千葉大学大学院工学研究院の山田豊和准教授とピータークリューガー教授の研究グループと、台湾國立清華大学の堀江正樹教授の研究グループから成る国際共同研究チームは、走査トンネル顕微鏡(STM)装置注1)を用いた表面観測により、様々な原子・分子・イオンを取り込むことのできる「クラウンエーテル環状分子」を使った人工知能ニューロン模倣材料「ランダムネットワーク」を開発できることを発見しました。本研究成果は、新たな人工知能材料としてだけでなく、触媒・分子マシン・量子材料など幅広い分野への活用が期待でき、未来のゼロエミッション社会実現に貢献します。
本研究成果は、2024年3月27日に、英国王立化学会によって発行された学際的な科学ジャーナルNanoscale Horizonsでオンライン公開されました。
■研究の成果と意義
自然界にある物質では、物質の最小の原子や分子がエネルギー的に最も安定した配列をした構造をとることで、「結晶」ができます。ところが、物質の「表面」を使うと、最安定な構造以外にも、様々な中間構造を人工的に創り出すことができます。
クラウンエーテル環状分子は、様々な道具を入れられる便利なポケットのように、多様な原子・分子・イオンを取り込むことのできる分子です(図1)。
研究チームはこのクラウンエーテル環状分子を使って、くねくね曲がった、まるで“茹でたパスタ”のような1次元ポリマー(高分子)を、「銅」という身近な金属の表面上で作製できる手法を発見しました(図2)。しかも、その厚さは物質で最も薄い、わずか0.2 nm(ナノメートル=10-9: 10億分の1メートル)なのです。
このポリマーは図3のように、まっすぐ規則的に並ぶのではなく、複雑に曲がりながらも、絶対に交差しないで密に、ランダムなネットワーク(図3右)を構築することがわかりました。ランダムネットワークは、柔軟で耐久性も高いことを示唆します。またランダムネットワークは、ヒトの神経ネットワークによく似たものであるため、新たな人工知能材料になると考えられます。さらに、クラウンエーテル環状分子には様々な物質をつけることができますので、ランダムネットワークに触媒・分子マシン・量子材料など、多様な機能を付加できます。
■ランダムネットワークの作製方法
本研究では、まず、宇宙空間と同じような空気分子の無い超高真空環境で、原子レベルで平坦かつ清浄な銅表面を準備しました。この表面に、リング(環)構造を持つクラウンエーテル分子を吸着しました。1個のクラウンエーテル分子(長さ約1.8 nm)は中心に環があり、その両端にベンゼン環があります(図1)。両側のベンゼン環の終端には臭素原子が2個ずつ付いています。これが、1次元状の細長いポリマーを作製するために重要な点です。
銅基板にはCu(111)を使用しました。クラウンエーテル分子は、このCu(111)上で熱拡散し規則配列し、自己組織化単層(SAM)膜を形成します。このSAM膜の中で、クラウンエーテル分子は、隣り合う分子の臭素原子が向かい合う形で配列しました。
次に、Cu(111)上のSAM膜を真空内で加熱しました。すると、 “ウルマン反応”として知られる反応が起こ りました。すなわち、加熱した際にクラウンエーテル分子膜の端の部分から拡散を始めると同時に、両端にある臭素原子が炭素原子から切れ、そこから伸びる手が別のクラウンエーテルの炭素原子の手とつながろうとし、クラウンエーテル分子同士が結合したのです。この結合が繰り返されることで、数10 nm以上の長い1次元ポリマーができました。
理論計算からはエネルギー的な最安定構造として、2つのクラウンエーテル分子が直線状に結合した場合(結合角度180°)と、3つのクラウンエーテル分子が結合し三又の構造(結合角度120°)を持つ場合が示されました(図4)。
もしこの構造だけであれば、規則的なハチの巣構造になり、2次元ランダムネットワークはできません。そこで研究チームは、加熱温度を下げ、ウルマン反応がギリギリ生じる温度と加熱時間を決定しました。これにより、“あえて”エネルギー的に最安定な終状態ではなく、エネルギー的にはやや不安定な中間状態を実現できたのです。中間状態では、クラウンエーテル分子の間の結合が、純粋な炭素原子間の結合でなく、銅原子を介したり、Br原子が残った状態で結合したりします。その結果、図3に示すようにネジれながら結合するのです。結果、2次元ランダムネットワークの作製が可能になりました。ランダムネットワークは、結晶性は低い分、耐久性と同時に高い柔軟性が期待できます。
■今後の展望
このクラウンエーテル分子の利点は、リングを有している点です。リングは孔であり、ポケットのように原子・分子・イオンなど様々なゲスト物質を入れることができます。このリングに機能性材料を取り込むことで、人工知能、分子マシン、触媒、ガス貯蔵、量子スピン材料、磁気情報スピントロニクス材料など、多様な分野への利用が期待できます。表面分子合成の新たな理解を深めることで、未来のゼロエミッション社会実現につながると期待しています。
■用語解説
注1)走査トンネル顕微鏡(STM)装置:原子レベルまで尖らせた探針で試料表面をなぞるようにすることで、物質表面を原子分解能で観察できる顕微鏡。原子より小さい1pm(ピコメートル=10-12メートル)の精度で、物質の電子状態を計測できる。
■研究プロジェクトについて
本研究は、山田准教授が研究代表者を務める以下の研究課題の支援を受けて行われました。
- 独立行政法人 日本学術振興会 科学研究費補助金(基盤研究(B)(一般))“表面場での有機分子と磁性原子による量子ビット二次元配列の構築”
- 小笠原敏晶記念財団 一般研究助成 “金属表面反応場での低次元高分子磁性薄膜の開発”
- 公益財団法人 東電記念財団研究助成 “超省エネ電界制御型・蜂の巣構造磁性薄膜格子の開発”
- 公益財団法人 松籟科学技術振興財団 研究助成 “真空表面合成法による有機分子2次元ハニカム格子で実現する超高密度磁気記憶素子”
- 公益財団法人 カシオ科学振興財団 第38回研究助成 “超高密度2次元鉄ナノ磁石ハニカム規則配列作製による超省エネ電界書き込み制御型・磁気記憶素子の開発”
■論文情報
タイトル:Designing 2D Stripe Winding Network Through Crown-Ether Intermediate Ullmann Coupling on Cu(111) Surface
著者:Toyo Kazu Yamada, Ryohei Nemoto, Haruki Ishii, Fumi Nishino, Yu-Hsin Chang, Chi-Hsien Wang, Peter Krüger, Masaki Horie
雑誌名:Nanoscale Horizons
DOI https://doi.org/10.1039/D3NH00586K