■ 概要
新型コロナウイルスワクチンの副反応について、従来の研究では症状の頻度や強度にのみ焦点が当てられ、その時間的な変化は考慮されていませんでした。本研究では非負値テンソル因子分解注1)を用いて、副反応の症状の種類・強度の時間変化を、4つの成分として抽出しました。4成分は異なる部位(局所性/全身性)・タイミングで生じる反応に対応しており、一括りに扱われてきた全身性の副反応において、成分間での異なる免疫学的なメカニズムの存在が示唆されました。また全身性の反応に対応する1成分の値のみが、ワクチン接種後の血清抗体価と強い正の相関を示しました。
本研究の成果は、副反応の免疫学的なメカニズムの解明や、より安全なワクチンの開発およびワクチン接種スキームの確立につながっていくことが期待されます。
本研究は千葉大学大学院医学研究院人工知能(AI)医学の川上英良教授、同アレルギー・臨床免疫学の池田啓講師、中島裕史教授、同救急集中治療医学の中田孝明教授らを中心とした研究グループにより実施され、2022年9⽉27⽇に「iScience」にオンラインで公開されました。
■ 本研究の概要図
■ 研究成果
新型コロナウイルスのワクチン(ファイザー社製)を2回接種した1,516名を対象にウェブアンケートを実施し、接種後1~7日目までの12種類の症状(関節痛、倦怠感、発熱、寒気、頭痛、全身の筋肉痛、吐き気、接種部位の発赤、接種部位の腫れ、接種部位の痛み、痛み止めの服用、医療機関の受診)からなる副反応データ(図1)を解析、非負値テンソル因子分解(図2)により、副反応の症状の種類・強度の時間変化を4成分として抽出しました(図3)。成分2は接種部位の局所的な反応、成分1、3、4は全身性の反応に対応していました。さらに成分1、4は2回目接種後にのみ現れる強い反応、成分3は両方の接種後の反応と対応していました。同じ症状でも発症のタイミングが異なれば、異なる免疫反応を反映している可能性があることから、一括りに扱われてきた全身性の副反応において、成分間での異なる免疫学的なメカニズムの存在が示唆されました。
また背景因子のうち、性別では全成分値で女性>男性という共通の傾向を示した一方、年齢では成分3のみが40代、50代で低い値を示すなど、因子によっては一部成分とのみ有意な相関を示しました。また接種後の血清抗体価では、成分1の値のみ強い正の相関を示しました。以上より、成分1、4は2回目接種後に生じる獲得免疫注2)応答を、特に成分1は抗体価の上昇につながる免疫応答を反映している可能性が示されました。
■ 今後の展望
本研究により、非負値テンソル因子分解を用いることで、副反応の特性をより高い解像度で把握できることが示されました。副反応の免疫学的なメカニズムの解明や、より安全なワクチンの開発およびワクチン接種スキームの確立に今後つながっていくことが期待されます。
■ 研究プロジェクトについて
本研究は科学技術振興機構ムーンショット型研究開発事業、戦略的創造研究推進事業チーム型研究、未来社会創造事業、戦略的創造研究推進事業、科学研究費助成事業、日本医療研究開発機構(AMED)新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業、ワクチン開発推進事業等の⽀援を受けて⾏われました。
■ 用語解説
注1)非負値テンソル因子分解:3要素以上で構成される複雑な多次元データの特徴を、少数の解釈可能な成分として抽出する、テンソル因子分解手法の一つ。2次元データの時系列変化を扱う際などに用いられる。
注2)獲得免疫:体内に侵入した異物を特異的に見分け、記憶することで、次に同じ異物に出会ったときに素早く効率的に排除する仕組み。
■論文掲載情報
タイトル:Detecting time-evolving phenotypic components of adverse reactions against BNT162b2 mRNA SARS-CoV-2 vaccine via non-negative tensor factorization.
(非負値テンソル因子分解を用いた、BNT162b2 mRNA SARS-CoV-2ワクチンの副反応における時間変化する表現型成分の検出)
DOI:https://www.cell.com/iscience/fulltext/S2589-0042(22)01509-7