#次世代を創る研究者たち

研究はロールプレイングゲーム〜深い思考力で芽生える創薬イノベーション 千葉大学 大学院薬学研究院 教授 根本 哲宏[ Tetsuhiro NEMOTO ]

2022.07.19

目次

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※記事に記載された所属、職名、学年、企業情報などは取材時のものです

38歳で教授就任、新しい有機合成の手法を次々と開発し千葉大学先進学術賞を受賞するなど、今最も注目されている若き研究者の一人である根本哲宏教授。

「研究はロールプレイングゲーム、いかに華麗に敵を倒すか」

――この発言通り、ユニークかつ真摯(しんし)な研究への姿勢を伺った。

次々に湧き上がるトライアンドエラー

1976年に生まれて以来、高校までのどかな千葉県柏市の郊外で過ごした。

小さい頃は毎日ザリガニやカブトムシ採りに熱中した、よくいる普通の昭和な子供でした。ザリガニ採りは道具も餌も使いません。素手でダイレクトに捕まえていました。田んぼや畑に囲まれた実家の庭には、カブトムシが集まってくる木があって。今だと信じられないかもしれないけれど、家にいながら年間50匹以上捕まえていました。

“普通の子供“はどんどん生き物を飼うことにのめり込んだ。

小学校5年生のとき、クラスで飼っていたメダカを夏休みに預かり、それを機に熱帯魚にはまりました。初めは飼って数日で死なせてしまって。そこから試行錯誤の日々です。水温かな、水質かな、酸素かなって。熱帯魚が生育しやすい環境を自分で調べて整えるんです。この熱帯魚を相手にした「実験」は、大学4年生になり一人暮らしを始めるまで続きました。最後の頃には、30cmくらいの大型魚を育てていましたよ。

ポーカーフェイスから、少し得意げな顔がのぞいた。

「世界一を目指せる研究」

好きなモノにはまる体質、高校時代に化学のおもしろさに目覚めたこともあり、迷うことなく理系へ進学した。

私が学んだ東京大学では、2年生で専攻が振り分けられます。理学部化学科と薬学部のどちらに行こうかな、と考えていた頃、薬学部の教員が担当する授業でおもしろいことを言う先生がいて。

「私が君たちくらいの頃は毎日パチンコに行っていたけれども、パチンコなんか行かずにちゃんと勉強してれば今頃ノーベル賞を取れていたかもしれない」

っていうんですよ。そんなこと言ってないと先生には文句を言われそうですが『ノーベル賞』の響きが妙に頭に残っていて。この日の授業は鮮明に覚えています。

結局、同じ合成をするなら薬の方に興味があったので薬学部にしようかなと。

薬学の道に進んだきっかけは、意外にもふんわりとしていた。幼少期からのトライアンドエラーで養った思考力と直感が、自身を向いている世界へ導いたのだろう。

その後、3年生の冬に研究室を決めるとなったとき、例のパチンコ通いの先生のラボが希望者0人で。勧誘説明会を飲み会セットでやるというので行ってみたんです。
そこでも先生に言われたんです。「君たち、中途半端に楽をしようなんて考えずに、どんな分野でもいいから世界一を目指せる研究室に行きなさい」と。さらには「うちならそれができる」とまで。
今まで特に目標も持たずに生きていた私は、世界一を語る先生の言葉に、「何かこの人すごいかも」と得体の知れない納得感を感じ、魔法をかけられました。

もし、飲み会に参加しなかったら――人生の分岐点は、ゾクッとするほど身近なところに存在した。

その先生こそが、私を触媒の世界にいざなってくれた柴崎正勝先生です。振り返ってみると、研究者人生を決定づける最も重要な一日となりました。ご飯だけ食べて帰るつもりだったのに。

『世界一を目指せる研究室』という言葉は本当でした。先生の名前は、私が大学院生の頃にはノーベル賞が期待される研究者として挙がりはじめていましたから。

※微生物化学研究会理事長、東京大学名誉教授、北海道大学名誉教授

「趣味は研究」自分の強みを生かせる環境を選ぶ

触媒は私にとって、頭の中のアイデアを具現化してくれる存在です。「こんな物質を作りたい」「こんな反応を起こしたい」を触媒がかなえてくれるんですよ。頭の中でシミュレーションした反応が、目の前のミクロな世界で実際に起こるんです。
精巧な反応がうまくいったときのうれしさは何事にも代えがたい。すっかり病みつきです。語弊があるかもしれないけれど、僕にとって研究は完全に遊びであり趣味、そのくらい面白いことなんです。

「遊び」で行う研究は、飽きることがないという。なぜそれほど触媒研究を楽しめるのか。

自分自身の強みや特性をよく知って、それを生かせる環境を選んだことが勝因かなと。私は頭の回転はそれほど速くないけれど、じっくり考えればかなりの確率で正解にたどり着くための道筋を導き出せる。そうして頭の中で出した答えを、実際の世界で答え合わせする感覚が好きなんです。「思った通りだ!」って。これは、田んぼの脇の用水路でザリガニと戦っていた子供の頃から何も変わっていない気がします。

