千葉大学大学院理学研究院の板倉英祐准教授らの研究グループは、血液中に豊富に存在するタンパク質であり、プロテアーゼインヒビター(タンパク質分解阻害剤)として働くことが知られているα2マクログロブリン注1)が、血液中の変性タンパク質を細胞内へ運び、分解へ導くことを明らかにしました(概略図)。
この研究成果は、英国科学雑誌Scientific Reportsで3月28日(英国時間)に公開されます。
■研究の背景
人の血液は栄養や代謝産物だけでなく、組織間の情報伝達や物質輸送のために様々なタンパク質も輸送しています。しかし、タンパク質は熱や酸化などのストレスによって変性し、異常タンパク質になります。血液など、細胞外環境に異常タンパク質が蓄積することで発症するアルツハイマー病注2)などの疾患は、広範に存在するにも関わらず、その治療法は未だに確立されていません。その理由の一つとして、細胞外の異常タンパク質を除去する分子機構があまり解明されていないことが挙げられます。
そのため、細胞外の変性タンパク質を分解へと導く分子機構を明らかにすることは、疾患の原因となる異常なタンパク質を血液中から自在に除去する新しい治療法の確立につながると期待されています。
■研究の成果
本研究では、細胞外のタンパク質分解システムを調べるために、α2マクログロブリン(a2M)に緑色蛍光タンパク質(GFP)と赤色蛍光タンパク質(RFP)を付加したa2M-RFP-GFPを使って、細胞内のリソソーム注3)で分解されたα2マクログロブリンを蛍光検出できる取込みアッセイ法注4)を開発しました。その結果、α2マクログロブリンは細胞外シャペロン注5)として変性タンパク質と複合体を形成した後、細胞内に取り込まれ、変性タンパク質をリソソーム分解へ導くことを発見しました。
本研究グループは以前の研究でも、別の細胞外シャペロンであるクラステリン注6)が細胞外変性タンパク質をリソソーム分解へ導くことを明らかにしていました(下記関連研究参照)。そこでα2マクログロブリンとクラステリンの基質指向性注7)の違いを調べたところ、α2マクログロブリンはより凝集性の高い変性タンパク質への指向性が高いのに対して、クラステリンは広範な変性タンパク質に指向性があることがわかりました。細胞外変性タンパク質を認識する細胞外シャペロンの基質指向性の違いを使い分けることで、特定の基質を標的とした分解システムの応用が期待されます。
■研究者のコメント(千葉大学大学院理学研究院 板倉英祐准教授)
本研究により、細胞外シャペロンが基質指向性の違いをもち、細胞外タンパク質の分解を導くことが判明しました。このことは、細胞外シャペロンの基質指向性を人工的に改変することで、目的のタンパク質のみの除去が可能であることを示唆しています。これにより、疾患の原因となるタンパク質のみを標的とした除去方法を開発し、新しい治療法を確立することが期待されます。
■用語解説
注1)α2マクログロブリン:主に肝臓で生産され、血漿中に豊富に存在する巨大血漿タンパク質です。抗プロテアーゼ機能により、多様なプロテアーゼを不活性化します。細胞外シャペロンの一つとしても知られ、変性タンパク質に結合して、その凝集体化に対して抑制的に働きます。
注2)アルツハイマー病:アルツハイマー病は最も多い認知症であり、世界で5000万人強の患者がいます。アミロイドβという変性タンパク質が脳内に蓄積することが、原因の一つとして考えられています。
注3)リソソーム:タンパク質分解酵素を含む細胞小器官の一つであり、不要なタンパク質を分解する場として働きます。
注4)取込みアッセイ法:蛍光を付加した細胞外タンパク質を細胞が取込み、リソソームに蓄積した蛍光タンパク質量をフローサイトメーター(自動細胞解析分離装置)によって定量解析する手法。
注5)シャペロン:折りたたみが不完全なタンパク質に結合し、その凝集体化を抑制するタンパク質。
注6)クラステリン:細胞外環境の異常タンパク質をリソソーム分解へ導く細胞外シャペロンのひとつ。
注7)基質指向性:タンパク質が特定のタンパク質(基質)に結合する際の選択性。
■研究プロジェクトについて
本研究は、以下の支援を受けて実施されました。
【科学技術振興機構(JST)】
創発的研究支援事業 JPMJFR204N
【日本学術振興会(JSPS)】
基盤研究(B) 20H03249
新学術領域研究(研究領域提案型) 20H05312、22H04634
■論文情報
タイトル:Alpha 2-macroglobulin acts as a clearance factor in the lysosomal degradation of extracellular misfolded proteins
掲載誌名:Scientific Reports
著者:Ayaka Tomihari, Mako Kiyota, Akira Matsuura, Eisuke Itakura
DOI:https://doi.org/10.1038/s41598-023-31104-x
■関連研究
細胞外異常タンパク質の除去システムを発見 アルツハイマー病治療薬になる可能性も