#次世代を創る研究者たち

理論の望遠鏡「スーパーコンピューター」で宇宙をシミュレート~模擬カタログで宇宙の真実にせまる  千葉大学 情報戦略機構 准教授 石山 智明[ Tomoaki ISHIYAMA ]

#宇宙
2023.03.20

目次

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※記事に記載された所属、職名、学年、企業情報などは取材時のものです

138億年の遥か昔、ビッグバンから始まったとされるこの宇宙。始まりから現在まで進化の様子を解き明かすことをテーマとする研究がある。統合情報センター(※取材当時。現・情報戦略機構)の石山智明准教授は世界最大規模のダークマター構造形成シミュレーションに成功し、そこで得られたデータをインターネットで広く公開。シミュレーションのムービーは公開から18カ月の現在、すでに30万回閲覧されているという。これらの功績が評価され、2022年度千葉大学先進学術賞を受賞した。 

計算機の中に宇宙を再現する研究を続ける石山先生に、情熱の源泉と研究者ライフについてお話を伺った。 

※ダークマター 
宇宙の物質成分の大部分を構成し、重力のみで物質と相互作用すると考えられている未確認の物質。 

偶然の出会いから現在の研究テーマへ 

―昔から宇宙に興味があってこの研究テーマを選ばれたのですか? 

大学受験の段階で学びたいテーマや所属したい研究室があり、進学先を決める人も多いと思いますが、私はそのようなタイプではありませんでした。東京大学へ入学した際、よりジャンルにとらわれず広く学べる広域科学科を選んだことが、結果として現在の研究につながりました。 

所属した研究室では、複数のコンピューターをつなげて実施する計算がテーマでした。スーパーコンピューター(スパコン)に比べると規模はぐっと小さくなりますが、研究室で独自開発されていた重力計算を加速するハードウェアを用いた経験が、その後の研究で役に立っています。 

ちょうど同じ頃、スパコンの技術革新が本格化していました。大量のデータを高速処理する環境ができ始めていた時期だったのです。自然な流れでスパコンを用いたシミュレーションにつながったように思います。 

宇宙の模擬カタログはなぜ必要? 

―宇宙進化のシミュレーション、そして宇宙のカタログ化とは? 

私の研究では、宇宙誕生の瞬間(ビッグバン)から約1億年が経過した状態から、現在に至る約138億年間の宇宙の進化をシミュレーションしています。宇宙空間の中で特定の範囲を区切り、そこでシミュレーションする粒子の数を設定し、物理法則に従って時間経過で現れる変化を計算で求めるというイメージです。最初に設定した粒子の密度のバラつきが、その後の星々や銀河、ブラックホールになるので、計算結果が実際の宇宙と近ければ、初期の宇宙もそのような場であったのだろうと想像ができます。 

現在、世界中の天文台などで実際に観測したデータを整備して、宇宙のカタログ化が進められています。この「カタログ化」とは必要な情報を整理し、何がどこにあるのかといったデータとしてまとめることです。通販カタログの「カタログ」と語源は同じですね。宇宙分野では「惑星カタログ」「デブリカタログ(スペースデブリの大きさや位置などの情報)」などが有名でしょうか。このように、宇宙空間に存在するあらゆるものが観測され、カタログ化が進められています。宇宙望遠鏡の進歩で、より遠くにある、より小さな天体を観測することができるようになりました。観測技術はこれからも進歩を続け、そこで得られた情報がカタログ化されるでしょう。 

―模擬カタログは宇宙の真実に近づくヒントに 

では、なぜシミュレーションを行い、模擬カタログを作るのでしょうか。一つは、観測の系統的な誤差を評価するためです。宇宙空間には、星の原材料となる分子ガス密度の高い場所と何もない場所など、想像以上にムラがあります。観測領域は有限なので、観測している領域がどんなムラに対応しているかはわかりません。そこで模擬カタログを使って疑似観測をし、実際の観測結果と比較すると、それがどんなムラに対応するかを推測できます。もう一つは、理論で求めた値と実測値との差分を取ることで、より真実に近づくヒントを得るためです。ダークマターは目に見えませんが、宇宙の構造を司る重要なファクターです。ダークマターの進化や、ダークマターが自分の重力で集まってできた大きな塊である「ハロー」のシミュレーションで得た宇宙像と観測データの両方があって初めて、謎の解明が進むのです。 

シミュレーションはコンピューターと共に進歩し、そして共に悩む運命 

―国立天文台のスパコン「アテルイII」で宇宙シミュレーションを 

みなさんにとって身近なスパコンの活用例といえば、富岳を用いたCOVID-19の飛沫・エアロゾルの拡散シミュレーションかもしれません。しかし、実は普段意識していないところ、例えば毎日みなさんも目にしている天気予報は、スパコンなしではこれほど高精度の予測はできません。 

