創薬からドローン・宇宙まで〜バイオ研究最前線 #5

5億年かけた植物の生存戦略で
持続可能な未来を作る 千葉大学 大学院薬学研究院 遺伝子資源応用研究室 教授 山崎 真巳[ Mami YAMAZAKI ]

#バイオ研究
2022.07.12

目次

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※記事に記載された所属、職名、学年、企業情報などは取材時のものです

植物は、古代ギリシャ時代にはすでに薬として使われていたという。そんな植物の多様性に魅了され、薬用植物の研究を一筋に進めてきた山崎真巳教授に、植物が作り出すさまざまな成分「ファイトケミカル」と植物による持続可能な未来の製薬工場についてお話を伺った。

植物が作るファイトケミカルに魅せられて

―「ファイトケミカル」とはどのような物質なのでしょうか。

ファイトケミカル(phyto: 植物の、chemical: 化学物質)とはその名の通り、植物が自分の体内で作る化学成分です。古代ギリシャ時代から植物が薬として利用されてきた記録が残っています。当時の人々はなぜ効果があるのかということを知らなくても、経験から症状にあわせてハーブを選んでいました。また薬の知識から呪術のような意味が生じることもあり、頭痛に効果がある柳の木を、日本では頭痛に悩んだ後白河法皇が頭痛平癒を願って建立した三十三間堂の梁に使った、という逸話が残っています。

近代になり、錬金術に起源をもつ有機化学の発達とともに薬効を持つ成分=ファイトケミカルが明らかになってきました。例えば、先ほどの頭痛に効果がある柳の樹皮からは、19世紀になって鎮痛作用をもつサリシンが含まれていることが分かりました。これをもとに副作用の少ない解熱鎮痛剤のアスピリンが開発されました。

さらに、1980年代に入ると分子生物学が急速に発展しました。植物の中で起こっている物質生産=化学反応を遺伝子レベルで調べられるようになったのです。1つの植物で作られるファイトケミカルは2,000種類にものぼり、小さな植物の中ではダイナミックな合成反応が繰り広げられていることが分かりました。
一見物静かな植物が多種多様なファイトケミカルを作る工場でもあるという意外性に、私はすっかり魅了されました。

―なぜ植物はファイトケミカルを作るのでしょうか。

植物は「動けない」のではなく、「動かない」ことを選んで生存してきたといえます。動かない代わりにファイトケミカルを利用して、身を守り繁殖してきたのです。例えば、ポリフェノールは紫外線から自己を守り、良い香りの成分で虫を花に誘引して受粉の機会を作ります。つまりファイトケミカルは動かない植物の生存戦略なのです。

ファイトケミカルには、その種だけが生産する独自のファイトケミカルが多数あります。また地球上に約22万~26万種あるといわれる植物の中で調べられているのはまだほんの一部で、これから活用できる可能性を秘めた、新しいファイトケミカルが宝物のように隠れているといえます。

―薬用植物やファイトケミカルの研究がまさに今活気づいている理由はなぜでしょう。

薬用植物は非常に多くの種類があります。大航海時代から薬用資源の探索が盛んに行われましたが、近代以降その研究は下火になっていました。そこに到来したのが2000年代のゲノム解読の時代です。このことにより研究スピードが飛躍的にアップするとともに生物学の概念が全く変わりました。さらに2015年頃からの次世代シーケンサーの登場による解析のコストの低下と解読精度の向上のおかげで様々な植物をゲノムレベルで解析できるようになり、薬用植物の研究が一気に躍進したのです。

チャボイナモリの全ゲノム解読に成功

―先生が研究されている植物について教えてください。

私たちの研究グループでは、チャボイナモリという植物の全ゲノムを解読し2021年に発表しました。チャボイナモリはコーヒーノキと同じアカネ科の仲間で沖縄列島や奄美地方に自生し、小さな花を咲かせる高さ20cmぐらいの小型の植物です。
チャボイナモリはあまりなじみのない名前かもしれませんが、抗がん剤(イリノテカン)の原料であるカンプトテシンを生産する貴重な薬用資源なのです。私たちだけでなく他の学部、さらには理化学研究所やかずさDNA研究所など学外のラボと共同研究しています。

