※記事に記載された所属、職名、学年、企業情報などは取材時のものです
コップや食品パックから、自動車や飛行機の部品まで――。プラスチック(高分子)は、世の中のさまざまな場所で使われている。そんなプラスチックの可能性をさらに広げるべく研究を続けるのが、工学研究院の青木大輔准教授だ。
現在取り組むのは「高分子の形状を自在に変える」研究と、「プラスチックを肥料に変換する」研究。前者の研究では、2022年に文部科学大臣表彰 若手科学者賞を受けた。後者は「プラスチックからパンをつくる」を実現する画期的な研究だという。そんな新進気鋭の研究者ながらもマンガ好きという一面も持つ青木准教授に、研究や教育にかける思いを伺った。
研究の魅力に取り付かれ、博士課程へチャレンジ
――幼い頃から研究者を目指されていたのですか?
いえ、研究の面白さを知ったのは大学3年生で研究室に配属されてからです。授業で学んだ内容と研究室での実験がリンクする感覚が、本当におもしろくて。指導教官やメンバーにもめぐまれ、毎日楽しく研究室生活を満喫していました。
研究テーマが生活に身近な「プラスチック(高分子)」だったことも大きかったです。普段研究室で扱っている素材が実際の商品として売られているのを見ると、研究のモチベーションが上がりました。
――修士卒業後に企業も経験されていますね
はい、色々なことを経験させていただきました。しかし、働く中で自分の知識不足を実感しまして。もっと多くのことを深く勉強したいと思い、博士課程に進学することを決めました。
――大きなご決断ですね!
大きな決断でした。家族からは反対を受けましたし、周りの人にも伏せていました。ただ自分の中では今しかないと迷いはありませんでした。実際、博士課程の時に海外留学という貴重な経験もさせていただき、博士号を取得した後は研究に対して自信を持つことができました。はじめは反対していた家族も実際に進学すると応援してくれて、そのサポートがあってこその博士号だと本当に感謝しています。
高分子の形状を自在に変えて、物性や機能を変化させる
――「高分子の形を変える」研究について教えてください。
高分子とは分子量の高い物質で、ポリマーとも呼ばれています。高分子は通常、多数の低分子(モノマー)が結合した「線状」の構造をしていますが、分岐状から環状などさまざまな形状(トポロジー)を持つ高分子が存在します。私は、高分子の形状を「ある形」から「別の形」へと変換する技術を開発しました。これまでに、分岐状から線状、線状から環状などの変換に成功しています。
なぜ高分子の形状を変える必要があるのかというと、形状がその物質の熱的性質、機械的性質、工学的性質などのさまざまな性質や機能に直結しているからです。形状を自由に変換できれば、こうした性質や機能をコントロールできるため、高分子の応用分野が広がります。
――「形を変える」とだけ聞くとかんたんに聞こえますが、実際は難しいのでしょうか?
