千葉大学子どものこころの発達教育研究センターの長野智美特任研究員、平野好幸教授、清水栄司センター長らの研究グループは、fMRI注1)を用いて全般不安症と社交不安症における安静時脳機能ネットワーク注2)の解析を行い、両疾患は右側坐核と右視床のネットワークで区別できることを明らかにしました。本研究成果により、全般不安症と社交不安症の病態理解を深めるとともに、将来的な鑑別診断の精度向上や新たな治療法の開発に貢献することが期待されます。
本研究成果は、2024年8月28日(現地時間)に国際学術誌Brain Connectivityにオンライン公開されました。
■研究の背景:
全般不安症は日常生活のさまざまな状況に対する過剰な心配を特徴とし、社交不安症は社交場面での不安を特徴とする精神疾患です。いずれも不安症群に属し、主に不安の対象によって区別されます。一方で、全般不安症と社交不安症において脳の機能や構造、遺伝的要因などの生物学的メカニズムには共通点が示されています(参考資料1)。全般不安症と社交不安症は併存しやすく、両疾患ともに重症化や症状が長引くことが多いため、早期の治療が重要です。両疾患の治療方法としては、薬物療法や認知行動療法などがあり、特に社交不安症には認知行動療法がより効果的であることが示されています。全般不安症と社交不安症で適切な治療アプローチが異なることから、適切な治療を提供するためには両疾患を正確に診断することが重要です。
近年、精神疾患のメカニズムを解明するために、脳画像を用いて脳の構造や特定の課題における脳活動状態を計測する研究が数多く行われてきました。一方で、全般不安症と社交不安症を比較した研究は少なく、それぞれの疾患でどのような脳機能の違いがあるのかこれまで十分に解明されていませんでした。また、安静時の脳活動状態から両疾患の特徴を調査する研究は非常に限られていました参考資料2, 3)。そこで本研究では、全般不安症と社交不安症の病態解明や客観的な診断指標として利用できるバイオマーカー注3)の発見を目指し、両疾患における安静時の脳活動状態を調査しました。
■研究の成果:
研究グループは全般不安症および社交不安症の病態理解を深めることを目的として、両疾患における安静時の脳活動にどのような違いがあるのかを調査しました。
調査では全般不安症患者17名、社交不安症患者21名、対照となる健常者30名に対し、不安の程度や疾患の重症度の評価を行い、fMRIで安静時脳機能画像を撮像しました。fMRIデータは、大脳皮質・皮質下・小脳領域の計132領域を関心領域注4)として設定し、各領域間(ネットワーク)の機能的な関係性の強さの指標である機能的結合性(Functional Connectivity, FC)注5)を算出し、全般不安症群、社交不安症群、および健常群の間で比較を行いました。その結果、全般不安症群では社交不安症群と比べて、右側坐核と両側視床間 (図1a,c)、左側坐核と右視床間(図1b)のFCが増加していることが認められました。
次に、全般不安症と社交不安症を区別する安静時脳機能ネットワークを明らかにするために、両疾患の比較で違いが見られたFCを用いて回帰分析注6)を実施しました。その結果、右側坐核と右視床間のFCが全般不安症と社交不安症を区別する有力な指標となることが明らかとなりました。
さらに、この右側坐核と右視床間のFCがどれほど正確に両疾患を区別することができるかを評価するため、感度注7)と特異度注8)の算出および、それらをグラフ化したROC曲線注9)を作成しました。その結果、感度は88.2%、特異度は81.0%、AUC注10)は0.902と高い値を示しました(図2。このことは、右側坐核と右視床の安静時脳機能ネットワークが、両疾患を高い精度で区別できることを意味しています。側坐核と視床は、恐怖の学習過程の1つである「恐怖の過剰一般化」に関与しています。「恐怖の過剰一般化」とは特定の恐怖が実際には関係のない他の状況にも過剰に広がる現象です。この「恐怖の過剰一般化」は全般不安症と関連が明らかになっていますが、社交不安症では関連が明らかになっていません。このことから、右側坐核と右視床の安静時脳機能ネットワークで両疾患を区別できる背景には、「恐怖の過剰一般化」の関与の違いが反映されている可能性があります。
■今後の展望
本研究は、全般不安症と社交不安症において右側坐核と右視床間の安静時脳機能ネットワークが両疾患を区別するための有力な指標であることを示しました。
本研究における知見は、両疾患の異なる神経基盤を理解するための新たな手がかりを提供し、今後の鑑別診断の精度向上や治療法の開発に寄与する可能性があります。
■用語解説
注1)fMRI:機能的磁気共鳴画像法 (functional Magnetic Resonance Imaging)。脳の活動を血流の変化によって可視化する脳機能イメージング技術のこと。
注2)安静時脳機能ネットワーク:特定の作業を行っていないときに脳内で自発的に同期して活動する脳領域間の結びつき。
注3)バイオマーカー:病気の診断や治療効果の評価に使われる体内の物質や指標。
注4)関心領域:解析の対象として選択した脳の部位や領域のこと。
注5)機能的結合性(Functional Connectivity, FC):脳の領域間の機能的な結びつきの強さ。fMRI で捉えられる脳の各領域における血中の酸素濃度変動がどの程度同調しているかを元に算出される。
注6)回帰分析:ある変数が他の変数にどの程度影響を与えるかを統計的に明らかにする手法。
注7)感度:検査やモデルが実際に陽性であるものを正しく陽性と判定できる確率を示す指標。
注8)特異度:検査やモデルが実際に陰性であるものを正しく陰性と判定できる確率を示す指標。
注9)ROC曲線:分類モデルの予測精度を、正しく分類できた割合(真陽性率)と誤って分類された割合(偽陽性率)のバランスをもとに視覚的に評価するためのグラフ。
注10)AUC(Area Under the Curve):ROC曲線より下の部分の面積。AUCが1に近いほど、判別能が高いことを示す。
■研究プロジェクトについて
本研究は下記事業からの支援を受けて遂行されました。
・AMED(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)「戦略的国際脳科学研究推進プログラム」『縦断的MRIデータに基づく成人期気分障害と関連疾患の神経回路の解明』(JP18dm0307002)
・独立行政法人日本学術振興会科学研究費助成事業(19K03309,21K03084, 22H01090, 23K22361, 24K06547)
■論文情報
タイトル:Comparison of resting-state functional connectivity between generalized anxiety disorder and social anxiety disorder: Differences in the nucleus accumbens and thalamus network
著者:Tomomi Nagano, Kohei Kurita, Tokiko Yoshida, Koji Matsumoto, Junko Ota, Ritu Bhusal Chhatkuli, Eiji Shimizu, Yoshiyuki Hirano
雑誌名:Brain Connectivity
DOI:10.1089/brain.2024.0034
出版日:2024年8月28日
■参考文献
1)The Neurobiology of Anxiety Disorders: Brain Imaging, Genetics, and Psychoneuroendocrinology
DOI:10.1016/j.psc.2009.05.004
2)Resting-State Functional Connectivity in Generalized Anxiety Disorder and Social Anxiety Disorder: Evidence for a Dimensional Approach
DOI:10.1089/brain.2017.0497
3)Dysfunction of default mode network characterizes generalized anxiety disorder relative to social anxiety disorder and post-traumatic stress disorder
DOI:10.1016/j.jad.2023.04.099