生理活性脂質代謝酵素SMS2の新たな機能を発見〜特定の脂肪酸を持つリン脂質を代謝し生理活性脂質を産生する〜

2024.11.18

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 千葉大学国際高等研究基幹の村上千明特任助教、同大学大学院理学研究院のKamila Dilimulati研究員、角田(熱田)京子研究員、坂根郁夫特任教授,島根大学の堺弘道助教らの研究グループは、脂質代謝酵素のスフィンゴミエリン合成酵素 isoform 2(SMS2)注1)が新規の脂質代謝酵素活性を有することを発見しました。
 本研究成果により、SMS2の関連が示唆される、II型糖尿病や動脈硬化症、脳卒中等の病態等の分子レベルでの理解につながることが期待されます。また、本研究成果を含めた研究グループの複数の報告により、35年ぶりに新規のホスホリパーゼC(PLC)注2)が国際生化学・分子生物学連合(IUBMB)が管理するEC番号(酵素番号)注3)に登録されました(EC 3.1.4.62)。
 本研究成果は2024年11月6日に、学術誌The Journal of Biological Chemistry誌に公開されました。

■研究の背景
 哺乳類は多細胞生物であり、細胞膜は細胞の内外を隔てる生体膜でタンパク質と脂質から構成されています。ジアシルグリセロール(DG)注4)は脂質の一種であり、ホルモンや神経伝達物質等の細胞外からの情報を細胞内へ伝達する生理活性脂質(セカンドメッセンジャー)として機能します。これまで、DGの代謝異常が糖尿病や心血管疾患などの増悪化と密接に関連することが示唆されてきましたが、DG代謝の分子機構については不明点が多く残ります。
 最近、研究グループではDGリン酸化酵素のDGキナーゼ(DGK)の相互作用タンパク質中にグリセロリン脂質のホスファチジルコリン(PC)を加水分解してDGを産生するPC特異的PLC(PC-PLC)活性を有することを発見し、DGKの相互作用タンパク質中からSMS関連タンパク質(SMSr)をPC-PLC候補として見出し、当該酵素がPC-PLC活性を有することを明らかにしました参考文献1,2)。さらに、SMS isoform1 (SMS1) もPC-PLC活性を有することを発見し、SMSはPLCの一種である可能性を示しました参考文献3)
 そこで研究グループは、同じくSMSの一種で精製困難な膜タンパク質であり、酵素学的特性に不明点の多い脂質代謝酵素のSMS2に注目し、そのDG産生酵素活性の詳細について調べることにしました。

■研究の成果:

 本研究では、研究グループが開発した膜タンパク質精製法を用いて、ヒトSMS2タンパク質を哺乳類細胞から高純度に精製し、SMS2の酵素学的性質を調べました。その結果、以下の①〜④が明らかとなり、SMS2は新タイプのDG産生酵素であることがわかりました。

①   SMS2は従来報告されていたSMS活性に加え、グリセロリン脂質のホスファチジルコリン(PC)とホスファチジルエタノールアミン(PE)を加水分解してDGを産生するPLC活性を有する。

②   SMS2は飽和脂肪酸(saturated fatty acids, SFA)または一価不飽和脂肪酸 (monounsaturated fatty acids; MUFA)を含有するPCとPEに対する基質選択性が認められ、SFAまたはMUFA含有DGを選択的に産生する。

③   SMS2はスフィンゴ脂質のセラミド(Cer)存在下(PC : Cer=2:1以上の存在量)では主にSMS活性を示す(図A)一方で、Cer非存在下のリポソーム注5)中では主にPLC活性を示し(図B)、細胞膜の環境(脂質組成)に依存してSMS2の主な酵素活性が変化する。

