千葉大学大学院工学研究院の山田豊和准教授の研究グループと、スペイン国マドリード自治大学のバズケズデパルガ教授とミランダ教授の研究グループから成る国際共同研究チームは、走査トンネル顕微鏡(STM)装置を用いて、超伝導探針に1個の有機分子磁石をくっつけることで、準粒子を発現できることを発見しました。未来の量子コンピューターは、この準粒子を使って情報を制御します。マクロな超伝導で保護されたミクロな1個の分子による準粒子は、従来の量子コンピューターで使用される準粒子に比べ耐久性に優れています。この発見は、有機分子を使った量子コンピューターの実現を示唆します。
本研究成果は、2022年9月30日オンライン電子版として、英国王立化学会誌「Nanoscale」(ナノスケール)で公開されました。
■研究の背景
量子コンピューターは、次世代の情報社会を支える新たなツールです。マイクロソフト社やグーグル社など、世界中の情報産業の会社が研究開発を行っています。量子コンピューターは「量子」を使います。磁石の持つ「波」の性質を利用し、1個の量子磁石で波の「振幅」と「位相」を使って2個以上の情報が取り扱えます。これが量子コンピューターの面白い点であり利点です。
この「量子」状態を作り出すいくつかある方法の一つとして、「超伝導」を使う方法があります。身の回りにある電気は電子の流れで、この電子二個が結合してペアを組んで流れるのが「超伝導」です。一般には、「抵抗がゼロで電気を流せるもの」として知られる物質の性質で、リニアモーターカーにも使われています。
本研究では、超伝導探針の先端に有機分子磁石1個を吸着するだけで、電子でも正孔とも区別できない「準粒子」を簡単に作り出せる事がわかりました。この準粒子を使って情報処理を行うのがトポロジカル量子コンピューターで、実現すれば耐久性に優れた量子コンピューターの開発が可能となります(図1)。
■研究の成果
走査トンネル顕微鏡(STM)は原子レベルまで尖らせた探針で試料表面をなぞるようにすることで物質表面を原子分解能で観察できる顕微鏡で、原子より小さい1pm(ピコメートル=10-12メートル)の精度で、物質の電子状態を計測できます。本研究では、超伝導材料として広く使われている「ニオブ(Nb) 」をSTM探針として使用しました(図2)。このNb探針の先端に、電子を奪い取る分子(電子受容体分子)である「テトラシアノキノジメタン (TCNQ) 分子」を吸着しました。吸着すると、この有機分子は磁石になります。Nb探針とTCNQ分子の磁気結合を絶妙に制御する事で「準粒子」の発現に成功しました(図2)。なお、本測定は超伝導発現とエネルギー分解能向上および不純物除去のため、全て宇宙空間と同じ極低温・超高真空環境で実施しました。
■今後の展望
本研究により、超伝導物質に有機分子をくっつけるだけで、未来のトポロジカル量子コンピューター開発に必要不可欠な「準粒子」を作り出せる事が分かりました。有機分子を使った新たな量子コンピューターへの応用が期待されます。
■研究プロジェクトについて
村田学術振興財団助成金
“超伝導基板上でのSTM磁性原子操作によるマヨラナ粒子の発現メカニズム解明”
研究代表者 山田豊和
■論文情報
タイトル:Switchable molecular functionalization of an STM tip: from a Yu–Shiba–Rusinov Tip to a Kondo tip
著者:Cosme G. Ayani, Fabian Calleja, Ivan M. Ibarburu, Pablo Casado Aguilar, Nana K. M. Nazriq, Toyo K. Yamada, Manuela Garnica, Amadeo L. Vázquez de Parga, and Rodolfo Miranda
雑誌名:Nanoscale