千葉大学子どものこころの発達教育研究センターの和俊冰(Junbing He)特任研究員、平野好幸教授、清水栄司教授らの研究グループは、fMRI注1)を用いてうつ病および社交不安症の脳機能を局所レベルとネットワークレベルの双方において比較することにより、両疾患の脳機能の共通点と相違点を明らかにしました。本研究は、うつ病と社交不安症を区別して診断するための新たなバイオマーカー注2)の開発や、効果的な治療戦略の開発に今後大きく貢献することが期待されます。
本研究成果は、学術誌Journal of Affective Disordersに2024年7月14日(現地時間)にオンライン公開されました。
■ 研究の背景・目的
うつ病(Major Depressive Disorder, MDD)は、持続的な気分の落ち込みと興味・喜びの消失を特徴とする精神疾患です。また社交不安症(Social Anxiety Disorder, SAD)は、社交的な状況に対する持続的な恐怖・不安を特徴とする精神疾患です。MDDとSADの併存率は15~74.5%と高く、感情調節や社会的機能の障害、注意の偏りなど共通する症状も数多く見られます。また抗うつ薬や認知行動療法などの同一の治療戦略に反応することから、MDDとSADは類似した病因と病態生理を持つ可能性が示唆されています。MDDやSADは生活の質を大きく損なうだけでなく自殺のリスクを高めるため、正確な診断と速やかな治療介入が不可欠です。MDDとSADに対し、より適切な診断や治療を行っていくためには、両疾患の脳機能にどのような共通点や相違点があるのか、健常者と比べて脳のどのような機能に異常が生じてしまっているのかを明らかにする必要がありますが、これらはまだ十分に解明されていません。
近年、fMRIを用いて局所的な脳活動の指標である低周波変動振幅(Amplitude of Low-Frequency Fluctuations, ALFF)注3)や脳の領域間(ネットワーク)の機能的な関係性の強さの指標である機能的結合性(Functional Connectivity, FC)注4)を測定することで、安静時の脳の機能にどのような異常が生じているかを調べ、精神疾患のメカニズム解明を試みる研究が多く行われています(参考資料1, 2)。今回研究グループは、ALFFとFCの両指標を組み合わせることで、局所レベルとネットワークレベルからMDDとSADにおいて生じている脳機能変化を総合的に探索し、両者の共通点や相違点、健常者との違いを明らかにしました。
■ 研究の成果
本研究の参加者は、選択基準を満たす健常者(HC)82名、MDD患者48名、SAD患者41名でした。全参加者に対してリーボヴィッツ社交不安尺度(LSAS)注5)およびBDI-IIベック抑うつ質問票(BDI-II)注6)などの心理尺度を使用して重症度を評価し、安静状態でfMRIの撮影を行いました。
まずALFFの群間比較により、3群のALFF値は右中心後回、左後頭極、右上前頭回に有意差があることが確認されました(図1)。右中心後回(図1a)および左後頭極(図1b)において、HCと比較してMDD患者とSAD患者のALFFは減少していましたが、両疾患のALFFには有意差が見つかりませんでした。また、右上前頭回(図1c)において、SAD患者およびHCと比較してMDD患者のALFFは増加しました。
次に、上記の群間比較で得られたALFFに有意差がある3つの脳領域を、seed-to-voxel/seed-to-ROI脳機能的結合解析のシード領域注7)として使用しました。その結果、3群間では、右中心後回内、右中心後回と小脳虫部第3小葉の間、右中心後回と左視床の間のFC(図2a)、また、左後頭極と右中側頭回側頭後頭部の間のFC(図2b)、更に、右上前頭回と右縁上回後部の間のFC(図2c)に有意差が示されました。
このように、本研究は、MDD患者とSAD患者が局所レベルおよびネットワークレベルで、共通する、あるいは特異的な脳機能異常を示しました。これらの脳領域は、身体感覚、視覚処理、認知機能および感情調節などの機能に関連しているため、両疾患の共通的な脳機能異常は、MDD患者とSAD患者における感情障害と認知障害などの類似性を説明するものと考えられます。また、右上前頭回(図1c)において、MDD患者ではHCとSAD患者の両方よりもALFFが高いことが示されました。この異なる脳機能異常は、MDD患者とSAD患者の臨床症状の違いを説明し、両疾患を区別する特徴になる可能性があります。