④   PLC反応の産生物であるDGが、SMS2のSMS活性を阻害する(図B)。

■今後の展望
 哺乳類において生体膜主要成分のPCとPEを基質とする酵素活性(PC-PLC、PE-PLC)が最初に報告されてから、それぞれ70年、35年以上経ちます。しかし、PC-PLCとPE-PLCの分子実体(遺伝子、タンパク質)は不明でした。今日に至るまで、複数の研究グループが当該酵素群の同定を試みましたが、当該酵素は抽出・精製の難しい生体膜画分に活性が強く検出されることから、当該酵素の同定には技術的な難しさがありました。
 本研究によって、SMS2が長年探し求められていた哺乳類PC-PLCとPE-PLCの候補の1つであり、特にSFAまたはMUFA含有DG分子種の代謝に関与することが強く示唆されました。今後、DG代謝の分子機構に関して、さらなる解明が期待されます。
 また、35年ぶりに新規PLCが国際生化学・分子生物学連合が管理するEC番号に登録されたという本研究グループの成果は、生化学や分子生物学の領域における理解を深めるだけでなく、新しい治療法や技術の開発への貢献など、広範囲な影響を与える可能性がある、科学的に非常に重要な成果といえます。

■用語解説
注1)スフィンゴミエリン合成酵素(SMS2):膜貫通タンパク質で脂質代謝酵素の1種。グリセロリン脂質のホスファチジルコリンの極性頭部(ホスホコリン)をスフィンゴ脂質のセラミドに転移し、スフィンゴミエリンを合成する。哺乳類では3種のSMSアイソフォーム(基本的機能は同じだが、構造が異なるタンパク質、SMS1、SMS2、SMS関連タンパク質(SMSr)と略記される)が報告されている。

注2)ホスホリパーゼC(PLC):脂質代謝酵素の1種。生体膜主成分のグリセロリン脂質を加水分解し、DGを産生する。細胞内で酵素活性が検出されるが、責任酵素(反応を司るタンパク質)が不明のPLCが複数種ある。

注3)EC番号(Enzyme Commission numbers):国際生化学・分子生物学連合(International Union of Biochemistry and Molecular Biology; IUBMB)の命名法委員会が管理する酵素番号。1958年設立。酵素の疑いの余地のない機能解析(理想的には、酵素を高純度に精製しin vitro(試験管レベル)における酵素学的性質の評価)によって初めてEC番号の登録申請が承認される。

注4)ジアシルグリセロール(DG):グリセロール骨格に2つの脂肪酸が結合した分子であり、脂肪酸の組み合わせが異なる複数のDG分子種が少なくとも50種以上は哺乳類細胞内に存在するといわれている。

注5)リポソーム:人工脂質二重膜。膜タンパク質の機能解析に広く用いられる。

■研究プロジェクトについて
 本研究は、科学研究費助成事業(JP18J20003、JP21J00197、JP22K15054、JP24K18068、JP22KK0251、JP24K18270、JP17H03650、JP23H02431/JP23K27124、JP22K19747、JP20H03205)、住友財団、ホクト生物科学振興財団、濱口生化学振興財団、日本科学協会、双葉電子記念財団、日本応用酵素協会、リカケンHD株式会社、小野医学研究財団、中島国際交流財団、中外創薬科学財団、天野エンザイム科学技術振興財団、飯島藤十郎記念食品科学振興財団、杉山産業化学研究所、鈴木謙三記念医科学応用研究財団、三島海雲記念財団、東洋水産財団および日本生化学会の支援を受けて実施されました。

■論文情報
タイトル:Multiple activities of sphingomyelin synthase 2 generate saturated fatty acid- and/or monounsaturated fatty acid-containing diacylglycerol
著者:村上千明、Kamila Dilimulati、角田(熱田)京子、川合 巧真、猪俣 翔、土方 寧久、堺弘道、坂根郁夫
雑誌名:The Journal of Biological Chemistry
DOI10.1016/j.jbc.2024.107960

■参考文献
1)タイトル: Diacylglycerol kinase δ and sphingomyelin synthase-related protein functionally interact via their sterile α motif domains
雑誌名:The Journal of Biological Chemistry
DOI: 10.1074/jbc.RA119.012369

2) タイトル: Sphingomyelin synthase-related protein generates diacylglycerol via the hydrolysis of glycerophospholipids in the absence of ceramide
雑誌名:The Journal of Biological Chemistry
DOI: 10.1016/j.jbc.2021.100454

3) タイトル:Human sphingomyelin synthase 1 generates diacylglycerol in the presence and absence of ceramide via multiple enzymatic activities
雑誌名:FEBS Letters
DOI: 10.1002/1873-3468.14735

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