#次世代を創る研究者たち

真理が顔を見せる瞬間の感動
〜技術と知見を積み、世界一の研究室を創る 千葉大学 国際高等研究基幹/環境リモートセンシング研究センター 教授 小槻 峻司[ Shunji KOTSUKI ]

#データサイエンス
2022.06.07

目次

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※記事に記載された所属、職名、学年、企業情報などは取材時のものです

小槻峻司准教授は2019年、千葉大学の環境リモートセンシング研究センターに環境予測学研究室を立ち上げ、宇宙航空研究開発機構 (JAXA)のスパコン上で稼働する、世界の気象リアルタイム発信システム「NEXRA」にも大きく貢献する研究に勤しむ。小槻准教授は自身を科学や社会にとっての研究の価値を意識しつつもキュリオシティ(好奇心)ドリブンで動く人間と言う。イシュー(課題)から始める、情熱・才能・価値の交点を探す、プロダクトマーケットフィット(PMF)を意識する、成功率を高めるのではなく多くを試して良いものを残す— といったベンチャービジネスからの学びも強く意識して研究室を運営している。そこで、小槻准教授が研究する環境予測の価値、研究を行う前提として強く意識している科学哲学、そして、その情熱の根底に流れる研究への想いについてお話しいただいた。

はじまりは「地球工学科」|精度の高い天気予報があれば、という思い

僕の生まれは高知県で、高校まで高知で過ごし、その後京都大学の工学部地球工学科に入りました。高知県には龍馬イズムのような、大きいことをするのをよしとする空気があります。その影響からか、ぼんやりと地球規模の仕事をしたいと思っていました。それで地球工学科に惹かれたのです。

地球工学科には大きく分けると地盤、構造、計画、水の4つの分野があります。水の分野は広義には防災を指し、河川を制御する方法や、堤防の高さやダムの計画などを研究します。私はこの分野に興味を持ち、学生時代はタイのチャオプラヤー川の洪水を防ぐためにダムをどう操作するか、という研究に携わりました。京都大学防災研究所の田中賢治先生に指導して頂き、タイへの現地調査やドイツへの留学など、貴重な海外経験もさせて頂きました。研究を重ねるうち、結局はダム操作による災害緩和には、この先1~2週間の天気予報を精度改善することが、本質的な課題だと考えるようになってきました。

直感に従って理化学研究所へ|理学と工学の壁を超えるために猛勉強

博士課程の3年になるころ、理化学研究所に計算科学研究センターが立ち上がり、天気予報について研究ができると知りました。そこで、データ同化研究チーム・チームリーダーの三好建正先生に研究相談に伺い、その日に「この研究センターに来て修行を積まないか?」と提案して頂きました。これまでの土木工学から、気象学へ分野を変えることを意味していて、少し悩みました。しかし、スティーブ・ジョブスのスピーチ ”And most important, have the courage to follow your heart and intuition. (何より大事なのは、自分の心と直感に従う勇気を持つこと)” という一節を思い出し、自分の心が行けと言っているのだから行こう、と思いました。ちょうどその年に退官された京都大学の名誉教授・椎葉充晴先生に頂いた「見る前に跳べ!」という言葉にも強く心が動かされました。振り返ってみて、自分の人生における最良の選択の1つになりました。

27歳で理研に入所させていただきましたが、工学(土木)と理学(気象)の考え方の違いに、最初はカルチャーショックを受けました。工学は「どうやったらよくなるか」を、理学は「何が真理なのか」を考える、といった違いがあります。また、日本中から優秀な研究者が集まる理研の中で、27歳の僕はサイエンティストとしてあまりにも未熟でした。入所した当時はディスカッションについていけず、「何が言いたいのか理解できない」と、よく指摘されました。研究チームの中で、自分が足を引っ張っているという感覚もありました。

でもとにかく、3年間は全力を尽くしてしがみつこうとも思っていました。何かを手に入れたくて理研に来たんだから、それが手に入るまでは帰れない。僕の専門分野はデータ同化。シミュレーションの世界と現実の世界を融合させようという世界です。気象予報士の資格を取り、データ同化の数学を勉強し、と少しでも前に進もうと必死に努力しました。また三好先生や先輩方をはじめ多くの方に支えられ、研究に没頭することができました。

科学哲学がもたらした根源的な変化|科学とは何か?価値追及3つの法則

それから「科学とは何なのか」ということを考えました。科学論文も書いていましたが、実はその本質また僕は「科学とは何なのか」をずっと考え続けてきました。学生時代から科学論文も書いていましたが、実は「科学の本質」をよく理解していなかった。そこで、趣味の時間を使って「科学哲学」に関する本を読み始めました。すると3年目くらいから、これまで疑問に感じていたものが繋がりはじめた。論文を書くのがラクになる瞬間、苦痛だった英語の論文執筆が楽しくなる瞬間が、徐々に現れはじめた。ここでは2021年に水文・水資源学会の若手会で紹介した「全球大気データ同化システムの開発〜ポスドク時代の苦闘と学び」から、これまでのキャリアで学んだ大事なことを3つ、ご紹介します。

