千葉大学子どものこころの発達教育研究センターの佐々木利奈特任研究員とセンター長の清水栄司教授は、レイプ被害者、加害者、レイプ行為そのものに関する性犯罪特有の誤った信念や固定観念(レイプ神話注1))をどの程度受容しているかを測定できる「REAL尺度注2)」の開発者であるテキサス大学のレベッカ・ハーネルピーターズ氏と共同で、日本語版REAL尺度を開発しました。
本研究では、開発した日本語版REAL尺度を用い18歳から65歳までの同意を得た人を対象に匿名でWebアンケートを行い、日本人のレイプ神話受容度 (Rape Myth Acceptance) を測定しました。その結果、レイプ神話を強く信じる3つの傾向(①女性よりも男性、②他の世代よりも若い世代(18~29歳)、③アメリカでの実施者よりも日本での実施者)が示されました。また日本人のレイプ神話は、1.性犯罪行為を過小評価する心理、2.暗黙の同意があったので性犯罪ではないと評価する心理、の2つのグループに分けられることも明らかになりました。なお、本研究における男女の定義は、回答者自らのジェンダーアイデンティティを基本としています。
本研究成果は2024年7月30日に、国際学術誌 Journal of Interpersonal Violenceに掲載されました。本研究成果は、性犯罪に対しての偏見を減らし、性犯罪被害者が被害申告をしやすい社会の構築に寄与することが期待されます。
■研究の背景
性犯罪被害に声を上げる人は増えており、メディアで取り上げられることも多くなったことで、性犯罪への社会的関心は高まっています。一方で、法務省の調査によると、自分の性被害を訴えることができない性犯罪被害者は、全体の85%にも達しています。このように、性犯罪被害者が声を上げられない理由の一つに、「レイプ神話」と言われる性犯罪特有の誤った認識や偏見との関連が指摘されています。代表的なレイプ神話は、「もし女性がはっきりとノーを言わなければ、性犯罪と主張できない」や「もし女性が男性と2人きりで部屋に入ったら、女性は性行為に同意している」等です。レイプ神話を強く信じている人ほど、被害にあった自分を責めたり、自分に起こったことが性犯罪だと認識しなかったりするため、自分の性犯罪被害を訴えない傾向があることが知られています。そして、性犯罪被害者が相談する場合の相談相手は、警察などの公的機関ではなく、身近な家族や友人であるという研究結果があります。被害報告を受けた身近な人たちが性犯罪に対する偏見から被害者を責めたり、ネガティブな反応をしたりしてしまうと、被害者はその後、警察などの公的な場所に相談しないだけでなく、精神的健康を害する確率が高くなることがわかっています。このことから性犯罪の加害者や被害者だけでなく、すべての人の性犯罪に対する偏見を減らすことが重要といえます。そのためにはまず、誰もが性犯罪に対する偏見を測定できる尺度を開発する必要がありました。
■研究の成果
我々は、Hahnel-Peeters & Goetz (2022)参考文献)が作成したREAL尺度をもとに、ハーネルピーターズ氏と共同で日本語版REAL尺度を開発し、日本でレイプ神話受容度の測定ができるようにしました。 REAL尺度は20項目からなり、それぞれ「0:全く当てはまらない」から「4:非常に当てはまる」の5段階評価で計80点です。REAL尺度は、性犯罪全体の9割以上が、男性が加害者、女性が被害者である実態に即して作成しています。原版と同じ訳になるように精査し、同意を得た18歳から65歳の男女1,000人に匿名Webアンケートを実施し、信頼性と妥当性を検証しました。そして、日本語版REAL尺度によるアンケート結果をもとに、レイプ神話受容度が高い人の特徴、オリジナルREAL尺度を用いアメリカで実施した先行研究結果との比較、日本人の性犯罪に対する偏見の心理的特徴を検討しました。
その結果、日本のREAL尺度得点は、女性に比べて男性の方が6点以上高く、アメリカで実施した結果に比べて日本で実施した結果が7倍以上も高いことが明らかになりました(図1)。
このほか、アメリカで実施した結果には世代による得点の差は見られませんでしたが、日本で実施した結果は、他の世代に比べても若い世代(18~29歳)の得点が高いことが判明しました(図2)。 また、日本での実施者の性犯罪に対する偏見の心理的特徴として、2つのグループ(1.自分の行為を過小評価し性犯罪ではないとする心理、2.暗黙の同意が得られていると信じてしまい、自分の行為は性犯罪には該当しないと考える心理)に分けられることが明らかになりました。
■今後の展望
日米による大きな得点差の原因の一つとして、アメリカでは連邦政府の援助を受ける学校や教育機関に対し、性によるハラスメントやその他の差別から人々を守るための教育プログラムを実施することを義務づけています。しかし、日本にはこのような制度はないため、教育環境の差が影響しているのではないかと考えています。今回明らかになった日本人の性犯罪に対する偏見を少しでも減らしていくために、広く多くの人々がこの尺度を用いて、自分自身の性犯罪に関する誤った信念や固定観念を認識し、それを改めるきっかけにして欲しいと考えています。
今後は、REAL尺度を利用して自分自身が性犯罪に対する偏見をどの程度持っているかを確認するだけでなく、偏見を減らすことのできるWebプログラムを作成し、その効果検証を進めていく予定です。被害者が被害を相談しやすい社会構築のために、1日も早く社会実装できるように、研究開発を続けていきたいと考えています。
■研究者のコメント(佐々木利奈)
アメリカ人と日本人のREAL得点がこれ程までに違うことに非常に驚くとともに、極めて深刻なこの状況を、早急に改善しなければならないと思いました。事実、性犯罪被害者は、性被害に遭った事実だけでも十分につらい思いをしているにもかかわらず、周りの人の性犯罪に対する偏見のために被害者が逆に責められてしまい、更につらい思いをしていることが非常に多いのが現実です。あくまで責められるべきは加害者であり、被害者ではありません。性犯罪被害者にとって、周りの人の反応が怖くて誰にも話せない、被害を訴えても逆に周りの人に傷つけられてしまう現状の改善を目標に、研究を続けていきたいと思っています。
■用語解説
注1) レイプ神話 (Rape Myth): 性暴力の被害者を非難したり、加害者を擁護したりする誤った信念や偏見のこと。1970年代のフェミニズム運動の頃から使われている用語。
注2) REAL(Rape Excusing Attitudes and Language)尺度:Hahnel-Peeters と Goetz が2022年に作成したレイプ神話受容度を測定する、性暴力を言い訳にする態度と言葉の尺度。
■参考論文
タイトル: Development and validation of the Rape Excusing Attitudes and Language Scale
著者: Rebecka K. Hahnel-Peeters, Aaron T. Goetz
雑誌名: Personality and Individual Differences
DOI: 10.1016/j.paid.2021.111359
■論文情報
タイトル: Development of the Japanese Version of the Rape Excusing Attitudes and Language Scale and Comparison Between Rape Myth Acceptance in Japan and the U.S.
著者: 佐々木利奈, Rebecka K. Hahnel-Peeters, 清水栄司
雑誌名: Journal of Interpersonal Violence
DOI: 10.1177/08862605241262235