■発表のポイント
●季節による環境変化は、⽣物が経験する環境変化の中でもっとも急速なものの⼀つである。
●⼀⽅で、⽣物が、環境の季節変化に対応して迅速に進化をしているかは、あまりわかっていない。
●環境要因の影響を排除し、進化(=遺伝的変化)の検出を試みたところ、冬を越えた直後の「春世代」と夏を越えた直後の「秋世代」の間での⾼温耐性と体サイズが進化していることを⽰された(図1)。
●⽣物が季節による環境変化に対し、超⾼速な進化を起こしていることを⽰す貴重な証拠となった。
■研究の概要
⽣物は、⻑い歴史の中で、⽣息環境の変化に応じて形や⾏動などのさまざまな特徴を進化させてきました。⼀般に、このような進化は、数千年、あるいはそれ以上⻑い時間スケールで起きるものと考えられています。⼀⽅、温帯地域では、昼間の⻑さや気温などの環境条件が、四季を通じて⼤きく変化します。1世代の⻑さが短い⽣物では、環境から受ける選択圧(注1)が世代ごとに⼤きく異なっていると予想されます(図2)。
では、昆⾍のように世代の短い⽣物では、季節と季節の間で、進化が起きているのでしょうか?種の特徴が季節間で変化することはあるのでしょうか?昆⾍を対象としたいくつかの先⾏研究では、季節に沿った急速な進化がいくつかの形質の表現型(温度耐性や繁殖⼒)(注2)で⽣じていることが⽰唆されています。ただし、先⾏研究は、捕獲された季節に表現型の測定が⾏なわれることがほとんどのため、季節集団間での表現型の違いが、進化ではなく、測定時の環境条件の違いによって⽣み出されている可能性を捨てきれません。進化を誤検出している可能性があるのです。したがって、季節変化に伴う急速な進化を検証するには、各季節の表現型の定量において精巧な測定実験が不可⽋であると考えられています。
千葉⼤学⼤学院理学研究院の上野尚久研究員(⽇本学術振興会特別研究員(PD))と同理学部の⽵之下彰⼦学部⽣(当時)、同⼤学院融合理⼯学府博⼠後期課程 1 年の浜道凱也⼤学院⽣、かずさ DNA 研究所の佐藤光彦研究員、千葉⼤学⼤学院理学研究院の⾼橋佑磨准教授の共同研究グループは、キハダショウジ ョウバエ(1世代の⻑さが数週間)を対象に、遺伝的変異に由来する表現型の変化を適切に評価できる室内実験を実施することで、季節変化に対する表現型進化の存在を検証しました。
まず、冬を越えたばかりの春(2 ⽉中旬〜3 ⽉上旬)と夏を越えたばかりの秋(10 ⽉上旬から 11 ⽉上旬)に、千葉⼤学のキャンパス(千葉市)内で本種を採集し、これらを実験室内で繁殖させ、季節ごとに複数の近交系統(注3)を確⽴しました(図3)。
次に、これらの系統を⽤いて、本種の春と秋の集団のゲノム配列を解析しました。その結果、春の集団と秋の集団はまったく同じ集団である(他地域からの移⼊などもない)ことがわかりました。その上で、実験室の⼀定環境下で継代したこれらの系統すべてに対して、⾼温耐性や低温耐性、体サイズを「同時に」測定しました。「同時測定」をすることで、各季節の個体が⽰す表現型から、環境効果(測定時期の温度や湿度など)に由来する差をほぼ完全に取り除くことが可能となり、遺伝的変異に由来する表現型の変化を⾼い精度で検出することができます。測定の結果、⾼温に対する耐性と体サイズに季節間で顕著な変化がみられ、これらの表現型が季節間で急速に進化していることがわかりました(図1)。夏を経験することで⾼い⾼温耐性を進化させ、冬を経験することで⾼温耐性を失うような進化が起きているのです。本研究は、昆⾍において超⾼速な進化が起きることを⽰すことに成功した貴重な研究となりました。本研究のような⼿法は、あらゆる進化的現象にも適⽤されることが期待されます。
研究は国際学術誌 Scientific Reports に 2023 年 12 ⽉ 19 ⽇に掲載されました。
■⽤語解説
(注1)選択圧:進化を引き起こす原動⼒のこと。⾃然淘汰の原動⼒。
(注2)表現型:個体の形態や⾏動、⽣理などに現れる特徴のこと。
(注3)近交系統:遺伝的に近い親からの交配を繰り返し⾏なうことによって⽣み出された系統のこと。
■研究プロジェクト
本研究は、以下の助成⾦の⽀援を受けて遂⾏されました。
•科学研究費助成事業「多次元形質空間におけるマルチレベルな表現型のゆらぎの統合と進化の⽅向性の予測」(20H04857)
•科学研究費助成事業「天邪⻤⾏動が集団に及ぼす社会的・⽣態学的影響とその遺伝基盤」(23H03840)
•住友財団「多次元形質空間における集団内の表現型多様性とその⽣態的機能の検証」
•トヨタ財団「集団内の個性や多様性の機能―モデル⽣物と⽣態ビッグデータを⽤いた検証―」