(1)失敗してもいい。とにかく試す

一つめは「失敗を前提とする」ということ。当時読んだ本にデイル・ドーテンの著書『仕事は楽しいかね?』があります。そこには自分の誇りを「何回失敗したか」で考えよう、ということが書かれていました。これは僕の研究者人生を変えるきっかけにもなりました。

僕自身のやっている実験の多くは「確認」に近いもので、事前の思考実験や数学的な検討から、結果は演繹的に予測できる場合が多々あります。一方、科学的な大発見は、誰もが「それは無理だろう」と思っているようなことが解決された瞬間に訪れます。つまり、無理だと思うことを試さないと、そもそも科学的大発見は生まれないのです。この本を読んでから、「失敗してもいいから試す」という習慣ができました。すると「失敗してはいけない」というマインドセットから解放され、「なんで上手くいかないのか?」「どうしたら上手くいくのか?」を考えるようになりました。感覚としては、解けそうで解けない知恵の輪に向き合っている状態に近くなります。なぜなのかはわかりませんが、考えること・研究することが楽しくてやめられなくなってきます。

(2)アウトプットを意識してインプットする

二つめは、研究を始める前にざっくりと論文を書いてしまう技術を身につけられたこと。要するに結果を予測して、それが外れた時、何が原因だったかを考える。このPDCAサイクルをいかに回すかということです。例えば資料を収集してレポートをまとめる時、まずどういうストーリーにするかというアウトプットを意識して情報をインプットするのと、先に情報を集めてその中からストーリーを作るのではクオリティが全然違う。研究においては、ストーリー作成が論文化、資料収集が実験です。理研では「京」コンピューターを使って研究しており、スパコンの力を使って数多くの実験ができます。しかし仮説のない実験を数多く行うと、膨大なデータの前に途方に暮れることになります。

集めたデータに追われるのではなく、まず必要なストーリー・ロジックを組み立て、その論理にはどういう図が必要で、そのために実験が必要か、と考えると効率が変わります。これは資料やレポートづくりでも使えるし、論理的に考える訓練になります。このPDCAサイクルは、科学哲学の文脈でいう仮説演繹にあたります。そして、この仮説演繹こそが、経験科学の本質だと思っています。

(3)自身の研究の現在位置を知るための「科学哲学」

三つめが科学とは何か、ということを自分なりに勉強したこと。これを理解していないときは、論文を書く意味や、自分が科学の大きな潮流の中でどんな意味をもたらすのか、よく分かっていませんでした。さまざまな科学哲学に関する本の中で、カール・ポパーという哲学者が提唱する「経験科学における仮説は永遠にロジカルには証明できず、正しいかもしれないと思われることを延命させているだけ」という反証主義の考え方が腑に落ちました。科学哲学の中には、ニュートン方程式や量子力学は仮説の塊で、科学は真理を意味するものではなく、地球という星の社会的な構成物に過ぎない、という主張もあります。僕はそれまで科学論文は正しいことを書くものだ、と思い込んでいました。しかし反証主義の考えに気づいてから、「自分の考えは間違っているかもしれないけれど、全力で考えてこれが真理に近いと思うから聞いてくれませんか」、と「世に問う」態度で論文が書けるようになってきました。科学は狭い世界なので、自分と同じような興味・疑問を持っている人は、世界でも限られてきます。論文を伝えたい相手を思い描けば、英語で書くことは当たり前ですし、苦ではなくなってきます。

「環境予測科学研究室」を世界一にする|突き抜けた感覚を持った若い人材を確保したい

2019年に千葉大学に採用して頂き、研究室を立ち上げました。千葉大学には環境リモートセンシング研究センターがあり、人工衛星を使って地球環境の「今」の状況を知ることができます。しかし未来の予測はできません。センターの蓄積する地球観測データの価値を高めるために、「環境予測科学研究室」と名付けました。

研究を発展していくためには、優秀で意欲ある人材を集めることが重要です。残念ながら千葉大学は、ネームバリューで東京大学に勝つことはできません。僕の研究室に優秀な人材を集めるには、「千葉大学の環境予測科学研究室にいけば、これだけは必ず日本一になれる」という尖った技術が必要だと思いました。それには、自分の持ち技のバリューが一番出る分野である、データ同化や深層学習を使ったデータ駆動型の環境予測が適していると考えています。陸域の地球環境予測とデータサイエンスを掛け合わせれば、絶対に日本一になる自信があります。さらにこの研究室を世界一にするためには、どんなにニッチでもいいから、あるところで絶対に突き抜けられるという感覚を持った若い人が必要です。

気候変動による災害リスクを予測|ディープラーニングで産業界に貢献

私たちの強みはデータ同化やディープラーニングといったデータサイエンス技術で、実際に稼働している事例としては、JAXAのNEXRAという天気予報システムの開発があります。データ同化については自分たちならではの技術や知見も蓄積してきたので、これから地球科学以外の分野や産業界へのコンサルティングなどにも発展させていきたいと思っています。また研究室では、「地球科学の問題」を解決するためにディープラーニング研究をしています。衛星画像からの台風発見や、洪水氾濫モデルの計算高速化、雪氷画像の自動識別など、共同研究者と一緒にユニークな問題を設定し、研究を重ねています。

