ニュートリノの反応率を、加速器史上最高エネルギーにて測定 ―テラ電子ボルト帯での電子ニュートリノとミューニュートリノの物質との相互作用を世界初測定―

2024.07.16

目次

この記事をシェア

  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • LINEでシェアする
  • はてなブックマークでシェアする

 千葉大学大学院理学研究院の有賀昭貴准教授(スイス・ベルン大学兼任)と九州大学基幹教育院・共創学部の有賀智子准教授らの国際研究グループは、FASER国際共同実験(注1)(以下FASER実験)にて、欧州原子核研究機構(CERN)が所有する世界最高エネルギーの加速器、大型ハドロン衝突型加速器(LHC)(注2)を用いて、テラ電子ボルト(1TeV)(注3)の電子ニュートリノとミューニュートリノの反応断面積(物質との相互作用の強さ)を測ることに世界で初めて成功しました(図1)。
 FASER実験で今後、タウニュートリノを含むニュートリノ(注4)3世代の性質の測定の精度を上げ、素粒子標準模型(注5)の検証を行うことにより、高エネルギーでの未知の物理の有無が明らかになると期待されます。本研究成果は、2024年7月11日に米国科学雑誌Physical Review Lettersに、同誌が選ぶ特に重要な論文であるPRL Editors’ Suggestionとして掲載されました。

図1  電子ニュートリノ(青)とミューニュートリノ(赤)反応断面積測定結果。縦軸は核子一つあたりの反応断面積をエネルギーで割ったもの。ニュートリノ反応断面積がエネルギーに比例すると横一直線となる。

■研究の背景: 
 素粒子物理学はこの宇宙の成り立ちをミクロの世界から理解する学問です。物理学者は素粒子標準模型という理論体系を作り上げてきましたが、未だに「なぜこの宇宙は物質で構成され反物質がほとんどないのか?」「ダークマター(注6)とはなにか?」などといった問いに答えを出すことができていません。これらを説明するには既存の理論の枠組みでは難しく未知の物理機構の存在が必要であるため、素粒子標準模型の精査や未知粒子探索が行われています。
 素粒子標準模型では電子(e)、ミューオン(μ)、タウ(τ)の3世代の荷電レプトン(注7)と、それに対応する電子ニュートリノ(ν_e)、ミューニュートリノ(ν_μ)、タウニュートリノ(ν_τ)が存在し、3世代が同じように「弱い相互作用」をすると考えられてきました。しかし近年の研究により、3世代の荷電レプトンとニュートリノが予想に反した振る舞いをしている可能性が示唆され、「フレーバー異常(注8)」と呼ばれています。つまり、ここに新しい物理現象や未知の相互作用が存在し、素粒子物理学の未解決の問題を突破する可能性があります。そこで、3世代のニュートリノを使って素粒子の相互作用を詳細に調べる研究が進められています。特に、ニュートリノはこれまでにTeV領域での反応断面積が測定されたことはなく、新物理の影響が見られるかどうかが注目されています。
 有賀昭貴准教授、有賀智子准教授、ベルン大学の大橋健研究員、九州大学基幹教育院の河原宏晃学術研究員、千葉大学理学研究院の早川大樹特任助教、名古屋大学未来材料・システム研究所の佐藤修特任准教授、六條宏紀助教、名古屋大学理学研究科の中野敏行准教授、CERNの稲田知大研究員、高エネルギー加速器研究機構の田窪洋介研究機関講師(現・新居浜工業高等専門学校 准教授)、九州大学理学研究院の音野瑛俊准教授らの国際研究グループは、LHCでの陽子衝突によって1TeV程度の高いエネルギーのニュートリノを作り、衝突点から480m離れた地点に検出器を置いて捕まえるという新方式を提案し、2022年より実験を行ってきました(図2)。ニュートリノ検出器はFASERνと呼ばれ、密度が高いタングステンの板と、ナノメートル精度で粒子の飛跡を検出できるエマルジョン検出器(注9)のフィルムとを交互に重ねた1.1トンの検出器です(図3)。

図2 FASER実験の概念図 (アニメーション:https://faser-japan.org/)。LHCの陽子衝突点から480mの地点に検出器を設置し、岩盤を貫通してきたニュートリノを検出する。
図3FASER 実験の検出器。左が全体像。右がFASERν検出器をニュートリノ到来方向の最上流に設置する様子。

