※記事に記載された所属、職名、学年、企業情報などは取材時のものです
2021年、スーパーコンピューター富岳の超高解像度計算によって太陽内部の熱対流・磁場が精密に再現された。これを実現したのが、千葉大学の堀田英之准教授である。堀田准教授の業績は千葉大学先進学術賞をはじめ、日本天文学会研究奨励賞、そして文部科学大臣表彰 若手科学者賞と多方面から高い評価を受けている。堀田准教授の研究はその精密さ、それを実現するための計算コードの開発において世界トップクラスの成果を誇る。なぜこのような壮大な研究に取り組んでいるのだろうか。これまでの経験や、その研究について伺った。
シミュレーション画像と実物を比較できるという太陽ならではの面白さ
物理をもっと深く追求したい
僕は国立天文台長の常田佐久先生と同じ桐朋高校出身で、中学・高校の頃から物理が好きでした。高校卒業後に進学した東京大学の地球惑星物理学科は惑星や地震、海、大気など幅広く研究するところです。大学の物理は通常、統計力学や量子力学が多く、高校の物理とは違う考え方をしなくてはいけませんが、地球惑星物理学科では高校の物理と近いことをより深く学ぶことのできる研究も多くあります。それで、ここならば僕が好きだった物理を追求できると考えたのです。
地球では起こりえないことが黒点で起きている
大学では海や大気について研究したいと思っていたのですが、当時指導教員だった横山央明教授(現京都大学教授)に「磁場のある研究分野が面白い」と言われました。黒点の周囲では熱対流が起きており、これはお風呂のお湯が循環するのと同じで磁場がなくても起こることです。しかし黒点自体は磁場があるため複雑な流れが発生します。磁場と流れが相互作用し、地球では起こらないような現象が起こるのです。地球でも内部のコアには磁場があり、そこでは太陽と同じような動きをしているのですが、地球のコアは見ることができません。その点、太陽の熱対流は観測で見ることができ、研究で作ったシミュレーション画像と実物を比較できるのが面白いと感じ、太陽を研究することに決めました。
マティアス・レンペル博士のシミュレーション画像に魅せられて
学部4年生の時、横山教授に国立アメリカ大気研究センター(NCAR)のマティアス・レンペル博士の計算によって作られた黒点の非常にきれいな動画を見せていただきました。これを見て感銘を受けたと同時に「こういう計算をやってみたい」と感じました。
数式を解く数値シミュレーションの結果は本物の黒点と見分けがつかないほどのレベルに達していて、シミュレーションの妥当性を示しています。レンペル博士は黒点がすでにあるものとして計算を続け、世界の最先端で研究をされています。僕は視点を変えて、なぜこういう磁場ができるのかを内部から研究をしていけば、いずれレンペル博士を超える黒点の画像を作れるのではないかと思ったのです。
こうして学部の卒業研究から14年、この研究をしています。僕は結構飽きっぽい方ですが、今までずっとワクワクしながら研究を続けています。
より本物の太陽に近づきたい—太陽の内部を理解するためのチャレンジ
京に横たわる計算速度の問題に挑む
2012年ごろ千葉大学の松元亮治教授が参加していたプロジェクトに誘っていただき、スーパーコンピューター京を使えることになりました。
太陽の問題を解くための方程式は決まっていましたが、当時世界で使われていた手法では、京の性能を発揮できない、ということが分かりました。京には60万個くらいのコアがあり、太陽の色々な部分をその60万個のコアに配置して計算を速くします。つまり60万並列で進めることで計算が速くなるのですが、単純に60万倍にはなりません。それは60万のコアの間で通信をするからです。通信が多くなるとその負荷によって計算が遅くなってしまいます。当時使われていた手法だと通信がたくさん必要で、例えば1,000個のCPUで計算しても2,000個のCPUで計算しても、計算速度が同じになってしまう。つまりどんなに大きな計算機があっても計算が速くならない、という問題があったのです。
失敗してもいい。ゼロからのスタートの強みを生かして新しい手法を編み出す
この手法を使っているのはだいたい大規模なグループでした。このようなグループで10年かけて作ってきたシミュレーションコードを捨てて方向転換をすることは困難です。僕はゼロからのスタートだったので、どんな無茶な方法でもいい、失敗しても構わないという気持ちで、誰も使っていなかった手法を使い、スーパーコンピューターが大きくなればなるほど速くなる、という手法にたどり着きました。
「京」とは1秒間に1京回計算できる、という意味です。10ペタフロップスというものなのですが、実は多くのコードはその数%も計算できません。僕が最初に作ったコードも速度的に1%に満たないものでした。そこをどう上げていくかというのが非常に時間のかかる作業で、良いコードといわれるもので10%、世界で一番速いもので20%。半年かけて少しずつ成果を上げていくという感じで進めていきました。
物理の知識で太陽内部の流れに秩序を見つけ出す
計算によって膨大なデータから物理を取り出し理解を進めていくのですが、そもそも太陽の内部は一見流れがめちゃくちゃな上に、得られた計算データの結果も何だか分からないようなものが何百テラバイトもあるという状態です。これを物理の知識を使って実際にどういうことが起きているのか、全体としての秩序はどんなものか、大きなスケールの流れをどうやって維持しているのかを理解し、それを見つけ出すのです。これにはプログラミングとは全く違う能力が求められます。
少しでも正確に、できるだけ本物に近づきたい
太陽の内部は観測できないので、同じような状況をシミュレーションで用意して理解していきます。最終的な目的は内部を知ることですが、なるべく本物の太陽に近いものをシミュレーションしないと理解できません。