今、超高齢化社会や地球温暖化問題など重要な社会課題に対し、挑戦的な研究開発を推進するムーンショット目標(人々を魅了する野心的な目標)を国が設定しており、その中の目標の1つに「気象制御社会の実現」が掲げられています。そこでも、ディープラーニングの技術をベースにした研究を提案しており、これから3年間かけて取り組んでいきます。ディープラーニングを使った洪水氾濫計算の高速化により、氾濫が予測される地域の家屋や企業の被害額をいち早く計算するシステムを開発していきます。また、ディープラーニングにより、対象の気象場がどれくらい制御しやすいのか、を定量化する技術を開発していこうとしています。情報科学分野を含めればディープラーニングをできる人は多くいます。しかし地球科学分野での知見を蓄積している点で、僕たちは日本のトップグループに入っていると思います。

僕たちの知恵や技術が産業界の問題解決に役立つのであれば、研究成果を社会に展開していきたいと思っています。ただ、先に社会実装ばかりを考えてしまうと自分自身も研究室も大きくならない。しっかりサイエンスを深めることを忘れてはいけないとも思っています。

「A world beyond predictions 予測を超える世界を創りたい」|一緒にやるからこそ生まれるものを大切にしながら「人」を育てる

この研究室を世界一にするには、絶対に人の助けが必要です。一緒にやるからこそ生まれるものを大事にしたい。自分一人でできないことを実現し、若い学生たちができるこの研究室を世界一に成長させるためには、必ず人の助けが必要です。「早く行きたければ独りで行け、遠くに行きたければみんなで行け」という言葉がありますが、僕は一緒にやるからこそ生まれるものを大切にしたい。自分一人ではできないことを実現し、この研究室を世界一にするためには、若い学生・研究者の力を引き出すことが重要です。それには、研究テーマを与えることが必要だと思っています。研究テーマは自分で探すのが日本の大学のやり方ですが、問題を見つける能力と解く能力は違います。そして良い問題を見つけることは、問題を解くことよりも遥かに難しいです。僕個人の意見としては、問題を解く能力を磨いて「科学の味」を知らないと、良い問題は見つけることはできないと思っています。

現在自分の研究室には3人の研究員がいますが、彼/彼女らにも研究テーマを与えています。この研究は世界のストリームのこの位置にあり、後々こう発展していくからやろう、と研究の意義も必ず伝えています。当たり前ですが、自分が本当に大事だと確信する研究テーマでなければ、真剣に指導することなんてできないのです。研究の世界地図の中で、自分たちは今どこにいて何をしているか、どんな挑戦が残っているかを理解できれば、アイデアが出せるようになってきます。そのためには知識が必要なので、三年はみっちりと論文を書いてもらいたいと思っています。

研究室では毎年、自分たちの置かれている状況や研究室の考え方、取り組みなどをまとめて、全体的な方針を説明しています。英語論文を必ず書けるようにする、研究提案書の書き方など、僕自身も試行錯誤してきました。その感覚をなるべく言葉・文字にして共有することで、若い研究者や学生・サポートしたいと思っています。

2022年に研究室での標語を定め、”A World Beyond Predictions”としました。この標語には世界の人々の想像を超えること、自分自身の想像を超える世界に到達すること、の二つの意味を込めています。周りの人と協力して、想像を超えた何かを実現した時、人は感動するのだと思います。何かを発見した時・真理の深淵を覗いた時の感動や、学生や研究員が想像を超える成果を出した時の感動は、かけがえのないものです。自分のエネルギーの根底にあるのは、やはり「感動」なんだと思っています。

いい仲間に恵まれて|今が一番の成長期であり、次の一年が勝負

常々、僕は本当に人に恵まれていると感じています。いつも必要な時に必要な人から必要なことを教えてもらっている、と。常に誰かがどこかで一生懸命走っているという感覚があって、それは自分と方向は違っても、自分をとてもエンカレッジしてくれるんです。研究においても、本当に良い仲間に恵まれています。

僕は35歳ですが、今、人生で一番成長していると感じています。僕も僕自身のPredictionsを超えたいと思っていますし、超えられると思っています。まだ僕には、自分という器の限界は見えていない。千葉大学や研究センターの中期計画にコミットしていくことも求められていますし、ムーンショットなどの大型プロジェクトも動いています。2022年は、研究室にとって勝負の一年になります。

僕がこう考えて走り続けられるのも、ひとえに研究室の学生・研究員・スタッフのおかげです。みんなとても誠実だし、一緒に仕事をさせてもらっていることが、本当にありがたいと思っています。研究成果を重ねると同時に、これからの日本・世界で活躍する人材を育てられるよう、これからも真剣に生き、考え続けたいと思います。

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