―共同研究で得られた成果について詳しくお聞かせください。

私たちは2019年に「植物分子科学研究センター」を設立し、薬学部の他に「育てる・増やす」のプロである園芸学部などとも共同研究をしています。
チャボイナモリは非常に多湿な環境を好みます。乾燥に弱いので千葉では野外で育てることが難しくすぐに枯れてしまうことが、研究のスピードに影響していました。
そこで園芸学部の後藤英司教授に最適な生育条件の探索を依頼しました。湿度を好むので水耕栽培なら育てやすいということが分かり、適切な温度や栄養条件も整え、研究室でたくさん育てながら実験を進められるようになりました。
この他にも、共同研究によるシナジー効果を発揮して多くの成果をあげています。

―先生のグループでは、チャボイナモリの共同研究でどのような研究を分担されていますか。

私たちは、チャボイナモリがどのようなファイトケミカルをどのように代謝・生合成しているかをメタボローム解析*1・トランスクリプトーム解析*2という方法を用いて調べています。これらの基盤として用いるために、まずチャボイナモリのゲノムを解読しました。ゲノム情報があると、いつどこでどんな遺伝子が発現するかを詳しく知ることができ、メタボロミクス解析の精度が非常に高くなります。

*1 メタボローム解析:代謝物について網羅的に分析する手法
*2 トランスクリプトーム解析:遺伝子の発現状況を網羅的に分析する手法

―ファイトケミカルはどのように検出するのですか。

ファイトケミカルは微量ですが、最近精度が非常に高くなった液体クロマトグラフ-質量分析計という機器を使って分析します。この機器により、これまで植物の組織から分離することのできなかった物質の成分推定も可能となりました。

さまざまな方法を組み合わせ、チャボイナモリの体内で、どのような物質がどんな順番で作られていくのかもほぼ特定しました。すると、複数の植物で途中まで同じように作られる物質があることが分かりました。植物は同じ材料からバラエティに富んだファイトケミカルを作っているのです。一つのタンパク質構造を決定するのは大変な作業ですが、そうして得られたタンパク質の構造は見事としか言いようがないほど理にかなっていて、いつも植物の精巧なしくみに驚かされます。

―チャボイナモリの研究は、今後どのような展開をお考えですか。

例えば、チャボイナモリよりも生育が早い別の植物、あるいは増殖速度の速い微生物等に、カンプトテシンを合成させる経路を組み込む研究を考えています。この研究により、より高い収率でカンプトテシンを得ることができるのではないかと考えています。また、生合成に関わるタンパク質を改変することによりカンプトテシンの構造を少し変えた新しい類似物質を生産させることが可能かもしれません。これらの類似物質は、抗がん剤治療で問題となる薬剤耐性の克服に有用と考えられます。

持続可能で地球に優しい「植物による製薬工場」

ー植物のしくみは思っていた以上に巧妙で、学ぶことが多くて驚きます。

本当に植物からは多くを教えられます。生物は5億年の進化の過程でトライアンドエラーを繰り返してきたといえます。生物にとってのエラーとは死滅を意味します。今私たちが目にする植物は、たくさんの犠牲の上に現代まで生き残った、最適解を受け継ぐ存在なのです。

植物のしくみを解明することは、5億年かけて培った生存戦略の情報を詳らかにすることだと考えています。そこに大きな意義を感じています。

ー5億年の生存戦略……植物とは偉大な存在なのですね。

さらに言えば、植物は光エネルギーを利用して主に水と二酸化炭素から多種多様なファイトケミカルを生合成します。工業的な合成と比較したら、はるかに低エネルギー、かつ二酸化炭素を消費して有害な廃棄物も出さない環境に優しい合成方法です。いま工場で作っている医薬品を植物が生合成できたら…、つまり「植物による製薬工場」が作れたら、持続可能でより良い世の中になると思いませんか。

植物の持つ洗練されたしくみを正しく解き明かし、人類共通の情報資源として活用する――そのような視点をもって研究を行っています。

インタビュー / 執筆

安藤 鞠 / Mari ANDO

大阪大学大学院工学研究科卒(工学修士)。
約20年にわたり創薬シーズ探索から環境DNA調査、がんの疫学解析まで幅広く従事。その経験を生かして2018年よりライター活動スタート。得意分野はサイエンス&メディカル(特に生化学、環境、創薬分野)。ていねいな事前リサーチ、インタビュイーが安心して話せる雰囲気作り、そして専門的な内容を読者が読みやすい表現に「翻訳」することを大切にしています。

連載
創薬からドローン・宇宙まで〜バイオ研究最前線

SDGsの達成とQOL向上に必要不可欠なバイオテクノロジーの推進。バイオテクノロジーとライフサイエンス分野のトップリーダーたちが挑むユニークな研究とは?

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