#次世代を創る研究者たち

治療法のない病に免疫研究で挑む~転身を決めた「1つ」の命の重み 千葉大学 国際高等研究基幹/医学研究院 イノベーション医学 准教授 倉島 洋介[ Yosuke KURASHIMA ]

2022.12.15

目次

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※記事に記載された所属、職名、学年、企業情報などは取材時のものです

外界の異物から腸を守っている一方で、体に害をなすこともある粘膜免疫。2つの顔をもつ免疫の謎に取り組み、国際的なトップジャーナルに発表した成果を皮切りに、国内でも数々の賞を受賞してきた倉島洋介准教授は日本の粘膜免疫研究界で期待を集める存在だ。しかしこの世界に足を踏み入れることを決めたときには、獣医師を目指してアメリカに留学中だった――。これまでにたどってきた道や研究にかける思いを伺った。

腸の免疫が難病をもたらす仕組みを解き明かしたい

――研究のテーマを教えてください

「潰瘍性大腸炎」や「クローン病」という病名を聞いたことがあるでしょうか?日本国内だけでも30万人近くが苦しんでいる病気なのですが、原因が不明で、根本的な治療法がまだ見つかっていないんです。

私の研究キャリアの出発点は、これらの炎症性腸疾患を悪化させている原因の一つがアレルギー反応にも関わる腸管の免疫細胞であること、そして炎症性腸疾患が悪化した時に、その免疫細胞に何が起きているのかを解明したことでした。

腸の粘膜免疫は、炎症性腸疾患だけではなくアレルギーなどのやっかいな病気を引き起こしたり、悪化させたりしています。その仕組みを明らかにすることで治療法の発見につなげたい、という思いで実験を続けています。

――研究者を目指したのはいつごろでしたか?

高校生までは、将来についてあまり具体的に考えていなかったんですよね。成績も生活態度も悪くて、人に怒られてばかりでしたし(笑)。

ただ、幼少期にアフリカに住んでいたこともあって、アフリカの国立公園で働きたいというぼんやりした夢はありました。そこで、動物学を学ぼうと明治大学の農学部に入ったところ、在学中に飼っていた犬の具合が悪くなり、「獣医になろう」と決めたんです……。こうしてあらためて振り返ると、たいした理由もなく進路を決めていて恥ずかしいですが。

獣医師を目指して留学したアメリカで「9.11」が発生

――しかし、明治大学に獣医学部はないですよね?

アメリカのメリーランド大学に留学し、獣医学のプロフェッショナルスクールに入るために必要な動物科学を専攻しました。ところが留学中に、住んでいた地域で炭そ菌事件やワシントンD.C.エリア連続狙撃事件など衝撃的な事件が起こり、中でも2001年に起きた同時多発テロにはこれまでにないショックを受けました。

アメリカで獣医になるためには、理科系の4年制大学を卒業したのちさらに獣医学のプロフェッショナルスクールで4年間勉強しなければいけない。また、大学在学中にプロフェッショナルスクールでの授業を理解するために必要な科目を履修していることが望ましいとされており、動物科学もその科目の一つ。

大学の友人の中には身内が犠牲になった人もいて、メディアが報じる犠牲者数はみるみる増えていき、ついに3,000人を超えました。数字の上では友人の身内もその大きな数に含まれる「1」に過ぎません。でも友人にとって、その「1」は人生に影響を与えるほどの大きな衝撃だったはずです。

そばで見ていて頭に浮かんだのが、糖尿病を患っている自分の祖母のことでした。糖尿病は、悪化して腎臓が大きなダメージを受けてしまうと、その後は生涯にわたって人工透析を受け続けなければ生命を維持できません。腎移植ができればいいのですが、臓器移植には免疫による拒絶反応という大きな壁が立ちはだかります。

命の危険にさらされている祖母は、自分にとっても累計した数字の中の単なる「1」としては数えられない存在です。そのとき、「多くの『1』につながるような、人の命を救う医学研究をしよう」と決めました。

――とはいえ、人の医学研究と農学や動物科学はまったく別の分野ですよね。どうやって入っていったのですか?

まず日本に戻り、明治大学の3年生として復学しました。拒絶反応を抑えるには免疫がキーになります。食べ物や腸内細菌などの「異物」に常時暴露されているのにもかかわらず「拒絶」をしない粘膜免疫の研究からヒントが得られるのではないかと考えました。そこで、清野宏先生(東京大学医科学研究所)の研究室の門を叩きました。清野先生は粘膜免疫研究の第一人者でしたから。

――大学4年生で、専攻が違い、連携先でもない他大の研究所に行くのは珍しいですね。

そうですね、大学在学中でしたので、指導教員に話を通し、清野先生にも自分でお願いしに行って……。自分でもあのときは積極的に動いたなと思います。

研究の道は孤独で険しい。失敗続きのことも多い。それでも諦めずにやってこられた理由は

――そこから拒絶反応を抑える薬の研究を始めたのですか?