はい、実はかなり難しいんです(笑)。ハサミとノリを使って紙の上で切ったり貼ったりできれば簡単にできそうですが、分子、特に高分子の形をその組成(分子量だったり、構成成分)を維持したまま形だけ変えるのは非常に困難です。特に大変だったのは、環状への変換です。
環状というのはかなりおもしろい形なんですが、環状高分子を大量につくるのは非常に難しいため、工業的にも利用はされていません。そこを克服したのが、私の研究です。私が開発した手法を使えば、環状高分子を量産してその性質を調べ、医薬や素材などの分野に活用できるのではと期待しています。
「プラスチックからパンをつくる」!夢のリサイクルシステムを目指して
――もう1つの研究についても教えてください
こちらは、「廃棄プラスチックから肥料をつくる」をコンセプトとしたリサイクルの研究です。実は私の修士課程の研究テーマが今の研究のベースとなっています。ただ、15年ほど前に今と同じようなデータを学会で発表していましたが、当時は全く注目されませんでした。
そこから研究の切り口や見せ方を変える工夫を 続けたところ、最近では食料不足や地球温暖化の解決にもつながる技術として、多方面から注目をいただくようになりました。
研究で使うのは、ポリカーボネートというプラスチックです。このポリカーボネートにアンモニア水をかけると、モノマーと肥料として働く尿素に容易に分解されます。このうち、モノマーは新たなポリカーボネートの合成に再利用し、尿素は植物の肥料として使います。これが、私が提唱する次世代のリサイクルシステムです。
実は、プラスチックをモノマーに分解する研究自体は世界中で盛んに行われています。しかし、分解生成物を肥料として使うアイデアは独自のものです。本システムで生成した分解生成物を植物肥料に用いたところ、実際に植物の成長が促進されました。これは、本システムの有効性を示す結果だといえるでしょう。
将来的には、さまざまなプラスチックを肥料に変換できるようにしたいですね。プラスチック由来の肥料で小麦をつくり、パンを焼く。つまり、「プラスチックからパンをつくる」という、未来少年コナン※に登場する夢の技術を実現するため、今後も走り続けます。
※「未来少年コナン」
宮崎駿が全話の演出を担当した、実質的な監督デビュー作であり、またNHKが放映した最初の国産セルアニメーションシリーズ。核兵器以上の威力を持つ「超磁力兵器」が用いられた最終戦争が勃発。五大陸は変形し地軸も曲がり、多くの都市が海中に没した後の世界を描く、少年コナンの物語。
過去と未来をつなぎ、歴史となる研究を
――研究を進める上で意識していることはありますか?
「研究は1人ではできない」ということです。導いてくれる人や協力してくれる人、評価してくれる人などがいて、初めて研究が成立します。周囲の人々に感謝しつつ、研究を進めなければと思っています。
同時に、これまでに周りから受けた恩を若い世代に還元したいという思いで、教育にも工夫を凝らしています。例えば、研究室の学生には、最初はうまくいきそうなテーマを与えます。まずは成功体験を積んでもらい、研究の楽しさを知ってほしいからです。学生のモチベーションが上がってきたら、次に「こんなの絶対できないって」という難しいテーマを与えて、おもしろい成果を待ちます。私の好きな「ヒカルの碁※」で例えるなら、学生からの「神の一手」を待つ、ということです。 このように、学生が能力や才能を最大限に発揮できる環境づくりを今後も進めていきます。興味のある学生さんはぜひ一緒に研究しましょう。他大学からの大学院生(博士前期課程、後期課程)も募集しています。
※「ヒカルの碁」
ほったゆみ(原作)と小畑健(漫画)による、囲碁を題材にした少年漫画。小学6年生の進藤ヒカルが、古い碁盤に宿っていた平安時代の天才棋士である藤原佐為の霊に取り憑かれ、棋士としての道を進んでいく話。
――最後に、今後の研究への意気込みをお聞かせください
研究というのは、過去から未来へと脈々と続くものです。私はその流れの一部を担う研究者として、若手の成長に大きな影響を与える一手を見せたいですね。そうやって、生きている間に関連する研究分野をしっかりと盛り上げていって、最後は「ヒカルの碁」の藤原佐為のように「過去と未来の研究をつなげて」引退できれば本望です。
インタビュー / 執筆
太田 真琴 / Makoto OTA
大阪大学理学研究科(修士)を卒業後、組込みSEとして6年間勤務。
その後、特許翻訳を学んでフリーランス翻訳者として独立し、2020年からは技術調査やライティングも手がけるように。
得意な分野は化学、バイオ、IT、製造業、技術系スタートアップ記事。
「この人の魅力はどこか」「この人が本当に言いたいことは何か」を問いながらインタビューし、対象読者に合わせた粒度の記事を書くよう意識しています。
撮影
関 健作 / Kensaku SEKI
千葉県出身。順天堂大学・スポーツ健康科学部を卒業後、JICA青年海外協力隊に参加。 ブータンの小中学校で教師を3年務める。
日本に帰国後、2011年からフォトグラファーとして活動を開始。
「その人の魅力や内面を引き出し、写し込みたい」という思いを胸に撮影に臨んでいます。