■研究の成果:
 本研究では大量の背景事象の中から高いエネルギーの事象を選び出すことにより、電子ニュートリノとミューニュートリノの検出に成功しました。電子ニュートリノに関してはLHC実験の中で今回が初めての観測です。電子は物質と相互作用すると電磁シャワーを起こすことが知られており、その様子が検出器中で美しく観測されています(図4)。
 TeVエネルギー帯のニュートリノは従来型加速器実験では到達できず、宇宙線起因のニュートリノでも探れない空白地帯でしたが、初めての反応断面積を測定しました(図1)。1TeVの反応断面積として、電子ニュートリノが〖1.2〗_(-0.7)^(+0.8)×10^(-35)  cm^2、ミューニュートリノが0.5±0.2×10^(-35)  cm^2と得ました。誤差の範囲内ではありますが、素粒子標準模型からの予測値(図1、短い点線)と矛盾しない結果といえます。

図4 FASERν検出器中で捕えた電子ニュートリノ反応事象のイベントディスプレイ。ニュートリノの進行方向から見たもので、左上に1.5 TeVの電子と右下にその他の粒子が放出されていることが分かる。

■今後の展望:
 本研究により、衝突型加速器を用いて高エネルギーのニュートリノの物質との相互作用が測定できることを示しました。今後数年をかけて検出するニュートリノの統計数を100倍にし、3世代のニュートリノに差があるのか、そこに未知の力が隠されているかなどの問いに答えていきます。特に、今後の研究で検出が期待されるタウニュートリノは実験的理解が乏しいため、未知の物理機構の解明に繋がる可能性があると考えます。

■用語解説
注1) FASER国際共同実験:ダークマター(注6)の正体解明に繋がる未知粒子を探索することと高エネルギーニュートリノ研究を目的とし、CERN の大型ハドロン衝突型加速器LHC(注2)の陽子衝突点の超前方(ビーム軸に対して 0.03°程度)の 480m 地点に検出器を設置して行う実験。FASER実験のニュートリノプログラムは有賀昭貴准教授と有賀智子准教授らが提案し、国際研究グループを牽引してきた。
注2) 大型ハドロン衝突型加速器(LHC):高エネルギー物理学実験を目的として、CERNが建設した世界最高エネルギーのハドロン衝突型加速器。2つのビーム(加速された粒子)を正面衝突させる加速器で、静止した標的に加速した粒子を衝突させる手法に比べてはるかに高いエネルギーでの衝突となり、より微細な構造を調べる実験が可能となる。
注3) テラ電子ボルト(1TeV):電子を1兆Vの電位差(単3電池7000億個相当)で加速した時のエネルギー。
注4) ニュートリノ: 素粒子標準模型における、電荷を持たず質量が非常に小さい素粒子のこと。
注5) 素粒子標準模型:17種類の素粒子の電磁相互作用、強い相互作用、弱い相互作用の3つの基本的な相互作用を記述するためのモデル。
注6) ダークマター:天文現象を説明するために導入されたが、まだ発見されていない未知の粒子のこと。
注7) レプトン:物質の構成要素である素粒子の分類の一つ。
注8) フレーバー異常:B中間子などの粒子が理論に比べてミューよりもタウ粒子へと多く崩壊する現象。
注9) エマルジョン検出器:原子核乾板とも呼ばれる、銀塩写真フィルムと同じ技術を用いた検出器。エマルジョンフィルムを用いた飛跡検出器の位置分解能は数百nmと非常に高く、位置情報を用いた運動量測定や様々な運動学的解析を行うことができる。

■研究プロジェクトについて
本研究は、JSPS科学研究費: 19H01909、20K23373、22H01233、23H00103、Heising-Simons Foundation Grant Nos. 2018-1135、2019-1179、2020-1840、Simons Foundation Grant No. 623683、ERC Consolidator Grant No. 101002690 などの助成を受けて行われました。

■論文情報
タイトル:First Measurement of the nu_e and nu_mu Interaction Cross Sections at the LHC with FASER’s Emulsion Detector
著者:FASER Collaboration (Akitaka Ariga, Tomoko Ariga(責任著者), Daiki Hayakawa, Tomohiro Inada, Hiroaki, Kawahara, Toshiyuki Nakano, Ken Ohashi, Hidetoshi Otono, Hiroki Rokujo, Osamu Sato, Yosuke Takubo, et al.(アルファベット順))
雑誌名:Physical Review Letters
DOI:https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.133.021802

次に読むのにおすすめの記事

このページのトップへ戻ります