※記事に記載された所属、職名、学年、企業情報などは取材時のものです
災害発生時に編成される専門部隊のうち、近年立ち上がったものにDHEAT(災害時健康危機管理支援チーム)がある。被災地の都道府県本庁や保健所のマネジメント機能を強化するための医師・保健師・管理栄養士等からなる専門員チームで、急性期には災害関連死や二次健康被害の防止、慢性期からは被災地の市町村や保健所の業務推進の後方支援をしつつ、地域活動の日常への回復を目指し支援する。
健康や保健衛生の観点で災害から日常を取り戻すための地域課題に立ち向かうのが、千葉大学 災害治療学研究所・災害看護学研究部門だ。被災地の最前線で災害看護の活動を行う保健師の対応力向上に力を入れる部門長の宮﨑美砂子教授に、被災地支援の実態と取り組みについてお話をうかがった。
急性期・慢性期における災害看護を支える
―災害治療学研究所に災害看護学研究部門が設置されたことの意義について教えてください
もともと千葉大学大学院看護学研究院には、千葉大学と高知県立大学、兵庫県立大学、東京医科歯科大学、日本赤十字看護大学の5大学による5年一貫制共同大学院の博士課程「共同災害看護学専攻」があったため、災害治療学研究所へは自然な流れで参画しました。
災害看護には2つの側面があります。ひとつは、急性期の「生命(いのち)を守ることと災害関連死を含む二次健康被害の回避」。もうひとつは、中長期にわたる地域・公衆衛生看護の観点からの「被災地の健康生活を回復させてよりよい地域をつくる地域看護・公衆衛生の日常化」です。私の専門は地域看護・公衆衛生看護であり、後者、つまり地域の日常を取り戻し災害につよい地域づくりを進めるための災害看護に関する調査研究に取り組んでいます。健康回復だけでなく災害に強い地域づくりという広い領域を扱うため、災害治療学研究所の中でもさまざまな部門との連携を期待しています。
被災地の地域看護・公衆衛生を支える要は保健師
―長期化する被災地の地域看護・公衆衛生の支援で重要なことは何でしょうか
被災地の地域看護・公衆衛生の要となるのが保健師です。保健師は都道府県、市区町村、保健所などに配置され行政職の立場をもった保健看護の専門職であるところに特徴があります。近年は行政の中で保健部門のほかに介護保険、障がい部門など多様な部署に分散配置され、日頃の活動体制がとても複雑になっています。そのような状況下で災害発生時に現場対応の最前線に立つのが保健師であり、その力を有効に機能させる体制づくりが不可欠です。私の研究では災害経験者からの検証も踏まえつつ、最前線に立つ保健師の皆さんがその時に取り得る最善の決断と行動ができるよう、災害時の保健活動のガイドやマニュアル化を進めるほか、支援ツールとして応援派遣・受援や地元関係団体との連携体制整備のためのガイドラインなどを作成し、人材育成を図るための研修・訓練の支援を行っています。
また、災害に強い地域となるためには平常時から地域住民や関係者のつながりが重要です。現在私は千葉市内の10以上の自治会で構成される避難所運営委員会に関わらせてもらい、現場で直面する問題にトライしながら一緒に学んでいます。避難所運営は地域住民が中心となって行うものですが、その中には学校や各自治会の担当者や行政職員などが参画し、顔の見える関係を平時からの活動を通じて構築しています。地域における日常と災害につよい地域づくりについて看護や公衆衛生の立場から考えるよい機会になっています。
―コロナ禍でも保健師の方々は大変なご苦労をされていると見受けます
都道府県本庁、保健所、市区町村といったそれぞれの拠点にいる保健師は日頃は独立して活動しているため、拠点間でコミュニケーションをとる機会は多くありません。このため、災害が発生した際に連携がうまくいかず対応を遅らせてしまう場合があります。
コロナ禍は急激な感染症の流行拡大が何回も押し寄せたため、保健師の現場の負担は大きく、災害と呼んでおかしくない状況でした。一方で、各拠点が連絡をとって保健師等の支援人材を融通しあったり、免許を保有している潜在保健師や看護師たちに応援を呼びかけたりと、今までつくることのできなかった連携の端緒となり、互いのコミュニケーションを促進し理解し合う機会ができた側面もありました。これまでにない困難に直面したことにより、地域を強くするための教訓や知恵をたくさん得られたようにも感じます。
