※記事に記載された所属、職名、学年、企業情報などは取材時のものです
誰もがニューノーマルを模索している時代、新年度を迎えた今、千葉大学のOBであり、イノベーティブな研究が世界で認められている藤田誠教授をゲストに迎え、研究の魅力や海外での研究活動、コロナ禍をどう考えるべきかなど、幅広いテーマについて、中山俊憲学長と語り合っていただきました。
<プロフィール>
中山俊憲(なかやま・としのり)
千葉大学学長。山口大学医学部卒業。東京大学大学院医学系研究科修了。研究専門分野は免疫学、アレルギー学。海外研究所や国内大学勤務を経て、1998年に千葉大学大学院に助教授として赴任。教授、副学長、医学部長などを歴任し、2021年4月より現職。
藤田誠(ふじた・まこと)
東京大学大学院工学系研究科教授。千葉大学工学部卒業。千葉大学大学院工学研究科修士課程修了。東京工業大学工学博士。相模中央化学研究所、千葉大学、分子科学研究所、名古屋大学などの勤務を経て、2002年より現職。2018年、ウルフ賞化学部門受賞。千葉大学特別栄誉教授、東京大学卓越教授、分子科学研究所卓越教授。
世界に通用する画期的な研究でウルフ賞を受賞
中山 千葉大学では、「輝かしい未来を牽引する世界に冠たる千葉大学へ」を掲げ、グローバルな人材育成やイノベーティブな研究開発の実現に挑戦しています。分子の自己組織化という画期的な研究でノーベル賞の前哨戦ともいわれるウルフ賞の化学部門賞を受賞された藤田先生は、まさに千葉大生が目指すべきお手本であると考え、新入生が入学するこのタイミングで対談の場を設けさせていただきました。
藤田 大変光栄です。私自身、千葉大学で学び、研究者としてお世話になり、特別栄誉教授という称号もいただき、母校のお役に立ちたい気持ちがありました。学生時代には、こんな立派な応接室に招かれる日が来るとは想像もできませんでしたが(笑)。
中山 藤田先生には、2020年6月に開催した千葉大学の卓越大学院プログラム「革新医療創生CHIBA卓越大学院」でも講演していただきましたね。ご活躍は存じ上げていましたが、お会いしたのはこのときが初めて。とても穏やかで真摯に研究に向き合っておられるという印象を持ちました。
藤田 中山学長は、大学を統括する立場ですが、免疫学の研究者としても活躍されてきた方なので、同じ生命現象に関する研究者同士で相通じる部分があるという印象でした。
中山 このときの講演は、学生自身が企画して各分野の第一人者を招く講義科目「卓越教養特論」の一環として実施されたもの。つまり、藤田先生は学生が話を伺いたいと思う研究者だということに他なりません。ウルフ賞を受賞したのは、分子の構造解析を飛躍的に効率化できる「結晶スポンジ法」を開発されたことが評価されてのものですね。
藤田 分子構造の解析にはX線を使うのですが、分析するための結晶をつくるのが難しく、X線解析誕生以来、100年にもわたる課題となっていました。私が開発した結晶スポンジ法は、この課題を解決する新しい結晶化技術ですが、千葉大学で助手を務めていた1980年代の終わり頃に着想した金属と有機分子の自己組織化についての基礎研究がベースになっています。ウルフ賞はその頃の基礎研究が評価されました。千葉大学は私にとって研究の原点だと思っています。
一度でも感動を味わうとやめられないのが研究
中山 今回の対談で、藤田先生には研究の魅力や研究に対するスタンスといった点についてお話しいただきたいと思っています。研究の醍醐味を感じるのはどんなときでしょうか。
藤田 研究には感動の一瞬があって、いったんこれを味わってしまうとやめられなくなります。山登りで例えれば、山頂に到達したときに味わえる達成感、目の前に広がる別世界。そういう高みに立ったときの何ともいえない感覚が研究の醍醐味だと思います。
中山 同感です。自分だけが知っているという喜びには中毒性がありますね(笑)。何かを発見したり成果を上げたりするには、能力も必要ですしタイミングもありますが、真摯に研究と向き合っていれば必ずチャンスはあります。先生は以前、「研究は我が子」とおっしゃっていましたね。
藤田 千葉大学で助手を務めていた当時、初めて金属の自己組織化という概念を発見した時期に娘が生まれたのですが、研究も子供も育てていく責任があるという点で共通していると思います。育てている過程で急に扱いが難しくなったり、気づかないうちに想定外に成長していたり、あとから考えると、育てているつもりが、実はこちらが育てられているという面もあって、そんなところも似ているなと感じています。
「信念を貫け」という言葉で自信を取り戻す
中山 千葉大学では、2020年からグローバル人材育成プログラム「ENGINE」を実施しており、学部生も大学院生も留学が必修となっています。現在は新型コロナウイルス感染症の影響でオンライン留学を実施していますが、藤田先生ご自身の留学体験や海外での研究の意義についてお話しください。
