発作時DC電位注1は難治てんかん焦点注2の新しいバイオマーカーとして注目されています。今回、千葉大学大学院医学薬学府博士後期課程 和泉允基 大学院生 (研究当時) 他3名、京都大学大学院医学研究科 池田昭夫 教授 他2名、国立精神・神経医療研究センター 岩崎真樹 脳外科部長 他3名らの共同研究グループは、時定数注32秒記録の頭蓋内脳波注4で発作時DC電位が難治てんかん焦点の新しいバイオマーカーとして有用であることを世界で初めて明らかにしました。本成果は、国際学術誌Epilepsiaに2023年10月31日オンライン掲載されました。
■研究の背景
「てんかん」は約100人に1人発症し、世界に約5千万人患者がいるとされる一般的な脳の病気です。「てんかん」は脳の神経細胞やアストロサイト注5の異常により「てんかん発作」を起こすとされており、抗発作薬内服で発作抑制を試みます。しかし約3割の患者さんは投薬で発作が完全に抑制されず、難治てんかんとされます。一部の難治てんかん患者さんは、てんかん発作を生じさせる「てんかん焦点」を外科治療で取り除くことにより、発作がなくなるまたは減ることがあります。外科治療の効果は、てんかんの原因となっている「てんかん焦点」を正確に同定できるかで決まります。「発作時DC電位」はてんかん焦点を見つけるための新しいバイオマーカーとして注目され、表示時定数を0.1秒から2.0秒に変更することで明瞭となります (図1)。これまでの研究では時定数10秒記録の脳波で有用とされてきましたが、世界で一般的に使われている脳波計は時定数2秒記録であることから、「発作時DC電位」をバイオマーカーとして使用する際の制限となっていました。我々の先行研究において、時定数10秒記録の脳波にデジタルフィルターをかけて時定数2秒表示とした脳波でも、発作時DC電位が十分に観察可能であることが示唆されました (梶川ら、Clinical Neurophysiology, 2022)。本研究では時定数2秒記録の頭蓋内脳波を使用し、発作時DC電位が観察可能であるか、また発作転帰注6と関連があるかについて検討を行いました。
■研究手法・成果
共同研究グループは、過去に25名の難治てんかん患者の外科手術用に記録した時定数2秒の頭蓋内脳波を収集・解析し、「発作時DC電位」が観察可能かどうか検討しました。また発作時DC電位が出現した領域の切除と、発作転帰に関連性があるのかを検証しました。
その結果、発作時DC電位は147発作中142発作 (96.6%)で出現しており、先行研究で報告されている時定数10秒記録の脳波と比較して、振幅は減衰するものの十分に観察・解析可能であることを明らかにしました。また発作時DC電位が主に出現している領域が外科切除された症例は、切除されていない症例と比較して良好な発作転帰を示したことが明らかになりました (図2)。
■今後の展望
時定数2秒記録の発作時DC電位を利用して、より多くの施設の外科治療成績向上につながると期待されます。また時定数2秒記録は頭皮脳波でも幅広く使用されており、頭皮脳波でDC電位を評価できるようになれば頭蓋内に電極を留置しなくてもてんかん焦点をある程度絞ることの出来る可能性も示唆されます。
適応はてんかんに留まらず、片頭痛、急性脳障害、一過性脳血流障害、一部の認知症などの頭皮脳波でDC電位のような所見を示す疾患が知られています。当研究により、それらの疾患にも時定数2秒の頭皮脳波記録で応用が期待されます。
■用語解説
注1)発作時DC電位:てんかん発作時に脳内のアストロサイトと神経細胞の相互作用によって生じる1Hz以下の非常に遅い脳活動。
注2)てんかん焦点:てんかん発作が起こる脳の部分のこと。てんかん焦点の場所によって、発作の症状が異なる。たとえば手を動かす脳の部分がてんかん焦点だと、手がけいれんする発作が出る。
注3)時定数:低域遮断フィルタに相当し、時定数をtとすると「遮断周波数 = 1/2πt」と表せる。すなわち時定数が高いほど、より低い周波数成分を表示することが出来る。
注4)頭蓋内脳波:脳波は頭蓋骨を通過するときに約1/100減弱してしまう。正確にてんかん焦点を推定するため、頭蓋骨内に電極を留置して記録する脳波のこと。精度の高い脳波を記録できる。
注5)アストロサイト:中枢神経系にあるグリア細胞の一種で、星のような形をしている。神経細胞や血管に接しており、脳の栄養や環境の調節、神経伝達の補助など様々な役割を担っている。
注6)発作転帰:てんかんの外科治療後に発作がどのように変化したかを表す指標。発作の有無や頻度、 前兆の有無などによって分類される。
■論文情報
タイトル:Focal ictal direct current shifts by a time constant of 2 seconds were clinically useful for resective epilepsy surgery
著者:Masaki Izumi, Katsuya Kobayashi, Shunsuke Kajikawa, Kyoko Kanazawa, Yutaro Takayama, Keiya Iijima, Masaki Iwasaki, Yoji Okahara, Seiichiro Mine, Yasuo Iwadate, Akio Ikeda
雑誌名:Epilepsia
DOI:10.1111/epi.17782