被災地では、被災した職員が自ら最前線に
―地域の最前線で住民と関わっておられる保健師の活動にもっと注目したいところです
地元で支援する者ならではの悩みもあります。実は、被災地の自治体が現地の最前線で支援活動を行うことが法律に位置づけられているのは、日本の特徴なのです。そのため被災地の保健師は、自らが被災者であっても災害支援にあたらなければなりません。それに比べ他国の中には、被災地内の職員は援助を受ける立場だとして、地元の支援には回らないことが基本となっている例もあります。
―驚きです。「まず自分で対応し不足分を外部からの応援を受け協働で対応する」のが基本と思っていました
災害時は支援者である自分も被災する場合が少なくなく、また急激に業務量が増大しますので、外部からの応援を必要とするのは明らかです。日本の場合、住民感情にも特徴があるかもしれません。まず地域の中にいる「身内」の地元職員が最前線で支援者として動いてくれる姿を見て安心するのか、外部職員が応援に入ると「なぜ地元の支援者が先にこないのか」という住民感情が起きやすいのです。このため、地元の支援者もそれに応えたいと責任感を強くし、自身も被災者なのに外部からの応援要請をためらう傾向があります。おそらく制度を変えたとしても割り切れるものではないでしょうが、災害時には外部の応援者を積極的に受け入れて協働しながら回復に向かうという発想を、支援者側にも住民側にも浸透させていく必要があります。
災害事象は同じようでも、受け止め方や対策には文化や思考の違いが現れますね。無意識レベルの問題は気づきにくく、多角的にものごとを見て進めなければならないのは難しいところです。
日常を取り戻し、地域強化を牽引するリーダー保健師の育成を
―具体的な取り組みとしては、今後どのようなご研究を考えておられますか
現在は、先にご紹介した共同災害看護学専攻の「災害看護グローバルリーダー養成プログラム」をはじめ、被災地においてリーダー的役割を担う専門員の育成に力を入れています。「リーダー保健師」は、災害発生時に現場で保健師や応援者の活動を統括し適切な調整を行うだけでなく、平常時にも災害に強い地域となるための体制構築や現場職員の対応力向上を図る存在として期待できます。求められる災害時の能力、及びその育成方法や体制づくりの調査研究を継続し、活躍できるリーダーとなる専門員を輩出するための研究を重ねていきたいと考えています。
またこれからは、世界的にみても自然災害の発生頻度が高く、災害看護実績のあるアジア圏の大学などとの共同研究も考えています。災害発生時、地域の固有性や文化的背景をいかに配慮しながら被災者を支援したのかという互いの実践経験から、国や地域ごとの文化や人の多様性や、逆に国や地域を超えて共通するものを概念化することを目標に、オンラインミーティングを定期的にもっています。すでにこれまでのミーティングで、ある国では長年の災害経験から住民の方々が培った災害対応ノウハウを看護職がうまく活用しているなど、日本の災害対応だけでは気づかない新たな発見がありました。
―最後にひとこと、メッセージをお願いします
地域を支える保健師の活動が見えづらい要因のひとつには、支援の対象者が表に現れにくい社会的に弱い立場にある人が多いからということもあります。保健師が活動を続けるなかで心を折らず地域の中で自信をもって活動できる組織、仕組み、社会をつくりたいですね。コロナ禍での活動をきっかけに、相互の応援やオンラインでの情報共有など、新たな動きも活発になっています。「災害に強い地域には保健師あり」と胸を張れるよう、今後もさまざまな部門と連携して取り組んでいけたらと考えています。
(南部 優子)
連載
災害から心と体を守る「災害治療学」とは?
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