千葉大学分子キラリティー研究センターの尾松孝茂教授、同センター(国際高等研究基幹兼任)のSrinivasa Rao Allam特任講師、同大学大学院融合理工学府博士後期課程1年の米田悠人氏、サウスハンプトン大学のWilliam R. Kerridge‐Johns博士、千葉工業大学の藤本靖教授らの共同研究グループは、緑、オレンジ、赤、深赤の4色で光スキルミオン(注1)を発生できる小型ファイバーレーザーを開発しました。レーザー共振器の内部に配置されたレンズを共振器の光軸方向に沿って移動させるだけで、レーザーの色(波長)を切り替えることができます(図1)。
この成果は、光スキルミオンのような光の準粒子を用いた微細加工や超解像顕微鏡開発における可能性を示唆し、物理学や材料科学における新たな知見をもたらします。
本研究成果は、2024年11月12日(現地時間)に学術誌Laser&Photonics Reviewsにてオンライン掲載されました。
■ 研究の背景
近年、不揮発性メモリ(注2)のキャリアとしてスキルミオンが注目されています。スキルミオンは、3次元空間であるブロッホ球上に現れるすべてのスピンの状態を二次元平面に射影した2次元スピン渦構造です。このスピン渦構造は、その安定性から準粒子として扱われ、物性物理学や情報科学の分野で注目を集めています(参考文献1)。
光学分野においても、波面や偏光を空間的に制御した光渦(注3)や偏光渦(注4)を超える光の準粒子として光スキルミオンが実証されています(参考文献2)。光スキルミオンは、スピンの代わりに偏光を表す3次元ストークスベクトル(注5)を2次元平面に投影したもので、そのストークスベクトルの空間分布からネール型、ブロッホ型、アンチ型などに分類されます。スピンのスキルミオンと同様に外部の乱れや干渉に対して比較的強い安定性があり、自由空間光通信やデータストレージ、マイクロ/ナノスケールでの物質の光操作(参考文献3)において革新的な応用が期待されています。また、光スキルミオンは、超解像顕微鏡などへの応用も期待されています。しかし、これまで光スキルミオンを発生する簡便な方法がなかったために、これらの応用研究は未開拓でした。
■ 研究の成果
本研究では、共振器内にくさび型部分反射鏡を挿入し、その表面および裏面でのシアリング干渉(注6)で光渦を発生させ、かつ、レーザー共振器からは共振器の発振モードであるガウスビーム(注7)を取り出すという二つのビームを同時に発生できるレーザー装置を開発しました。また、発生したガウスビームと光渦モードを偏光干渉させるだけで多様な光スキルミオンを発生することに成功しました。さらに、安定した共振器を構成するために配置したレンズの色収差を利用して、球面レンズを共振器の光軸方向に沿って移動させるだけで、Pr3+イオンの発光線に相当する緑(523 nm)、オレンジ(605 nm)、赤(637 nm)、深赤(719 nm)の4色の波長の異なる光スキルミオンを単一の共振器から発生させることにも成功しました(図2)。
■ 今後の展望
本研究の成果は、光の準粒子である光スキルミオンをレーザー装置から直接発生させるものです。したがって、空間変調器などの高価でかつ複雑な機材を一切使用しません。また、本研究で用いた光スキルミオンの発生方法は、レーザー装置を選びません。そのため、将来的には可視域にとどまらず、様々な波長(紫外~中赤外)のレーザー装置で光スキルミオンが簡便に発生できる可能性を示唆します。このように本研究は、光スキルミオンの応用として考えられている自由空間光通信やデータストレージ、超解像顕微鏡などを実現する大きな一歩となります。
■用語解説
注1)光スキルミオン:光の偏光を示すストークスベクトルを2次元平面に投影した時にできる、渦構造の偏光空間分布を持つ光。
注2)不揮発性メモリ:USBメモリやSDカードなど電源を切っても記憶内容が消えないタイプのメモリのこと。
注3)光渦:螺旋状の波面(螺旋波面)を持つ光。光渦の波面中央部には位相の決まらない特異点(暗点)が存在し、円環状の強度分布を示す。
注4)偏光渦:レーザービームの断面内で偏光が光軸に対して半径方向または周回方向に軸対称に偏光した光。
注5)3次元ストークスベクトル:水平および垂直方向の直線偏光の強度の差、±45度方向の直線偏光の強度の差、右回りおよび左回り円偏光の強度の差をx, y, z成分とするベクトル。
注6)シアリング干渉:入射光波面とその横ずらしした波面との干渉。
注7)ガウスビーム:レーザーの基本的な横モードで、ヘルムホルツ方程式の近軸近似解として得られる。ガウス分布状の強度分布を持つ。
注8)ジェットカラーマップ:数値が高いほど赤、低いほど青で情報を直感的に伝えるもの。これにより、複雑なデータのパターンや傾向を簡単に視覚的に理解することができる。
■ 論文情報
論文タイトル:Multi‐color optical quasiparticle laser source formed of a Pr3+ doped fiber laser with a dual‐output coupling geometry
著者:Yuto Yoneda, Srinivasa Rao Allam, William R Kerridge‐Johns, Yasushi Fujimoto, Takashige Omatsu
雑誌名:Laser&Photonics Reviews
DOI:10.1002/lpor.202401403
■ 参考文献1)
論文タイトル:Magnetic skyrmions: Advances in physics and potential applications
雑誌名:Bature Review Materials
DOI:10.1038/natrevmats.2017.31
■ 参考文献2)
論文タイトル:Generation of optical skyrmions with tunable topological textures
雑誌名:ACS Photonics
DOI:10.1021/acsphotonics.1c01703
■ 参考文献3)
論文タイトル:Direct imprint of optical skyrmions in azopolymers as photoinduced relief structures
雑誌名:APL Photonics
DOI:10.1063/5.0192239
日本語リリース:https://www.chiba-u.ac.jp/news/files/pdf/240412_Di_02.pdf
■ 研究プロジェクトについて
本研究は、科学研究費補助金基盤研究A、科学研究費補助金学術変革領域研究A「光の螺旋性が拓くキラル物質科学の変革」および科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業(CREST)の一環として行われました。また、千葉大学分子キラリティー研究センター内における共同研究の成果です。