【共同リリース】望ましい地域環境により介護費用が抑制できる可能性 ー生鮮食料品店が近くにある人は介護費用が月1,367円低いー

2024.04.15

目次

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■研究の概要
 健康長寿社会の実現と社会保障の持続可能性の確保に向けて、国や自治体、個人が負担する介護費用の適正化が求められています。千葉大学予防医学研究センターの陳昱儒特任研究員、花里真道准教授らの研究チームは、近隣の生鮮食料品店、公園や歩道など8種類の地域環境と介護費用との関連について、国内7市町の34,982人の高齢者を2010年から約9年間追跡したデータを分析しました。その結果、生鮮食料品店が近くにある者は、介護費用がひとり当たり月1,367円低いことがわかりました。高齢者1万人が生鮮食料品店の近くに住むことで介護費用が年間約1.6億円抑制できる計算になります。そのほか、夜の一人歩きが危ない場所がある者は介護費用が低く、気軽に立ち寄ることのできる家や施設がある者は介護費用が高いといった予想に反した知見がありました。夜歩くのが危ない場所が多い地域には駅周辺が多く含まれていたため、生活の利便性の高さが介護費用の低さに繋がった可能性があります。また、気軽に立ち寄れる家や施設については、過去の先行研究で飲食店の近くに住むことと肥満が関連する結果から、介護費用の高さに繋がった可能性があります。
 引き続き、地域の特性を詳細に分析し介護費用に影響を与える要因の解明を進め、「自然に健康になれる環境づくり」に向けた研究を推進していきます。本研究論文は、2024年3月12日に公衆衛生学と地理学の専門誌Health & Placeで公開されました。

■研究の背景
 高齢化の進展により要支援・要介護認定者数は増加し、2021年度から「介護費11兆円時代」に突入しました。健康長寿社会の実現と社会保障の持続可能性の確保に向けて、国や自治体、個人が負担する介護費用の適正化が求められています。地域の環境が高齢者の健康に影響を及ぼす先行研究として、都市部において緑が多い地域に居住する高齢者にはうつが少ない、生鮮食料品店の多い地域では、野菜・果物などの摂取頻度が高く、要介護認定が少ないなど、様々な知見が蓄積されてきています。しかし、こうした望ましい地域環境に居住する高齢者でその後の介護費用が抑えられるか、という課題は未検討でした。そこで本研究では、地域の環境と約9年間の介護費用との関連を検証しました。

■対象と方法
 研究には日本老年学的評価研究(Japan Gerontological Evaluation Study:JAGES)のデータを用いました。対象者は、2010年から2019年の介護レセプトデータを結合可能な7市町(岩沼市、柏市、中央市、名古屋市、碧南市、常滑市、武豊町)に居住し、2010年に日常生活動作が自立していた高齢者34,982人(男性16,650人、女性18,332人、平均年齢73.5歳)としました。
 分析は、8種類の地域環境が自宅周辺(1キロメートル以内)にあると回答した者とないと回答した者について、その後約9年間の追跡期間中の累積介護総費用(円/人月)を比較しました。8種類の地域環境は、先行研究に基づき、①運動や散歩に適した公園や歩道 ②魅力的な景色や建物 ③新鮮な野菜や果物が手に入る商店・施設 ④気軽に立ち寄ることができる家や施設 ⑤坂や段差など、歩くのが大変なところ ⑥交通事故の危険が多い道路や交差点 ⑦夜の一人歩きが危ない場所 ⑧落書きやゴミの放置が目立つところとし、「たくさんある、ある程度ある、あまりない、まったくない、わからない」の5つの選択肢の回答を得ました。「たくさんある、ある程度ある」を「あり」、「あまりない、まったくない」を「なし」、「わからない」を欠損値として多重代入法注1)で「あり」か「なし」に分類しました。
 研究開始時の2010年時点の性別、年齢、等価所得、教育歴、婚姻状況、同居の有無、居住年数、うつ、主観的健康状態、高次生活機能(電車やバスでの外出、自分で食事が用意できるなど13項目)、受診状況、車使用の有無、外出頻度、歩行時間、人口密度、日照時間、降雪量の影響を統計学的に考慮しました。

■結果
 追跡期間中に21.6%の高齢者が介護保険サービスを利用しました。8種類の地域環境のうち、3種類の地域環境で介護費用との統計学的に有意な関連注2)がみられました。生鮮食料品店が近くにあると回答した者は、近くにないと回答した者と比べて介護費用がひとり当たり月1,367円低い結果でした。一方で、予想と反し、夜歩くのが危ない場所があると回答した者では、ないと回答した者と比べて介護費用が月1,383円低く、立ち寄りやすい施設があると回答した者は、ないと回答した者と比べて介護費用が月739円高い結果でした。

