たんぱく質ナノモーターの回転メカニズムの全貌解明―多剤耐性腸球菌の抗菌薬開発に期待―

2022.07.15

目次

この記事をシェア

  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • LINEでシェアする
  • はてなブックマークでシェアする

生物の体内に存在するV型ATPaseは、回転運動によりイオンを細胞膜の内外に運ぶことで、生命活動を維持する役割をもつ「たんぱく質ナノモーター注1)」です。千葉大学大学院理学研究院(膜タンパク質研究センター)の鈴木花野特任助教、村田武士教授らはアリゾナ州大学のSingharoyらとの国際共同研究で、院内感染の原因となる多剤耐性腸球菌注2)の生育に重要なV型ATPase回転モーター部分の新たな立体構造を解析することに成功しました。この構造に基づいてコンピュータによるシミュレーションで検証した結果、不明であったV型ATPaseの加水分解直後の構造を含む回転メカニズムを明らかにし、アデノシン三リン酸(ATP)のエネルギーが回転運動に変換されるメカニズムの全貌を解明しました。本研究成果は、本酵素の立体構造に基づいた多剤耐性腸球菌の抗菌薬の開発につながるものと期待されます。

本論文は、2022年6月14日に米国科学雑誌「ACS Central Science」にオンラインで公開されました。

研究の背景と経緯

V型ATPaseは生体膜中に存在し、ATPのエネルギーを使ってイオンを膜の反対側に運ぶことで、細胞膜内外のイオン濃度を調整するたんぱく質ナノモーターです。回転モーター部分のV1と膜たんぱく質のVO部分から構成され(図1A)、V1部分にはヌクレオチド注3)が結合できるサイトが3ヶ所あり、そこで順々にATPをADPとリン酸(Pi)に加水分解することで運動して中心軸が回転し、これに伴いVO部分でイオンを輸送します。

近年薬剤耐性菌の蔓延が国際社会の継続的な脅威となっていますが、上市される新規抗菌薬の数は年々減少しており、薬剤耐性菌に対する治療の選択肢は急速に狭まりつつあります。その結果、薬剤耐性菌による死者数は急増し2050年までにその数は年間1000万人を超えると推計されています。薬剤耐性菌の1つである多剤耐性腸球菌の類縁菌(腸内連鎖球菌)にもV型ATPaseが存在し、腸内のアルカリ性環境下での生育に重要な役割を担っています。V型ATPaseの分子メカニズムを知ることにより、多剤耐性腸球菌が引き起こす疾病原因の解明につながり、V型ATPaseの阻害剤が抗菌薬になり得ると考えています。

本研究グループは近年、腸内連鎖球菌に存在するV型ATPaseのV1部分(A3B3DF複合体)の詳細なスナップショット構造注4)をX線結晶構造解析注5)によって複数明らかにし、ATPのエネルギーが回転運動に変換されるメカニズムの大枠を原子レベルで解明しました(図1B)。しかしATPが加水分解された直後のスナップショット構造は唯一明らかになっていませんでした。そこでATP加水分解直後に相当する状態を作り出し、その立体構造解析とMDシミュレーション注6)による検証を行いました。

■ 研究成果

加水分解直後のスナップショット構造を得るためにV1-ATPaseにADPとリン酸の類似体であるフッ化アルミニウム注8)を混ぜて結晶化を行い、新たなV1-ATPaseの結晶構造を得ることに成功しました(図2A,B)。既知のV1-ATPase構造と比較すると「ATP加水分解待ち」構造の「ATP分解型(ATP加水分解を待っているフォーム)」のヌクレオチド結合部位にADPとフッ化アルミニウムが結合したことで、新しいフォーム「ADP・Pi結合型」に変化していました。このため得られたスナップショット構造は「リン酸解離待ち」であると考えられます。

得られた構造に基づいてMDシミュレーションを行った結果、加水分解で生じたリン酸の排出経路は中心軸側とその反対側からの2方向存在し(図2C)、そしてリン酸が「ADP・Pi結合型」から排出されることでV1-ATPase全体の構造変化が引き起こされ、新たなATPが結合できるようになることが確認されました。

これらの結果から、今まで明らかになっていなかった「リン酸解離待ち」構造と、「ATP加水分解待ち」構造から「ATP結合待ち」構造までの回転分子メカニズムを新たに提案することができました(図3)。

■ 今後の展開

本研究でV1-ATPaseの唯一未解明であった「リン酸解離待ち」構造が解明されたことにより、V型ATPaseがATPのエネルギーを回転運動に変換する分子メカニズムの全貌が明らかになりました。これにより、V型ATPaseの生体エネルギー変換メカニズムの一般原理の理解が進展するものと期待できます。また、V1-ATPaseの回転の詳細な分子メカニズムの解明により、多剤耐性腸球菌などへの抗菌薬の開発につながることが期待されます。

■ 研究プロジェクトについて

本研究は新学術領域研究(発動分子科学)、新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業(AMED)、創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム(BINDS)等の支援を受けて行われました。

■ 用語解説

注1)たんぱく質ナノモーター:生物の細胞内でATPの加水分解によって得られたエネルギーを機械的な運動に変換するたんぱく質複合体の総称。ナノメートル(10-9メートル)程度の大きさである。

注2)多剤耐性腸球菌:Vancomycin-resistant Enterococcus(VRE)。世界保健機構(WHO)が挙げた優先して研究開発に取り組むべき12種類の薬剤耐性菌の1つであり、心内膜炎や敗血症などの日和見感染を引き起こす。

注3)ヌクレオチド:塩基、糖、リン酸から構成される物質で核酸の構成単位。ATP、ADPなどを含む。

注4)スナップショット構造:たんぱく質が機能するときの動的な構造変化の中の1つの静止構造のこと。

注5)X線結晶構造解析:解析対象のたんぱく質を結晶化し、X線照射によって得られる回折データからたんぱく質の原子レベルでの立体構造を決定する手法。

注6)MDシミュレーション:分子動力学シミュレーション。生体高分子の各原子・分子について時間に対する原子の位置と速度をコンピューターで計算し、その動きを解析する手法。

注7)オルガネラ:細胞小器官。細胞の内部で特に分化した形態や機能を持つ構造の総称。

注8)フッ化アルミニウム:リン酸の類似体。F1-ATPaseやその他のATPaseでは、ATP加水分解直後の構造を得るためにフッ化アルミニウムを用いてX線結晶構造解析を行い、加水分解直後のスナップショット構造を得ることに成功している。

注9)赤矢印の排出経路(動画):

https://pubs.acs.org/doi/suppl/10.1021/acscentsci.1c01599/suppl_file/oc1c01599_si_001.mov

注10)黄色矢印の排出経路(動画):

https://pubs.acs.org/doi/suppl/10.1021/acscentsci.1c01599/suppl_file/oc1c01599_si_002.mov

■ 論文情報

論文タイトル: Revealing a hidden intermediate of rotatory catalysis with X-ray crystallography and Molecular simulations

著者情報:#Mrinal Shekhar, #Chitrak Gupta, #Kano Suzuki, Chun Kit Chan, *Takeshi Murata, *Abhishek Singharoy    (#共同第一著者, *責任著者)

掲載誌:ACS Central Science

DOIhttps://doi.org/10.1021/acscentsci.1c01599

次に読むのにおすすめの記事

このページのトップへ戻ります