千葉大学大学院薬学研究院 原田慎吾講師及び根本哲宏教授の研究グループは、銀(Ag)触媒とロジウム(Rh)触媒を活用し、医薬品の基礎となる分子を合成する方法の開発に成功しました。
本研究成果により、生物活性注1)を有するインドール類注2)の基本的な構造を、立体的な特異性(不斉性)を持たせて合成できることから、特定の薬の有効性を向上させたり、新しい薬の合成がより簡便化できるようになるため、今後の創薬研究の発展・加速化が期待できます。
この研究成果は2023年12月27日(現地時間)に米化学雑誌Journal of the American Chemical Societyオンライン版にて公開されました。
■研究の背景
インドール窒素と不斉炭素が結合した構造を有する生物活性分子は、天然に広く存在します。それらの中には、医薬品として利用が期待される薬の種(たね)も含まれます(図1)。しかし、そのような利用価値の高い化学構造を合成することは容易ではありませんでした。合成するための化学反応の選択性が高くないため、望まない副生成物も同時に生成してしまうといった課題が残されていたためです参考文献(1)。
研究グループは、以前よりカルベン種注3)を使用した反応開発に取り組んでいました。カルベン種と金属原子が二重結合を形成した金属カルベンは、金属核の種類に応じて反応性が大きく異なります。そのため研究グループは、独自に開拓した銀カルベンと、古くから使用されてきた汎用性の高いロジウムカルベンの反応性の差異を解明する研究を行ってきました。このロジウム(Rh)と銀(Ag)という二つの元素種は、宝飾品の合金としては併せて利用されておりますが、有機合成化学分野においては同時に使用されることはほとんどありませんでした。
そこで今回の研究では、銀触媒とロジウム触媒を同一フラスコ内で使用することで、様々な骨格を有する窒素含有ヘテロアレーン類注4)のN–H挿入反応注5)の開発に挑戦しました。
■研究成果1- エナンチオ選択的注6)なN–H挿入反応の開発
研究グループは、所有する触媒や入手容易な触媒を系統的に検討することで、幸いにもキラルな銀触媒とアキラル注7)なロジウム触媒が、インドール類、カルバゾール類、またその他のヘテロアレーン類のN–H挿入反応に有効であることを見出しました(図2)。
■研究成果2- エナンチオ選択的なC–H官能基化反応の開発
この触媒系の展開として検討を続けたところ、キラルな銀触媒とキラルなロジウム触媒を用いることで、C–H結合のエナンチオ選択的な官能基化も可能であることがわかりました(4→5、図3)。これまで同様の反応の選択性制御は最近の手法でも困難であり、低い選択性に止まることが報告されていました参考文献(2)。そのため、本研究ではAg/Rh触媒系の力量を強く示すことができました。
■研究成果3- 理論解析による反応メカニズムの解明
研究グループは、DFT計算注8)を活用してN–H挿入反応のメカニズムを解析しました。その結果、銀触媒とロジウム触媒が相乗的に機能していることがわかりました。成功の鍵となる不斉プロトン化段階注9)においては、図4のように三つの金属核とその配位子が不斉環境を構築することで、エナンチオ選択性が制御されていることがわかりました。これらの知見を基盤に、新たな化学反応の設計が期待できることから、その他のヘテロ原子–水素原子に対する挿入反応の開発や有用物質の合成など他の領域への波及効果も考えられます。
■研究者のコメント(千葉大学大学院薬学研究院 原田慎吾 講師)
今回の研究によって、ヘテロ芳香環注10)を置換基として有する不斉炭素を持つ化合物を簡便に合成できるようになりました。このような化合物は、生物活性を持つ分子群として創薬研究への貢献が期待できます。また化学反応の開発という観点においては、これまで困難であった分子変換であっても、銀とロジウムの相乗効果をうまく使えば、実現可能な場合があると示すことができたと考えます。
■研究プロジェクト
本研究は主に、文部科学省科学研究費助成事業「学術変革研究A:デジタル化による高度精密有機合成の新展開」、武田科学振興財団研究助成の支援により遂行されました。
■論文情報
論文タイトル:Silver(I)/dirhodium(II) catalytic platform for asymmetric N–H insertion reaction of heteroaromatics
著者: Shingo Harada, Shumpei Hirose, Mizuki Takamura, Maika Furutani, Yuna Hayashi, Tetsuhiro Nemoto
雑誌名:Journal of the American Chemical Society
DOI: https://doi.org/10.1021/jacs.3c10596
■参考文献
1) → Arredondo V, Hiew SC, Gutman ES, Premachandra IDUA, Van Vranken DL. Angew Chem Int Ed 2017, 56, 4156–4159.
2) → Kong L, Han X, Chen H, Sun H, Lan Y, Li X. ACS Catal 2021, 11, 4929–4935.
■用語解説
注1)生物活性:生物に対して、何かしらの効果を発揮する性質や状態(=活性)のこと。
注2)インドール類:ベンゼン環と窒素原子を含む五員環が縮合した化学構造を有する化合物。
注3)カルベン種:炭素原子は四配位の状態(結合の手が4本)が安定であるのに対して、不安定な中性二配位の状態の活性種。
注4)窒素含有ヘテロアレーン類:窒素原子や酸素原子(ヘテロ原子)など、炭素原子以外の元素を芳香環内に含む芳香族化合物。
注5)N–H挿入反応:窒素原子と水素原子の化学結合間に別の原子が割り込む形(挿入)で進行する化学反応。
注6)エナンチオ選択的:不斉の要素がない化合物に対して化学反応を行うことで、一方の鏡像異性体が優先的に生成すること。
注7)キラル・アキラル: アキラルな分子は対称で、鏡像が同じである。メタンやエタンなどが該当する。一方アミノ酸など、キラルな分子は非対称で、鏡像が重ねられない。医薬品や生体分子の機能の理解に影響を与える概念である。
注8)DFT計算:密度汎関数理論(Density Functional Theory)に基づく計算手法。電子密度やエネルギーなどの分子の物理化学的性質を予測することが可能。
注9)不斉プロトン化段階:化合物や反応の中間体がエナンチオ選択的に水素イオン(H+)を受け取る段階のこと。
注10)ヘテロ芳香環: 窒素原子や酸素原子など、炭素原子以外の元素を含む芳香族化合物の環構造。