※記事に記載された所属、職名、学年、企業情報などは取材時のものです
災害の報道は次々と新しい被災現場を映し短期間で話題から消えていく。しかし現実はずっと長く、10年、20年といった長期にわたる復興の道が続く。
千葉大学 災害治療学研究所・災害ライフサポート学研究部門の秋田典子教授は、コミュニティガーデンづくりによる住民主体の活動など、東日本大震災からの復興支援を10年以上続けている。災害の傷を抱えつつ日常を取り戻そうとする被災住民の視点から再生に取り組む「災害ライフサポート学」について、その意義と研究の展望を伺った。
心と体と生きる場を失った被災者とどう向き合うか
―災害ライフサポート学の具体的な活動として、ガーデニングを通じた復興支援を行われているとのことですが、なぜ花植えなのかを教えてください
直接のきっかけは東日本大震災の後、学生から被災地の復興支援に行きたいという相談を受けたことです。災害直後の混乱の中で何ができるのか見えない状態でしたが、学生の希望に真摯に向き合うことも我々の使命であると考え現地に入りました。
被災した町は建築基準法の建築制限※を受けるため、すぐできる活動は多くありません。さらに、災害危険区域※※に指定された地域の再生の形は長らく目処がたたない状況でした。その中で花植えであれば暫定的な土地利用として可能な活動であり、本格的な復興計画が動きだしたときも簡単に更地に戻せるなど、柔軟な対応が可能だったのです。
※被災市街地における建築制限
建築基準法第84条による。被災地域における市街地の健全な復興の支障となる建築を防止するため、災害が発生した日から1カ月以内は区域内における建築物の建築が制限・禁止される。最長2カ月まで延長が可能。東日本大震災では、甚大な被害を受けた市街地の健全な復興を図るため、災害発生の日から6カ月(延長の場合最長で8カ月)までとする特例措置が設けられた。
※※災害危険区域
建築基準法第39条による。津波、高潮、出水等による危険の著しい区域を地方公共団体が指定し、住居など建築の制限を条例で定めることができる。既存の建築物は存在を禁じるものではないが、新規建築、建て直し時は制限される。
―花を植えることで被災地はどのように回復していったのでしょうか
被災者はご自身の体や心だけでなく、住む場所も災害によって破壊され、景色が一変した中でその後の人生を続けていかなければなりません。あまりに多くの命が失われ、自分が生きているのかわからない感覚に襲われるという話も伺いました。
悲惨な災害直後の色や音を失った世界の中でも、土を耕して花を植えると、そこに明るい彩りが戻ります。植物は生きていて、生命の力を肌で感じることができます。活動の最初の頃は、瓦礫の中にかつてそこで営まれた生活を思い出すようなものが多くあったため、それらを丁寧に残したり、津波を受けた土地や気候に合わない花もあり試行錯誤が続きましたが、少しずつ住民同士や住民と復興を応援する人をつなぐコミュニティガーデンとなって広がっていきました。コミュニティガーデンの中には、復興事業が本格的になって取り壊されたものもありましたが、地元の方々に大切に引き継がれて今に至るものもあります。
自分たちに合ったペースで、被災者自らの主体性を取り戻す
―タネや苗が毎日生長し花開くプロセスに、復興への希望が重なります
植物は毎日少しずつ変化し、この日々の変化が明日を感じさせてくれます。また、年単位の大きな時間の流れでも変化や成長を実感できます。自分の手で植えて世話をし、手応えを得るプロセスを通じ、町へ自らが働きかけているという再生の主体性も生まれてくると考えます。
町の再生にとって住民の主体性はとても重要で、一人ひとりの「この町を大切にしよう」「ここに住み続けるために私も頑張ろう」という意思が不可欠なのですが、当事者が知らない間に進む大規模な復興工事はそれを奪ってしまうおそれがあります。ガーデンのスケールだと、自分の手で空間をつくって町をよくしていくという手応えが生まれます。個への向き合い方にも関わる災害治療学の観点から、主体性を引き出す再生のアプローチは非常に重要といえるでしょう。
―自分の手で再生と関わる必要があるのですね