■今後の発展・展望
本研究は、ALFFとFCを組み合わせて、局所的なレベルとネットワークレベルで健常者、MDD患者およびSAD患者3群の脳機能の違いを検討しました。その結果、MDD患者とSAD患者で共通する脳機能異常と異なる脳機能異常があることが示されました。本研究の結果は、両疾患の神経メカニズムの解明、診断バイオマーカーおよび新しい治療戦略の開発の一助となることが期待されます。
■用語解説:
注1)fMRI:機能的磁気共鳴画像(functional Magnetic Resonance Imaging)。脳血流の変化を測定することにより脳の活動を観測することが可能である。
注2)バイオマーカー:疾患や症状、治療の効果を評価するための指標となる生体由来のデータのこと。
注3)ALFF:低周波変動振幅(Amplitude of Low-Frequency Fluctuations)。安静時における血中酸素濃度依存性信号の自発的な低周波の変動の振幅から、脳の自発的な神経活動を反映する指標である。
注4)FC:脳機能的結合(Functional Connectivity)。脳の領域間の機能的な結びつきの強さ。fMRIで捉えられる脳の各領域における血中の酸素濃度変動がどの程度同調しているかを元に算出される。
注5)LSAS:リーボヴィッツ社交不安尺度。社交不安症の重症度を評価するための尺度。24の様々な状況に対する「恐怖感/不安感の程度」と「回避の程度」を4段階で答える。
注6)BDI-II: BDI-IIベック抑うつ質問票。抑うつ症状の重症度を評価するための尺度。過去2週間の状態についての21項目の質問によって抑うつ症状の重症度を短時間で評価することができる尺度である。
注7)seed-to-voxel/seed-to-ROI脳機能的結合解析のシード領域: 脳機能的結合を解析する際に基準として用いる特定の脳領域やボクセル(3次元のピクセル)のこと。シード領域からの信号と、脳全体の各ボクセルまたは特定の領域との相関を調べることで、シード領域がどの領域と機能的に結びついているかを特定する。
■ 研究プロジェクトについて
本研究は以下の助成金による支援を受けて行われました。
・独立行政法人日本学術振興会科学研究費助成事業(基盤研究(C))「不安症・強迫症リスク因子の脳機能ネットワーク解析とバイオマーカーの開発」(22H01090, 23K22361)
・国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)「戦略的国際脳科学研究推進プログラム」『縦断的MRIデータに基づく成人期気分障害と関連疾患の神経回路の解明』(JP18dm0307002)
・独立行政法人日本学術振興会科学研究費助成事業(基盤研究(B))「不安症・強迫症に対する認知行動療法の治療効果予測」(19K03309)
■ 論文情報
タイトル: Comparisons of the amplitude of low-frequency fluctuation and functional connectivity in major depressive disorder and social anxiety disorder: a resting-state fMRI study
著者:Junbing He, Kohei Kurita, Tokiko Yoshida, Koji Matsumoto, Eiji Shimizu, Yoshiyuki Hirano
雑誌名:Journal of Affective Disorders
DOI:10.1016/j.jad.2024.07.020
■ 参考資料
1. K Kurita et al. Frontiers in Psychiatry 2023
DOI:10.3389/fpsyt.2023.1233564
出版日:2023 年 12 月 21 日
2. Sudo Y et al., Psychological Medicine 2024
DOI:10.1017/S0033291724000485出版日:2024 年 3 月 19 日