いえ、すぐに実際の薬につながる研究をしようとは思っていませんでした。医学研究において、免疫は感染症と並んで歴史のある分野です。数多の優れた研究者が長期にわたって研究してきたのに免疫を制御する方法がまだ出てきていないなら、同じフィールドで、その方々をしのいで自分がブレークスルーを生み出せるとは思えなかった。

ならば、失敗ばかりで長い時間がかかり、自分が払う犠牲も大きいかもしれないが、多くの人がやっている領域とは違うところに目を向けて、これまでとはまったく異なるアプローチを見出せるような研究で最終的に大勢の人の役に立つ研究をしよう、と考えたんです。

実験方法を少しアレンジするだけで、また一つ新しいことがわかる。だんだんおもしろくなってきました。研究を続けていくうちに、粘膜免疫の中でも手つかずの領域や不明なことが多く残されている領域が見えてきて、自分がやるべきことが定まってきました。

免疫が関わる疾患の発症や悪化の原因を突き止めるのが難しいのは、さまざまな要因が絡み合っているからなんです。だから、できるだけいろいろな側面から研究するようにしてきました。免疫細胞だけでなく、免疫細胞がいる腸の構造を作っている細胞や、腸内細菌という異物との細胞レベルのコミュニケーション、さらには腸が弱った時にほかの臓器が腸を保護するといった臓器レベルのコミュニケーションなども。

新たに「この領域が有望だ」と示せればそこで研究する人が増え、これまでにない革新的な治療法が生み出される可能性も高まる。そういう場を作り出したいと思っています。

――新たな鉱脈を探る研究は、何の成果も出ないリスクも大きいかと思います。困難な道を行くモチベーションはどこから生まれてくるのでしょうか?

使命感と探究心ですね。たしかに、必ずしも思うような結果が得られるわけではなく、辛くて大変なことは間違いないです。ただ、一つの発見が疾患解明や治療の糸口になるなら、険しい道にあえてチャレンジする人間がいてもいい、自分がそのうちの一人でもいいんじゃないか。報告する研究成果は、次の走者に手渡すバトンになるんじゃないかと思っています。そのために、日々、大きな発見につながる小さなカケラを見逃さないように取り組んでいます。そういったカケラを発見した時の喜びは、研究の醍醐味でもあります。

国際共同研究も、製薬会社との連携も

――アメリカにも拠点をもっていらしたそうですね。

2016年に千葉大学がカリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)に研究拠点を設けることになり、「チャンスだ」と思いました(笑)。サンディエゴはバイオクラスターとも呼ばれるようなサイエンスのメッカで、以前に学会で行ったときに「ここに住みたい!」と思うほど心惹かれた土地だったんです。国際共同研究推進のための研究費を獲得してUCSDに研究室のセットアップを進め、約3年にわたってUCSDの研究グループと一緒に研究活動をしていました。

日米の研究カルチャーの違いやトップレベルの研究者たちとのやりとりは非常にエキサイティングでした。私は、これまで10年以上海外で生活してきましたが、研究だけではなく生活する(生存する)だけでも得るものは多いと思います。学生さんや若い研究者にも「ぜひ留学をしよう」と勧めています。

千葉大UCSDキャンパスにてiMec-WISE&渡航支援プログラムの修士学生と(2022.12.12)

――製薬会社との共同研究も多いのでしょうか

はい。最近は新たな領域を開拓するだけでなく、薬に結びつけるところにも力を注いでいて、国内の製薬会社や、最近ではベーリンガー・インゲルハイムという製薬会社のアメリカの研究所と共同研究をしていましたし、今は国内の製薬会社との新たな共同研究の準備も進めています。

アメリカの製薬会社を訪問した際には、基礎、探索、合成、薬理、動態といった創薬の各工程のエキスパートと自分が取り組んでいる研究やシーズについて個別に協議する機会もあり、とても刺激を受けました。自分たちの研究の中に創薬の種になりうる成果がいくつかあるので、それを磨きつつ、さらに研究を深化させてより広く連携先を探していきたいですね。

――最後にひとこと、お願いします

このたびはこれまでの業績をご評価いただき、千葉大学先進学術賞に選出くださったことに心より感謝申し上げます。そして、学生時代から今に至るまで研究を続けられる環境を与えてくれ、支えてくれた方々にも感謝しています。自分としては、まだまだこれからもっと成果を出さないといけないと思っていますし、今は、学生が研究者の卵として成長していく姿を見るのもやりがいの一つです。

インタビュー / 執筆

江口 絵理 / Eri EGUCHI

出版社で百科事典と書籍の編集に従事した後、2005年よりフリーランスのライターに。
人物インタビューなどの取材記事や、動物・自然に関する児童書を執筆。得意分野は研究者紹介記事。
科学が苦手だった文系出身というバックグラウンドを足がかりとして、サイエンスに縁遠い一般の方も興味を持って読めるような、科学の営みの面白さや研究者の人間的な魅力がにじみ出る記事を目指しています。

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