私が注目している「ダークマターハロー」も、『ある範囲に存在する粒子の動きについて、物理法則に則り時間的変化を丁寧に計算する』という点では天気予報と同じ括りになるでしょう。 

最大の違いは、その物理的規模です。ターゲットとなる領域の広大さと時間軸の長さが桁違いです。可能な限り多くの数の粒子が必要で、ハードウェアの性能向上は一度に扱える情報量を格段に増やしてくれます。 

「アテルイII」の登場や、「京」から「富岳」へコンピューターがパワーアップすることで、一度の計算で扱えるデータ量が爆発的に増えました。同時に、計算プログラムのチューニングが非常に重要で、それ自体も研究対象となります。 

―シミュレーションにはあれこれと考える地道な作業が必要 

スパコンの性能を十分に発揮させるには「ノード」単位の計算デザインがポイントで、「関連のあるデータがメモリ上でCPUと物理的に近いロケーションにあるかどうか」すら、計算速度に影響します。 

例えば、ある計算の命令で隣同士のノードにある値を演算させたとします。次の計算では100個離れた場所にあるノードの値を取ってくる命令が書かれていた場合、通信時間が100倍かかることになります。10回、100回程度の計算では、人間が感じる速度差は誤差のようなものでしょう。しかし、とあるダークマターハローのシミュレーションでは1億粒が相互に影響を与えながら進化する様子を計算しました。計算量は粒子の数とその対数の積に比例して増加します。つまり、ノード間の伝送時間が計算速度や電力消費量に影響することを意味します。 

計算効率を上げるためには、文字通り目に見えない配置をあれこれと考えることも必要で、地道な作業が続きます。 

※ノード 
ノードとは「結び目」や「節」を意味する単語。スーパーコンピューター分野ではハードウェアの1つの管理単位をノードと呼ぶことが多い。例えば、1つの基本ソフト(OS)が動作しているCPUやメモリのグループを指す。多くのノードが高速ネットワークで接続されたものがスーパーコンピューターである。 

淡々と、延々と、試行錯誤ができること 

―研究を続け、成果を出していくために必要なこととは何ですか? 

少なくとも私の研究室では、研究に必要なことはその都度教えていますし、特段の才能は不要です。最先端の研究ですから、予習よりも基礎的な学力や基本的な知識などを持っていることのほうが重要です。 

そのうえで、うまくいかなくても、反響や賞賛があってもなくても、心を折ることなく淡々と続けられること。グルグルと思考し続けること自体に面白みを見いだせることが重要です。 

インタビューなどでよくいただく質問に「研究者に求められる資質とは」や「研究テーマ、恩師やライバルとの運命的な出会い」「挫折経験」などがありますが、私は特にドラマチックなエピソードがあったわけではありません。研究ということに関して言えば、予想通りの結果が出なければ原因を究明し、うまくいったらさらなる改良を検討する。この繰り返しですね。研究は試行錯誤を重ねていくものだと考えています。 

研究をデザインできることは代えがたい魅力

―若手研究者に伝えたい、研究の魅力とは? 

若手研究者を取り巻く状況が年々厳しくなっているところ、若い人たちに研究者の道を勧めるには心苦しい面もあります。とはいえ、伝えておきたい魅力があります。 

自分で研究をデザインし、宇宙の謎の解明に挑む。これは何にも代え難い魅力です。 

スパコンを使った研究なので、生活リズムも一般的にイメージする会社員とそれほど違わないでしょう。個人単位の研究から国際プロジェクトまで、規模もさまざまです。 

私の研究室では学部4年生からスパコンに触ることができます。スパコンは理論の望遠鏡。まだ誰も知らない宇宙の様子を垣間見ることができる唯一の手段です。2022年度は8名の学生が所属しており、海外からの特別研究員も受け入れています。チャレンジしたいという人にチャンスを与えられる場にしていきたいと思っています。 

インタビュー / 執筆

富山 佳奈利 / Kanari TOYAMA

サイエンスライター。
IT業界や宇宙航空研究開発機構(JAXA)等での勤務を経て2016年からライター活動を始める。得意分野はIT系、宇宙分野、水族館。
「詳しい人」と「詳しくない人」の間を繋ぐことを使命として、原稿を執筆している。モットーは、「あなたの代わりに聞いてきます」と「理科と仲直りしたい大人に宛てて綴ります」。

撮影

関 健作 / Kensaku SEKI

千葉県出身。順天堂大学・スポーツ健康科学部を卒業後、JICA青年海外協力隊に参加。 ブータンの小中学校で教師を3年務める。
日本に帰国後、2011年からフォトグラファーとして活動を開始。
「その人の魅力や内面を引き出し、写し込みたい」という思いを胸に撮影に臨んでいます。

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