太陽の内部には乱流が渦巻いています。この渦の典型的な大きさは20万㎞くらいで、おそらく一番小さい渦は数センチです。スーパーコンピューターを使ってもそこまで正確に再現するには数百年かかっても実現できないほど難しいのですが、それでもできるだけ近づきたい。ここに向かって日々チャレンジしています。
太陽研究に必要な資質と喜び—世界中で自分だけが理解した時の喜びを求めて
RPGで少しずつ強くなるように、時間をかけて解明していく
僕は物理が得意な人間で、実はコンピューター専門の教育を受けてきたわけではありません。しかしコードを作るために例えば富岳がどういうCPUの構造を持っているか、通信がどのくらいの速さかということを理解できると、どういうプログラミングをすればいいかが分かります。僕はゲームの中ではRPGが好きですが、ゲームにしても研究にしても少しずつ理解し、強くなっていくという過程が得意なのかもしれません。研究の時間は苦悩の連続なのですが、たまにある大きな発見の喜びを知ると、もうやめられなくなってしまいます。
世界中で誰も分かっていないことを理解した時の喜びを原動力に
数値計算をして結果を出すということを繰り返していると、ごく稀にですが世界中で誰も分かっていないことを僕だけ分かっているという瞬間がある。これが研究の喜びです。
最初にこの喜びを感じたのは博士課程の時。太陽の表面近くに、内部から表面に向かって回転速度が遅くなる層があるのですが、これがなぜ起こるのかが分かったのです。
このような層があることは1970年ごろから予測されていましたが、理論的になぜできるかは分かっていませんでした。数値計算を続け、まず世界で初めてこれを再現することができました。なぜできたのかすぐには分からなかったのですが、学生部屋でみんなで話している時に「絶対これだ!」ということが見えたのです。これは表現できないくらいうれしい瞬間でした。
前へ進む方法=誰もやっていないことにチャレンジすること
僕は高校時代にラグビーをやっていたからか、基本的に前に進むのが好きです。研究でも前に進む方法を考えた結果、自然と「難しいことにチャレンジしないと進めない」という結論に達しました。ほかの研究者がやろうと思っていないこと、自分にしかできないことを優先してやろうと思っています。海外の研究会で自分の計画を発表すると “Too Ambisious(野心的すぎる)” と言われることもあります。怯むこともありますが、研究すべきことが存在するのだ、と確信する機会にもなります。
今後の課題—黒点の11年周期の解明を目指して
今後、目指している方向は以下の三つです。どれも一研究室では到達が難しい困難な目標です。
1. 太陽周期活動の問題の解決
2.太陽内部・表面・コロナ・太陽風を含んだ包括モデルの構築
3.一般の恒星の理解
太陽の磁場がわかれば地球への影響もわかる
自分の研究がどんなことに役立つのか、ということはそれほど気にしていません。ただ、太陽の黒点は11年の周期で回っていて、それに伴って地球環境も変わっています。例えば1600年代には11年周期はなく、80年間くらい黒点が全く出ていなかった。まだ議論の余地はありますが、その時地球は冷えていたという推測があります。つまり太陽の磁場活動は地球環境にとって重要だということです。磁場が変わっても太陽の放射量は0.1%しか変わらないので直接影響はしないのですが、磁場を介して影響します。これはまだ解明されておらず、実際どのくらい影響があるのかもまだ分かっていません。黒点はフレアという爆発現象を起こし、それが地球の外側にある大気の磁気圏に揺らぎを与えます。今年の2月ごろイーロン・マスクがCEOをつとめる宇宙開発企業スペースXがスターリンク用通信衛星の打ち上げに失敗したのですが、これはちょうどフレアが起こって悪いタイミングだったからだと言われています。磁場を理解できればいつ太陽フレアが起こるのかが分かるので、こういう面では役立つと思います。
さまざまな研究機関や大学と連携し、解明を進めていく
黒点の11年周期についてはまだ分かっておらず、これを解決したらノーベル賞と言われています。なぜ11年周期なのかを理解したい、というのはずっと考えていることです。またほかの恒星を見ていると、5年〜数十年で磁場が変動しています。太陽について解明できれば、それも解明できるかもしれません。さらに僕の研究からは少し離れますが、これが分かるとその恒星の周りを回っているほかの惑星への影響が分かるようになります。
今、ハビタブルゾーン(生存可能領域)という議論がよくされるのですが、これは光の強さを持って輝いている恒星から、どのくらいの距離にあったら生命が生存可能か、ということです。星によっては太陽より多くの爆発現象を起こすものもあり、フレアが起こると生命に甚大な影響を与えることも考えられるので、距離だけでなくどういう磁場の活動があるかまで理論的に解明ができれば、どういう星で生命が存在可能かを言えるようになります。一人では無理なので、さまざまな研究機関や大学と協力して進めていきたいと思っています。
長く深く考えること。それが一生の財産になる
僕と同じで「高校の時に物理が好きだった」、「大学で物理をやったけれど高校の物理の方が好きだった」、という人にとっては、こうした研究はとても楽しいと思います。僕が教育において心がけているのは「長く深く考える」ということです。社会に出たら時間との勝負になり、1日2日でアウトプットすることを求められます。そうすると基本的には考えがどんどん浅くなっていくと思います。ですから研究室にいるうちは一つの問題を何カ月かけてでも、あきらめずに深く考えて欲しい。大学にいる間は長く深く自分の頭で考えてもらいたいと思います。こうした経験は研究者になる上でも、また一般の企業で働く上でも、一生の財産になると思っています。
(※所属・役職は取材当時のもの)