ガーデンとは別の場所ですが、震災直後に現地で復興計画のワークショップを行ったとき、地元の高校生が町の理想の未来像について「震災前の状態に戻るのが一番いい」と言ったのが印象に残っています。背伸びした改善でなく、自分たちのペースや身の丈にあった復興で、日々の生活の幸せを取り戻したいと。「創造的復興」が、高度経済成長期的な復興とは別なものであるということを見直す必要があると考えます。成熟社会の今、無理せず自分たちのできる範囲で活動を持続させる「脱成長」という考え方も重要です。
持続的なランドスケープ再生をガーデニングで行う意義
―ガーデニングと災害復興は意外な組み合わせのように感じましたが、深い関わりがあったのですね
実は造園学は、ちょうど100年前の関東大震災をきっかけに発展しました。延焼遮断帯や避難場所となる公園など都市機能としての緑地空間設計に関わっているのです。もちろん、環境保全や市民の健康維持といった平常時の機能もあります。
それ以上に重要なのが、日々の生活を楽しむ場としての公園や緑地のあり方です。緑や花がきれいで居心地よく楽しい、といった当たり前の幸せを感じながら暮らすための町をどう形づくるか。これも造園学の重要なテーマです。
長い時間軸で町のあり方を見据える専門家の目と、地元の人たちの主体性を尊重して現場で支える目の両方が必要とされています。
―現地には多くの学生が参加し、被災地の住民と一緒に活動されています
若い学生がいるとその場が華やぎますし、元気をもらえたと喜ぶ方も多くおられます。専門家が入ってきたと思うと身構えがちですが、学生だと心を開いて本音を話してくださりやすい。学生には基本的に地元の方々の声を素直に聴くようにと伝えています。活動を通じて被災地の生の声を聴き、現地の活動に関わりながら学ぶことで、これからの時代を担う者として大きく成長していけると信じています。
被災地のガーデンの活動には、これまで園芸学部の学生だけで延べ1,500名以上が参加してきました。今後災害治療学研究所を通じて学内の連携が進み、医学や看護学など学部を超えた活動の可能性も広がり、さらに総合的、複合的な災害治療学をつくりあげていけるのではと期待しています。
さまざまな領域がネットワークでつながる可能性に期待
―災害治療学研究所の中で他領域と連携することへの期待などをおきかせください
医療的視点からだと、長期的復興に関わるランドスケープマネジメントやガーデニングは異色の分野でしょう。だからこそ創発されるものも多いはずです。
被災者は、患者である前に住民です。身体的・精神的回復と生活の場の回復との関係性や、日常の幸せを取り戻すための住民主体の活動など、部門を超えた交流により、互いの状況を共有できます。被災地に臨場した専門員の行動やストレス対応のヒントになるものも少なくないでしょう。
災害治療学研究所という多様な部門の研究が融合し、被災地を多角的に支援する知恵が積み上がっていく。これは園芸学部や看護学部など多くの特徴ある学部を擁する千葉大学の総合力なくしては成立しない試みです。大いに期待しています。
―今後はどのようなご研究を考えておられますか
ランドスケープマネジメントは政策に関わることも多く、長期にわたって客観的な視点が求められます。さまざまなシミュレーションを行いながら、より幸せな生活の再生に向けた復興のあり方について探究していきたいと考えています。
市民が主体性をもちつつ災害と向き合う、平常時からのリスクコミュニケーションも重要です。地元の人たちとガーデンに関するネットワークをつくる構想もあります。
もうひとつ、ガーデニングは女性の活躍の場が多く、ダイバーシティの観点からも期待できます。災害の取り組みでは女性の声はまだ届きにくいのが現状ですが、活動を通じて道を拓き、発信し続けたいと考えています。
(南部 優子)
連載
災害から心と体を守る「災害治療学」とは?
ポストコロナ新時代の災害医療・看護システム構築を目指す「災害治療学研究所」。医学・薬学・看護学だけではなく園芸学や工学、人文社会学などが連携し、新たな社会づくりに挑む。
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