■発表のポイント
· 動物の体は、発育過程で生じるランダムなゆらぎ(発生ノイズ)により、わずかに非対称になる。
· このような「ゆらぎ」が生物の生存や進化にどのような影響を与えるかはほとんどわかっていない。
· ショウジョウバエを用いて翅(はね)の形態の比較を行なったところ、左右が非対称性になりやすい系統ほど、環境に応じて形態を変化させる能力が高いことがわかった(図1)。
· これらの結果は、左右の非対称の生み出しやすさが変動する環境下での生き残りに影響するとともに、長期的には進化しやすさにも影響を与える可能性があることを意味する。
■研究概要
生物は、同じ種であっても、さまざまな要因によりその姿・形に多様性(表現型変異)が生まれます。例えば、遺伝子の突然変異(遺伝的要因)によって体の色や形が変化することは一般的にもよく知られています。一方で、同じ遺伝子をもつ双子であっても容姿や性格などが完全に一致することはありません。このような表現型変異を生み出しているのが非遺伝的変異です。非遺伝的変異はさらに2つにわけることができます。一つ目は、温度や餌などの発育環境によって変化する表現型変異(表現型可塑性)で、二つ目は発育過程で生じるランダムなゆらぎ(発生ノイズ)です。一方で、これらの非遺伝的変異同士の関係や非遺伝的変異が生物の生存や進化に与える影響についてはあまりわかっていません。
千葉大学大学院融合理工学府後期課程1年の斉藤京太大学院生、ルンド大学(スウェーデン)の坪井助仁博士、千葉大学大学院理学研究院の高橋佑磨准教授の研究グループは、オナジショウジョウバエの翅形態を対象に、表現型可塑性の能力と発生ノイズの生じやすさとの関係性を検証しました。まず、本種の複数の系統(千葉大学キャンパス内で捕獲されたのちに維持されている系統)を7つの異なった環境下で飼育し、得られた成虫の翅の形態を比較することで系統ごとの表現型可塑性の能力を評価しました。一方で、発生ノイズの程度は、体の左右非対称性の程度として現れることが知られています。そこで、本研究では、表現型可塑性の程度を測定した系統について、翅の左右非対称性の程度を定量することで系統ごとの発生ノイズの生じやすさを評価しました。その結果、いずれの系統も生育環境に依存して異なった翅の形や大きさに変化するものの、その変化量(表現型可塑性の能力)は系統ごとに異なることがわかりました。また、発生ノイズの生じやすさも系統間で異なることも明らかになりました。表現型可塑性の能力と発生ノイズの生じやすさの関係を検証した結果、翅の形と大きさのいずれにおいても、有意な正の関係が確認できました(図2)。
本研究は、左右の対称性の崩れやすさが環境に応じて形態を変化させる能力(柔軟性)と関係していることを示唆しています。すなわち、左右対称性の崩れやすさは、変動環境下での生存のやすさとも関係する可能性があります。
これまで、2つの非遺伝的変異(表現型可塑性と発生のゆらぎ)は、生物進化に対して影響を与えることは独立に指摘されてきましたが、今回得られた結果は、これらの間に強い結びつきがあることを示唆しています。本研究は、生物進化のプロセスの理解に貢献すると期待されています。
本研究は国際学術誌Evolution Lettersに2024年1月15日に掲載されました。
■研究プロジェクト
本研究は、以下の助成金の支援を受けて遂行されました。
・科学研究費助成事業「多次元形質空間におけるマルチレベルな表現型のゆらぎの統合と進化の方向性の予測」(20H04857)
■論文情報
タイトル:Developmental noise and phenotypic plasticity are corelated in Drosophila simulans
著者:Keita Saito, Masahito Tsuboi, Yuma Takahashi
雑誌名:Evolution Letters / DOI:https://doi.org/10.1093/evlett/qrad069