#CHIBADAIストーリー

災害大国・日本のライフラインを守る~1日も早いインフラ復旧のために 千葉大学 大学院工学研究院 教授 丸山 喜久[ Yoshihisa MARUYAMA ]

#地震
2024.06.03

目次

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※記事に記載された所属、職名、学年、企業情報などは取材時のものです

プレートの境界に位置する日本は地震の多発地域だ。今年だけでもすでに能登半島地震(2024年1月1日、M7.6)や豊後水道地震(2024年4月17日、M6.6)など、大きな地震が立て続けに発生している。被災地が一日でも早く普段の生活に戻れるよう、インフラの脆弱(ぜいじゃく)性を効率的に検出し、被害低減に取り組むのが千葉大学大学院工学研究院の丸山喜久教授だ。

へき地での災害は道路状況が復旧を左右する

―先生は能登半島地震の被災地に実地調査に向かわれたとのことですが、その時の様子をお聞かせください

地震発生の約1週間後に実地調査へ向かいました。最も被害の大きかったエリア・輪島市では兵庫県南部地震と同じくらいの震度6強,最大速度100cm/s程度の強い揺れが記録されており、旧耐震基準*で建てられた木造住宅を中心に高い割合で倒壊していました。さらには朝市通りの火災も広範囲に及んでおり、地震発生直後は非常に過酷な状況だったと推測されます。

今までの実地調査では、地震発生から1週間後には何かしらの復興に向けた作業が開始していました。しかし能登半島の被災地には全く人がおらず、応急復旧すら始まっていませんでした。

* 建築基準法が大改正された1981年以前に設定された、建物の耐震設計基準のこと

能登半島地震の推定計測震度マップ

―能登半島地震はライフライン復旧の遅れが顕著ですね。なぜでしょうか。

金沢と能登半島とを結ぶ、いわゆる地域の大動脈である「のと里山海道」 が大きな被害を受けたからです。もともと鉄道があまり利用されておらず、道路に大きく依存していたうえに道路の冗長性も低いエリアです。この「のと里山海道」が通行止めになってしまったため、アクセスが大きく制限されたのです。

石川県ウェブサイト 「のと里山海道の紹介」概要図より改編 https://www.pref.ishikawa.lg.jp/nakanotopublic/notosatoyama/syokai.html

実は、能登半島での現地調査で最も苦労したのはトイレの数が圧倒的に不足していたことです。仮設トイレを搬入しましたが、発生した汚物を処理場へ運ぶための道路が寸断されていたため、すぐに使えなくなってしまったのです。

2019年の房総半島台風で停電が長引いたのも道路が原因といえます。台風による倒木で道路が塞がり、復旧担当者が現地に到達できなかったのです。どちらも半島の先端かつ冗長性の低い道路という条件が類似していますね。

外部からの支援に頼らない地域のインフラ自衛策を

―上下水道に目を向けてみると、発生から3カ月以上たった今(取材日2024年4月9日現在)でも復旧していないエリアがありますね*

主な原因は、水道の大動脈とも言える基幹管路の破損です。水道管の被害を調べるには、一度通水して水が漏れている箇所を探しながら破損箇所を確認するのですが、基幹管路が壊れてしまうと送水できないため破損の有無が判断できず、必然的に修復にも時間がかかります。

これには、水道管路の耐震化が不十分ということが強く影響しています。しかし、国内全ての水道管を耐震化するには巨額の資金が必要となるため現実的ではありません。

*震災から約4ヶ月後の2024年5月2日、能登町の断水は全域解消した。

―では、どのような解決策が考えられますか

大都市に住んでいると信じられないかもしれませんが、たった1人しか担当者がいない水道事業体もあるのです。人手が足りず業務量は増大するのに、メンテナンスの資金源である水道使用料の収益は小さく、大都市とは比べられないほど厳しい状況です。人口が減少している地域と大都市のインフラを同じ線状構造物*で維持することは難しくなってきました。持続可能な地方都市のありかたを見直す時期に来ていると考えられます。

*線状構造物: 道路・鉄道や、地中に埋設させている水道管・ガス管など幅に比べて延長の長い構造物

能登半島のように自然豊かで風光明媚(めいび)な土地を愛するお気持ちはとても分かります。一方で、インフラ維持が難しい地域であること、それに由来する不都合が居住者にはトレードオフとして存在することを認識し、現状に沿った対応策を準備する必要があるでしょう。例えば水道管の早期復旧が難しいならば、「各家庭は雨水をためておき、自治体は給水車によるバックアップ体制を充実させておく」といった外部からの支援に頼らない対策が求められます。電力では既に、太陽光発電などで発電し地域の電力を自給自足する「マイクログリッド」を導入する自治体も出てきました。