■考察
 先行研究により、生鮮食料品店へアクセスしやすい高齢者は、野菜や果物、肉や魚などの摂取頻度が多いことが示されています。また、生鮮食料品店に近いと認知症リスクも、要介護認定リスクも低いと報告されています。このように生鮮食料品店の健康への良い影響が重なり、介護費用の低さに繋がった可能性があります。一方、想定していた仮説とは逆に、夜歩くのが危ない場所が多いと回答した高齢者は介護費用が低いという結果でした。本調査の夜歩くのが危ない場所が多い地域には、駅周辺の地域が多く含まれていました。公共交通の利用しやすさなど、生活の利便性の高さが介護費用の低さに繋がった可能性があります。
 気軽に立ち寄れる家や施設があることは健康へ望ましい影響を持ち、介護費用の低さに繋がるという仮説がありましたが、逆にこうした地域は介護費用の高さに関連していました。立ち寄れる家や施設は健康に望ましい面と望ましくない面の両面を有します。先行研究によると立ち寄れる家や施設はフレイルを抑制できるという望ましい面をもつ一方で、飲食店に近いところに居住する高齢者は肥満と関連するという望ましくない面を報告する先行研究もありました。本研究の結果は、こうした望ましくない面の影響が大きかったのかもしれません。
 本研究の結果に基づくと、生鮮食料品店が近くにある者は、介護費用がひとり当たり月1,367円低いと、高齢者1万人が生鮮食料品店の近くに住むことで介護費用が年間約1.6億円抑制できる計算になります。また、本研究で生鮮食料品店が近くにないと回答した8,740名の近くに生鮮食料品店ができたとすると、月に約1200万円、1人当たり約5.6%の介護費用を低減できる計算になります。
 影響の程度を先行研究と比較するために、6年間の追跡データを分析したところ、生鮮食料品店が近くにある者はない者に比べて、期間中の累積介護費用がひとり当たり約3万4千円低い計算になりました。斉藤ら(2021)は、就労者は非就労者に比べて、6年間の累積介護費用がひとり当たり約6万円低いことを報告しています。生鮮食料品店のある環境は、就労が介護費用の低減に与える影響には及びませんが、その6割程度のインパクトを有していることが明らかになりました。

■今後の展望
 本研究では、社会疫学と都市計画・デザインの観点から、地域の環境が介護費用に影響を与えることを示唆する知見を得ました。これらは、健康日本21(第三次)における「自然に健康になれる環境づくり」の可能性を示しています。引き続き、地域の特性を詳細に分析し介護費用に影響を与える要因の解明を進め、健やかな社会づくりに寄与する知見の発信を進めていきます。

■注釈
注1)欠損しているデータを補うために他のデータを用いて値を推定した方法。
注2)今回のような結果が偶然に観察される確率を計算したところ、5%未満であった。つまり、今回観察された関連は偶然に現れた可能性が低いと推測することができる。

■謝辞
 本研究は、科学研究費助成事業科研費(18H00953、JP15H01972、JP18390200、JP22330172、JP22119506、JP22390400、JP22592327、JP22700694、JP22700694、JP23590786、JP23700819、JP22390400、JP22330172、20K13721、JP22K21138、JP23K16349、22K04450)、厚生労働科学研究費補助金(H28-Choju-Ippan-002、H22-Choju-Shitei-008)、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(19dk0110037h0001、JP18dk0110027、JP18ls0110002、JP18le0110009、JP20dk0110034、JP21lk0310073、JP21dk0110037、JP22lk0310087)、国立研究開発法人国立長寿医療研究センター長寿医療研究開発費(29-42、30-22、20-19、21-20)、国立研究開発法人科学技術振興機構(JPMJOP1831)などの助成を受けて実施されました。記して深謝します。

■論文情報
タイトル:Does the neighborhood built and social environment reduce long-term care costs for Japanese older people? The JAGES2010-2019 cohort study.
著者:Yu-Ru Chen, Masamichi Hanazato, Masashige Saito, Chie Koga, Yoko Matsuoka, Hiroaki Yoshida, Katsunori Kondo
雑誌:Health & Place, Vol.86, No.103223 (2024)
DOI:https://doi.org/10.1016/j.healthplace.2024.103223


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