可視光エネルギーでサマリウムを還元する配位子開発に成功-希土類元素(レアアース)であるサマリウムの使用量を100分の1以下に削減-

2024.07.29

目次

この記事をシェア

  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • LINEでシェアする
  • はてなブックマークでシェアする

 千葉大学国際高等研究基幹の栗原崇人特任助教、大学院薬学研究院の根本哲宏教授らの研究グループは、可視光エネルギーを利用して希土類元素(レアアース)(注1)であるサマリウムを還元(注2)するための新技術として、青色の可視光を効率的に吸収する可視光アンテナを組み込んだ「可視光アンテナ配位子(注3)」の開発に成功しました。
 本研究成果により、可視光エネルギーと触媒量のサマリウムを用いて様々な還元反応を行うことができるようになるため、自然環境に配慮した合成法の発展や、サマリウムの新たな反応性の発見が期待されます。
 この研究成果は、2024年7月20日に米国化学雑誌 Journal of the American Chemical Society オンライン版に公開されました。

■研究の背景:
 レアアースの一つであるサマリウム(原子番号:62、元素記号:Sm)は、サマリウム-コバルト磁石として身近に存在する元素の一つです。有機合成化学分野においては、主にヨウ化サマリウム(SmI2)の形で電子を一つ与える還元剤として利用されています。
 ヨウ化サマリウムは室温のような穏和な条件下でも用いることができるため、医薬品や生物活性分子などを作る上で有用な試薬です。しかし一般に、ヨウ化サマリウムは原料と同じかそれ以上の試薬量を用いる必要があり、さらに反応後のサマリウムは廃棄されていました。これまでに、反応後のサマリウムを還元し再生することで、サマリウムの使用量を減らす研究が報告されている一方で、再生のために反応性の高い金属還元剤を用いるという厳しい反応条件や、原料の10–20%の触媒量のサマリウム試薬を必要とするなどの課題が見られました(参考文献1)。
 そこで研究グループは、大きなエネルギーをもつ可視光に着目し、可視光を効率的に吸収する可視光アンテナを組み込んだ配位子を新たに開発することで(図1)、サマリウム還元剤の使用量削減と様々な還元反応の開発を目指し、研究に取り組みました。

■研究成果1- サマリウムの還元に適した可視光アンテナ配位子の開発
 
研究グループは、サマリウム触媒と独自にデザインした可視光アンテナ配位子DPA-1を組み合わせることで、還元反応を検討しました(図2)。その結果、原料に対してわずか1%の触媒量のサマリウムとDPA-1を用いることで、青色光照射下、高い収率(98%)で生成物が得られることを見いだしました。さらに、従来は金属還元剤が利用されていましたが、本研究では反応性が低く穏和な有機還元剤であるアミンを用いても反応が進行しました。また、DPA-1と構造が類似しているDPA-2やDPAでは低い収率(30%, 6%)にとどまりました。そこで、DPA-1が優れた結果を与えた要因を解明するため、サマリウム触媒と可視光アンテナ配位子の発光強度を測定したところ、配位部位にホスフィンオキシド(P=O)を二つ持つDPA-1がサマリウムに対して強く配位していることが明らかになりました。
 これによりサマリウムは可視光アンテナの近傍に存在する確率が高くなるため、可視光アンテナからサマリウムへの効率的な電子移動(すなわちサマリウムの還元)が可能となったと考えられます。

■研究成果2- 還元反応を含む様々な分子変換反応の開発
 さらに研究グループは、サマリウム触媒と開発した可視光アンテナ配位子DPA-1を用いることで、医薬品開発や材料合成等に有用な分子変換反応を検討しました。その結果、炭素–炭素結合の形成や切断を伴う多様な分子変換反応が進行することを見いだしました(図3)。
 また反応のエネルギー源として光を用いる利点を活かし、サマリウムによる還元反応と光酸化による酸化反応を組み合わせた分子変換反応の開発にも成功しました。

■今後の展望
 本研究により、可視光アンテナ配位子がサマリウムを触媒量に低減させ、様々な分子変換反応に対して効果的に機能することがわかりました。今回開発した配位子や、今回得られた知見をもとに今後開発される配位子を用いた反応開発が加速することで、従来法では困難であった分子変換技術の開発や、サマリウムの新たな反応性の発見につながると考えられ、創薬研究をはじめとした有機合成化学分野への貢献が期待できます。

■用語解説
注1)希土類元素(レアアース):周期表の3族に属するスカンジウムとイットリウム、ランタノイドの総称のこと。
注2)還元:電子を得ること。反対に、電子を失うことを酸化という。
注3)配位子:原子やイオンの周りに原子や分子、イオンが配列することを配位といい、金属中心に対して配位するイオンや分子のことを配位子という。

■参考文献
1) Maity, S. Eur. J. Org. Chem. 2021, 5312−5319.

■研究プロジェクト
 本研究は主に日本学術振興会 科学研究費助成事業、日本科学協会 笹川科学研究助成の支援を受けて行われました。

■論文情報
タイトル:Visible-Light-Antenna Ligand-Enabled Samarium-Catalyzed Reductive Transformations
著者:Takahito Kuribara, Ayahito Kaneki, Yu Matsuda, Tetsuhiro Nemoto
雑誌名:Journal of the American Chemical Society
DOI:10.1021/jacs.4c05414

次に読むのにおすすめの記事

このページのトップへ戻ります