■研究の概要:
エジプト国立天文・地球物理学研究所の Mohamed Abdullah 研究員注1)、千葉大学情報戦略機構の石山智明准教授らの国際共同研究チームは、銀河団注2)の質量と銀河団の数の関係を、銀河団を構成するメンバー銀河注3)を利用して高精度に推定しました。銀河団の質量と数の関係を数値シミュレーションによる予測値と比較した結果、宇宙に存在する物質とエネルギーの総量のうち物質が31%を占め、残りは暗黒エネルギーであることを突き止めました 。本研究で開発された新手法は、最新の天体望遠鏡を用いて集まりつつある新しい観測データに対しても応用可能であり、今後宇宙の起源の理解が深まることが期待されます。
本研究成果は、2023年9月13日に、米国の天体物理学専門誌 The Astrophysical Journal に掲載されました。
■研究の背景:
宇宙論における最も重要な問題のひとつは、宇宙において各物質成分がどれくらいの割合で存在するかということです。それを推定する方法の一つとして、銀河団の質量と数の関係を用いるものがあります。銀河団は宇宙における最大の天体であり、銀河団の質量と数の関係は、宇宙論的条件、特に物質の総量に非常に敏感です。宇宙における全物質の割合が高ければ高いほど、より多くの銀河団が形成することが予想されます。しかし、銀河団の質量と数の関係を正確に直接測定することは困難でした。なぜなら、ほとんどの物質は暗黒物質注4)であり、望遠鏡で光学的に直接観測できないからです。
■研究の成果:
研究チームは質量の大きい銀河団ほどより多くのメンバー銀河を含んでいるという事実に着目し、銀河団の質量を間接的に測定する方法を採用しました。銀河は光り輝く星で構成されているため、各銀河団に含まれるメンバー銀河の数の計測を、その銀河団の質量を間接的に測定する方法として利用できます。研究チームは、公開されているスローンデジタルスカイサーベイ注5)の観測データを解析し、各銀河団に含まれるメンバー銀河の数を計測し、銀河団の質量とメンバー銀河の数の関係を調べました。そこから銀河団の質量と銀河団自身の数の関係を高精度に推定し、数値シミュレーションによる予測と比較した結果 (図1)、観測とシミュレーションが最もよく一致したのは全物質が宇宙の物質とエネルギーの総量の約31%を占める宇宙であり、プランク衛星による宇宙マイクロ波背景放射注6)の観測から推定された値と非常によく一致しました。
この研究成果を得るためには、各銀河団までの距離と、どの銀河が銀河団に重力的に結合している真のメンバーなのかを世界で初めて正確に決定したことが重要でした。そのため研究チームはスローンデジタルスカイサーベイ分光観測のデータを利用しました。これまでもメンバー銀河の数を利用しようと試みた研究はありましたが、各銀河団までの距離と、近くに見える銀河が真のメンバーであるかどうかを決定するために、少数の異なる波長における撮像データを用いており、あまり高い精度が得られていませんでした。
■今後の展望
物質の総量を推定する手法として宇宙マイクロ波背景放射の他にも、バリオン音響振動、Ia型超新星、重力レンズなどが用いられてきました。本研究で採用した銀河団の質量と銀河団の数の関係を用いる手法は、これらの手法とは完全に異なり、物質の総量などの宇宙論パラメータを制約するための競争力のある手法であると実証したことは大変意義があります。加えて、すばる望遠鏡、暗黒エネルギーサーベイ、暗黒エネルギー分光器、ユークリッド望遠鏡、eROSITA望遠鏡、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡のような、広視野・深視野の大規模な撮像・分光銀河サーベイから利用可能になりつつある新しい観測データに対しても応用可能であり、今後の発展が大いに期待できます。
■注釈・用語解説
注1)JSPS外国人特別研究員として、2023年6月まで千葉大学情報戦略機構で研究に従事
注2)銀河団 については下記の解説記事をご参照ください。
http://www.icehap.chiba-u.jp/plasma/galaxy.html
注3)メンバー銀河: 銀河団を構成する銀河であり、銀河団の重力で銀河団の中を運動しています。メンバー銀河の数とは銀河団ひとつの中にどれくらいの銀河が存在するかを表し、銀河団自身の数とは異なります。
注4)暗黒物質:別名ダークマター。宇宙の物質成分の内訳として、約20%は恒星、銀河、原子、生命を含む通常の物質、すなわち「バリオン」物質でできていると考えられています。一方、残りの約80%は重力のみ作用し、光学的には直接観測できない「暗黒物質」でできていると考えられています。暗黒物質の素粒子としての正体はよくわかっておらず、基礎物理学の重要な未解決問題のひとつです。
注5)スローンデジタルスカイサーベイ: 米国ニューメキシコ州のアパッチポイント天文台に設置された口径2.5mの望遠鏡による、大規模な天体撮像分光サーベイ。
注6)宇宙マイクロ波背景放射:ビッグバン直後に発せられた光の残光で、マイクロ波として観測される。天球上の場所ごとの変動は宇宙の物質の総量や宇宙年齢などに依存する。アメリカ航空宇宙局によるWMAP衛星や、ヨーロッパ宇宙機関が打ち上げたプランク衛星によって観測が進められた。
■研究プロジェクトについて
本研究は千葉大学国際高等研究基幹研究支援プログラム、JSPS科学研究費助成事業(JP19KK0344、JP21H01122、JP21F51024)、富岳成果創出加速プログラム (JPMXP1020200109)、計算科学連携拠点、米国国立科学財団、米国航空宇宙局の支援を受けて行われました。
■論文情報
タイトル:Constraining Cosmological Parameters using the Cluster Mass-Richness Relation
著者:Mohamed H. Abdullah, Gillian Wilson, Anatoly Klypin, Tomoaki Ishiyama
雑誌名:The Astrophysical Journal
DOI:https://doi.org/10.3847/1538-4357/ace773