向いていて、かつ好きなこと。そこを突き詰めればおのずと世界は開けるんじゃないかな。

インスピレーションは徹底的に考え抜いた先にある

いつも肩の力が抜けて順調そうに見える。しかし、世界一レベルの研究がそんなに簡単なはずはない。

研究者になりたての頃は与えられた課題をずっと考えて、でも全く思い浮かばない日々が続きました。イメージしたものが全て思い通りになるなんて、実際にはほとんどないんです。失敗の連続です。
けれど、諦めずにあらゆる可能性・組み合わせを頭の中で考えて考えて、考え抜いた後でふとアイデアが思い浮かぶんです。運転しているときやシャワーを浴びている時など、ぼんやりと研究からピントが外れたときに、本当に“降りて“くるんです。

トライアンドエラーを繰り返して、誰よりも深く思考するタイプだと気づいた。

今はパソコンで検索したら、もっともらしい答えには簡単にたどり着けます。けれども、パソコンが提示した答えは実体験とリンクしていないと、ただの机上の理論になってしまいます。
うまくいった論文があっても、自分の実験でうまくいくかどうかは別です。そのままマネをして成功するほど単純ではありません。0から1のイノベーションが生み出される瞬間には、やっぱり人間の持つ思考力が効いてくると思います。

ラボメンバーはドラクエのパーティ

かなりのゲーム好きと思われる一面ものぞかせる。

研究は遊び、もっと言うとドラゴンクエストのようなロールプレイングゲームです。一緒に研究するメンバーには、自分にはない能力を持った人、異なる考え方をする人を集めます。すると、一人では思いつかなかった解決の糸口を見つける人が現れます。そして、優秀な人が常にその役割を果たすかと言うと、必ずしもそうではない。そんなところも、私の研究分野の面白いところだと思います。
勇者ばかりのパーティでは、ボスにたどり着けません。ダメージを回復させる僧侶や呪文が使える魔法使いが仲間には必要です。
実際に、失敗して何年も止まっていた実験を『こうすればうまくいくんじゃないか』と成功させた人が現れました。新たな視点を持った人がラボに来てくれたおかげです。イノベーションには、メンバーの多様性も大切です。

学生の研究テーマを決めるとき、必ず行う質問があるという。

「ドラクエをクリアするとき、とにかく最速でクリアを目指すタイプ?それともレベルを最大限に上げて、強さを確実にしてからボスキャラと戦うか、どちらのタイプ?」って質問するんです。どちらが良い悪いではなく、その人の思考・行動タイプを知るためです。

最速クリアを目指すタイプには一つの反応だけを徹底的に調べるテーマを、確実性を求めるタイプにはスタートから反応全体をコツコツ地道に調べるテーマを振り分けます。
タイプに合わせたテーマを振ればそれぞれが得意なスタンスで取り組め、目的を達成する確率も高くなります。

ちなみに、先生はどっちですか?と学生に聞かれることがあります。「俺は寝ないでレベルを上げて、最速かつ確実にボスを倒す」が答えです。

多様なメンバーと、その特性を見極めるリーダー。成果を上げるラボには2つの秘訣があった。

人類の未来を変える触媒

アカデミアでの私の役割は、社会的にインパクトのあるアイデアをゼロから生み出して形にすること。価値のある物質を1つ生み出せたら、裾野が広がって研究が加速し、イノベーションが生まれます。だからまず、ゼロから何かを生み出すことが大切です。

ただ、新しい何かを見つけたその先に関しては、私が研究者をスタートした学生の頃と比べて、戦い方が劇的に変化しているのも事実です。特に、計算化学(計算によって理論化学の問題を取り扱う、化学の一分野)の進化によって、これまでは頭の中でイメージしていた触媒の機能や構造が、計算によって目に見える形でもシミュレーションできるようになりました。間違いなく触媒化学や合成化学の分野の研究の戦い方を大きく変えたと思います。
計算化学の分野に強いメンバーを揃え、合成化学と計算化学を高いレベルで組み合わせた独自の体制。これこそが私の研究室の強みだと思います。

イノベーションにつながる新しいアイデアを原点に、最先端の合成化学と計算化学の技術を活用しながら、医薬品や農薬、機能性材料などの人類が求める分子を効率よく供給していくこと。この命題に対して、触媒化学や合成化学の研究は、今後も極めて重要な貢献をしていくと考えます。

“普通の子供”だった少年が膨大なトライアンドエラーの先に得た深い思考力。スキルもキャラも全く異なる仲間を集めてアイデアを形にする。「人類が求める分子の供給」というラスボスを華麗に倒すべく、今日もパーティの仲間と研究という名のダンジョンに出発する。

インタビュー / 執筆

安藤 鞠 / Mari ANDO

大阪大学大学院工学研究科卒(工学修士)。
約20年にわたり創薬シーズ探索から環境DNA調査、がんの疫学解析まで幅広く従事。その経験を生かして2018年よりライター活動スタート。得意分野はサイエンス&メディカル(特に生化学、環境、創薬分野)。ていねいな事前リサーチ、インタビュイーが安心して話せる雰囲気作り、そして専門的な内容を読者が読みやすい表現に「翻訳」することを大切にしています。

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