藤田 私は学生時代に留学する機会がなく、研究者として初めて海外に行ったのが30代後半です。当時は金属の自己組織化についての概念がなかなか理解されず、周囲からの評価が芳しくありませんでした。そんなときにある国際会議で、著名な海外の先生から「きみがフジタか、会いたかったよ」と声をかけられました。国際的なスター研究者が、当時は駆け出しの無名研究者だった私に興味を持ってくれていたのは本当に嬉しかったですね。その縁で、フランスのストラスブール大学の研究室に半年間、滞在することになりました。
中山 実際に行かれてみていかがでしたか。
藤田 私がフランスで所属していた研究室では、学生が研究しやすい環境を与えたうえで自主性に任せていて、こんな運営方法もあるんだなと感銘を受けました。帰国後は自分の研究室にもそのスタイルを取り入れています。また滞在先の教授から「周囲を気にせず信念を貫け」という言葉をもらい、失いかけていた自信を取り戻すことができました。
中山 研究において信念を貫くのは重要ですね。迷わず信念を貫いたからこそ、藤田先生のこの成果があるのだと思います。私は座右の銘は「全力で走れ」なのですが、そこにも通じるように思います。
藤田 どのような研究でも全力で取り組むことは重要ですね。当然、全力でやることは苦労が伴うのですが、目指す感動の喜びを知っていれば、全力で取り組むことが苦しくありません。学生の皆さんもそうした感動を味わってほしいと思います。
コロナ禍でも学生が思う存分学べる環境を整備
中山 海外留学のもう一つの重要な意義は、自分を知ることだと思います。私は28歳から31歳まで米国の国立癌研究所に留学しましたが、世界のトップレベルの研究者と共同研究するなかで、かなわない部分もある一方、自分の得意な部分にも気づきました。私は手先が器用なので、それを発揮すれば研究に貢献できる。自分を生かせることに気づけたのは大きな収穫でした。
藤田 自分を知るためにも、海外に出て多様な文化や価値観に触れることは重要ですね。早くコロナが収束してそうした経験ができることを願っています。大学全体としては、コロナ禍の影響はいかがでしたか。
中山 緊急事態宣言中に一時休講になるなどの影響はありましたが、先ほど紹介した「ENGINE」でもオンライン講義がいつでも受けられるスマート・ラーニングを導入していますし、授業や実験への影響は最小限に抑える取り組みはできていると自負しています。
藤田 学生は学ぶために大学に進学しているので、コロナ禍でもきちんと環境を整えているのは素晴らしいことだと思います。東京大学の私の教え子たちも、卒業論文や修士論文を見る限り、コロナ前に比べて見劣りしない研究をしてくれています。環境を整え、学生を信頼すれば、やるべきことを実行してくれるということを再確認しました。
研究成果を社会実装につなげていく挑戦
中山 藤田先生は結晶スポンジ法の研究で大きな成果を上げられ、ご自身の研究は一段落されていると思いますが、今後についてはどのようにお考えですか。
藤田 30代で始めた独自の研究が成果を得たという点では、一応の終止符は打てたと思いますが、次のステップとして、これまでの研究成果の社会実装に挑戦してみたいと考えています。ちょうど三井不動産が柏の葉に立ち上げた「三井リンクラボ柏の葉1」というインキュベーション施設にお誘いいただき、ここを拠点に活動することになりました。この施設は、ライフサイエンス領域のオープンイノベーション創出を目指し、様々な企業や研究機関が入居し協業するもので、産学連携の新しいスキームを構築するには最適です。
中山 それは楽しみな取り組みですね。千葉大学でも別組織だった基礎研究支援と産学連携支援を統合し、2020年4月にIMO(学術研究・イノベーション推進機構)という機関を立ち上げました。民間企業のプロジェクトマネージャー経験者など13名を雇用し、JETRO(独立行政法人日本貿易振興機構)やNEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)とも連携しながら、産学連携や社会実装への道筋を探る取り組みをしています。
藤田 大学がそのような仕組みを構築するのは素晴らしいと思います。私は以前、ボストンにいたときに、大学の医学系基礎研究をベースに創薬ベンチャーがどんどん生まれるのを見て、社会実装というのはこうして実現するんだなと思った記憶があります。海外は投資も盛んで、研究が実用化すれば利益も大きいので、研究の持続性という意味でも有効なんです。日本でもこうした仕組みをつくれたら、産学連携も研究の社会実装ももっと進んでいくと思います。
中山 藤田先生の三井リンクラボ柏の葉1での挑戦は、まさに私たちが目指すべき研究の理想像です。成果に注目するとともに、私たちも負けずに実践を続けていきたいと思います。