロジーと組み合わせることで、20年以上前から提唱されていた仮説を原子レベルで証明することに成功しました。

プレスリリース
https://www.riken.jp/press/2021/20210525_2/

通常時(左)と硫黄欠乏時(右)のグルコシノレートの役割

アブラナ科の植物が生産する二次代謝産物の一つ、グルコシノレートは、ピリっとした独特の風味の元になる成分です。硫黄を含み、通常時は昆虫等の食害から防御するために合成・貯蔵しています(上図左)。しかし、硫黄が欠乏した環境では、貯蔵していたグルコシノレートを植物が自ら分解して、硫黄をリサイクルしていたのです(上図右)。
防御にも栄養の貯蔵庫としても使える物質というのは、限られたリソースを効率的に使う非常に理にかなった生存戦略です。

コロナ禍での留学で修得したゲノムマイニング

次に獲得したのはゲノムデータベースから新たな天然化合物を発掘する手法「ゲノムマイニング」と遺伝子エンジニアリングだ。

ヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラム*による、若手研究者の海外挑戦を支援するポスドク・フェローシップ・プログラムに採択されたので、妻と子どもを連れてシンガポール国立大学に留学しました。

コロナ禍のロックダウンと重なってしまい、当初予定していた研究は一時中断せざるを得ませんでしたが、パソコンさえあれば家でもできる情報処理をやっていこう、と頭を切り替えました。当時のテーマであった抗菌物質の生産に関わる遺伝子情報をデータベースから効率よく引き出す方法を模索しているうちに、プログラミング技術が自然と向上していきました。

*フランス・ストラスブールに本拠地を置く「国際ヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラム推進機構」によって運営される、ライフサイエンス分野における基礎研究を支援する国際的にも知名度の高い研究助成プログラム。

プログラミングのスキルやシンガポールでの暮らしは、働き方にも良い影響を与えた。

オフィスアワーはきっちり仕事をして、それ以外は家族との時間を大事にするようになりました。子育ては楽しいですが、夜に仕事をする元気は残らないほど大変です。トータルの労働時間は減りましたが、寝ている間にプログラムを走らせるなど工夫して、仕事量を補いました。

シンガポールは多国籍国家であり、違うことが当たり前の寛容な国です。お互いが理解できるまで根気強く話を聞いてくれるので、英語に対する苦手意識を払拭できました。個々の研究に対するアプローチの違いも興味深く、「研究は大切だけれど人生において絶対的な1位ではない」というスタンスの人ともたくさん知り合えました。

3年のプログラムも終わりに近づき帰国後の所属先を探していた頃、学生時代の同期が現在の上司である山崎先生を紹介してくれました。研究内容もマッチしていたので、2023年に千葉大学へ助教として就任することになりました。

「天然物生物学」の先駆者として

幅広い分野でスキルや知見を得た利点を聞いてみた。

それぞれの分野における研究者たちの考え方を尊重し、得意な仕事に絞って共同研究を依頼できるのは大きなアドバンテージです。例えば有機化学の研究者は、合成方法がユニークといった何かしらの有機化学的な面白さにやりがいを感じてくれる傾向にあるので、有機化学的にチャレンジングな合成のみを相談しています。それ以外は自分で合成できるのも利点ですね。

現在、園芸学研究院と複数の共同研究を進めています。園芸学の先生方は広い圃場(ほじょう)での植物の育て方を熟知されていますから、大規模な植物サンプルや背丈の大きい植物が必要なときは非常に心強いです。反対に、うちのラボでは代謝物の分析といったミクロな現象を追うお手伝いをしています。

卓越した業績が評価され、2023年には千葉大学先進学術賞を受賞。これから研究を始める方へアドバイスを求めると、自分の芯となる分野を持ってほしいと言う。

これから研究の道を進む学生には、まず「自分はこれだったらプロフェッショナルです」と胸を張れる分野を一つ持つことを勧めています。中途半端にならないように、技術を習得できる卒論テーマを意識して割り振っています。多分野を行き来してきた私自身も、天然物化学をコアに置いたキャリアを形成中です。

自身が目指す大きな目標は何だろうか。

植物における二次代謝物の研究はこれまで「人にとって有効な成分が植物の中でどのようにして作られるのか」に主眼を置いて研究されてきました。一方で、植物がわざわざ貴重なリソースを割いて二次代謝物を作る目的などは、まだ体系的な学問として定まっていません。植物自身の体内で代謝物がどのように機能しているのか、生物学的意義をきちんと解くのが自分の仕事だと明確になってきました。

全く予期しなかった植物分子の新しい機能が巡り巡って人間社会に役立つセレンディピティ(偶然)に胸が躍りますし、「天然物生物学(ナチュラル・プロダクツ・バイオロジー)」という領域を開拓する先駆け的存在でありたいです。

ひとつ、またひとつとスキルを上げていく姿は、レベルを上げ、アイテムを獲得するゲームの主人公と重なった。

● ● Off Topic ● ●

 

先生はプログラミングを活用されています。経験ゼロの学生が今から学ぶとしたら、どの言語がおすすめですか?

 
 

今ならPythonをオススメします。非常にシンプルな文法ながら、大量のデータを収集して処理を自動化できるなど、大きな省力化が可能です。機能がまとまった「ライブラリ」がたくさん公開されているのも利点です。

 

インタビュー / 執筆

安藤 鞠 / Mari ANDO

大阪大学大学院工学研究科卒(工学修士)。
約20年にわたり創薬シーズ探索から環境DNA調査、がんの疫学解析まで幅広く従事。その経験を生かして2018年よりライター活動スタート。得意分野はサイエンス&メディカル(特に生化学、環境、創薬分野)。ていねいな事前リサーチ、インタビュイーが安心して話せる雰囲気作り、そして専門的な内容を読者が読みやすい表現に「翻訳」することを大切にしています。

撮影

関 健作 / Kensaku SEKI

千葉県出身。順天堂大学・スポーツ健康科学部を卒業後、JICA青年海外協力隊に参加。 ブータンの小中学校で教師を3年務める。
日本に帰国後、2011年からフォトグラファーとして活動を開始。
「その人の魅力や内面を引き出し、写し込みたい」という思いを胸に撮影に臨んでいます。

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