地盤の液状化を機械学習でリスク予測する

―近年の巨大地震では、「液状化」もよく耳にします

水分を多く含む砂地盤に地震の震動が加わると、泥水が吹き出し地盤沈降するのが液状化のしくみです。建物を支えられなくなるため被害が増大します。液状化のハザードマップは自治体から公開されていますが、数百メートル四方で区切ったおおよその予測であり、また想定を上回る地震が発生した場合、被害はさらに大きくなります。実際に、能登半島地震では液状化が起きにくいとされていた震度4のエリアでも、強い揺れが長く続いたため液状化が確認されました。

出典:国土交通省ウェブサイトhttps://www.mlit.go.jp/toshi/toshi_fr1_000010.html

詳細な液状化リスク評価には実験や調査に基づく多数の地盤パラメーターを設定する必要があり、広範囲なリスク評価には向きません。簡便な方法が求められる中、私たちのグループでは地形データやボーリングデータなどを機械学習と組み合わせてリスク予測する手法を探索しています。この方法を用いれば、国が公表しているデータを入力するだけで広範囲の詳細なリスク評価が可能です。見逃されていた高リスクの地点に絞って地盤改良工事を行うなど、限りあるリソースを効率的に配分し災害に備えられます。

機械学習と組み合わせてリスク予想する液状化ハザードマップの図

日本の公共構造物は高度経済成長期に作られた築後50年を超えるものが多く、老朽化が大きな課題です。急増する維持管理件数や技術系人材と財源不足をカバーするために、私たちのグループでは、AIや深層学習などを活用した防災研究にも力を入れています。

命と生活を守るライフライン防災

―研究によって日本の防災技術は高度に発展してきました。先生が防災の分野に興味を持ったきっかけは何だったのでしょう

高校生の時に発生した兵庫県南部地震です。高速道路が大きく倒壊した映像を報道で見て、「こんなことが起こるのか」と驚きました。これを機に耐震基準が見直され、少なくとも人の命を奪うような壊れ方をしない建物が作られるようになった一方で、被災地の生活復興では課題が相当残っていたことから、地震におけるライフライン防災を研究対象に選びました。

研究者としてのターニングポイントは東日本大震災です。現地調査で目にした風景は忘れられません。倒壊した建物ががれきに帰し、津波でさらわれ、「今までの研究はなんだったのだろう」と無力感にさいなまれました。 誰もこれまでに可能性すら考えていなかった問題が次々と明らかになり、国全体が早急に対策やガイドラインの見直しを迫られました。「研究テーマを選べるような状況ではない。私ができることならなんでもやろう」と研究に対する気持ちに変化が生まれ、地震以外の災害も含めたライフラインを守るための研究を広く手がけるようになりました。

―いつ起こるかわからない災害に対して私たちはどのように向き合っていけばよいのでしょうか

地震はいつ発生するか予測がつかず、恐怖を感じる方が多いでしょう。けれども、私たち研究者が犠牲者を一人でも減らせるよう尽力しています。現在の耐震基準を満たした建築物なら命を落とすような壊れ方はしません。そしてライフラインはいつか元に戻ります。必要以上に恐れずに、万が一災害が発生しても致命的にならないように、家具の固定や水の備蓄など、数日は自立した生活が送れるように備えていただければと思います。

● ● Off Topic ● ●

 

学生さんの指導で心がけていることはありますか?

 
 

正直なところ自分のことをそんなに優秀な人間とは思っていないので、偉そうなことは言えません(笑)。そのかわり、学生の研究目的や困りごとをよく観察するようにしています。

 
 

研究者になるために大切なことは何でしょう?

 
 

自分の研究ばかり突きつめると視野が狭くなって社会と乖離(かいり)しがちです。自分の研究に信念を持つと同時に客観性とのバランスが大切です。批判的な意見をくれるメンター(Mentor: 指導者、助言者)を早めに見つけるのも良いでしょう。

 

インタビュー / 執筆

安藤 鞠 / Mari ANDO

大阪大学大学院工学研究科卒(工学修士)。
約20年にわたり創薬シーズ探索から環境DNA調査、がんの疫学解析まで幅広く従事。その経験を生かして2018年よりライター活動スタート。得意分野はサイエンス&メディカル(特に生化学、環境、創薬分野)。ていねいな事前リサーチ、インタビュイーが安心して話せる雰囲気作り、そして専門的な内容を読者が読みやすい表現に「翻訳」することを大切にしています。

撮影

関 健作 / Kensaku SEKI

千葉県出身。順天堂大学・スポーツ健康科学部を卒業後、JICA青年海外協力隊に参加。 ブータンの小中学校で教師を3年務める。
日本に帰国後、2011年からフォトグラファーとして活動を開始。
「その人の魅力や内面を引き出し、写し込みたい」という思いを胸に撮影に臨んでいます。

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