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災害に人や社会が関わることによりさまざまな「社会現象」が生まれる。国や地域により災害の受け止め方が異なるのはなぜか?しなやかで強いレジリエント※な社会とは?
この難題に社会システムの知見から挑むのが、千葉大学災害治療学研究所・災害社会研究部門長の水島治郎教授だ。災害時における社会のあり方を見つめ直す水島教授に、災害社会の実態と研究の展望についてお話をうかがった。
※システムが極度の状況変化に直面した時、基本的な目的と健全性を維持する能力のこと
災害は同じ現象でも地域によって様相が変わる
―災害治療学研究所に災害社会研究部門が参画する意義を教えてください
災害は自然現象や人体といった側面だけでなく、人と社会の関係性にも大きく影響を与え、社会現象となっていきます。今回のコロナの世界的流行(パンデミック)は、国や地域によりその対応・感染者率・感染者数など社会現象の違いが強く出たことがよくわかる例です。人文社会科学の見地からいえば、こうした国・地域による違いは当たり前ですが、自然科学の見地からいえば「同じ人間なのになぜ違いが出るのか?」という疑問が出ます。
こうした点から、災害社会そのものを研究する人文社会科学の知見が不可欠なのです。
―人文社会科学では、特にどのような観点が重要になるのでしょうか
コロナのパンデミックで明らかとなった社会の特徴を、行政的統制と社会的統制という2つの軸でみていきましょう。
「行政的統制」は、法律や政令など直接的な禁止や義務付けを行うものです。「社会的統制」は、市民レベル、つまり一般的な意識で自発的に協力または牽制し合います。これら統制の強弱を4つに分類し、対策と感染の広がり方について国際比較を行うと、日本社会の特質が浮き彫りになってきます。
日本は、行政的統制が弱く社会的統制が強い第3類型です。緊急事態宣言は何度も発出されたもののロックダウンには至らず、行動制限は要請中心でした。それでもマスク着用や外出抑制、飲食店休業といった市民の自粛は広がりました。社会的統制が行政の意図を組む形で進んだわけです。
このように、同じウイルスや自然現象でも、人と社会の関わるシステムが違うとその後の影響が大きく異なってきます。
関わり合う「域」のあり方が行動に影響を与える
―国が違うと考え方も受け止め方も異なるのですね
社会的統制が強い日本において人と社会の関わりで重要になるのは、つながりの範囲を示す「域」つまりコミュニティという視点ではないかと考えています。日本人は、地域もしくは職域のいずれかに属している人が多いため、その2つを動員すると個人に辿りつけます。そのため、日本社会は地域や職域といった枠組みの中で物事を動かすとうまくいきます。
例えばワクチン接種では、地域接種と職域接種が用いられ、特に職域では柔軟性が発揮されました。欧州ではかかりつけ医による接種や、人が集う駅や広場などの公共の場での接種が一般的でした。
自然災害でも同様に、日本では自治会など地域コミュニティによる共助や職場単位での備えが重視される傾向にあります。
このように日本社会では、地域や職場といった範囲の小さな「域」の中で統制をとると柔軟に対応できる反面、「平等」であろうとするあまり硬直することがあります。例えばコロナの自粛期間中、オンライン授業は日本の公立学校では対応が遅れましたが、その背景に「平等」を重視する発想があったように思います。全員に平等であろうとし、平等にプリントで自宅学習させる。しかしこれでは可能性は広がりません。「平等」と、個々の状況を踏まえて全員が適正な結果を得られるようにする「公正」は異なります。この場合は、いかにしたら全員でオンラインを受けられるようになるか、を考える公正さが必要なのです。
解決のヒントになるのが多様性を認め合う姿勢です。どこに何があり、どんな能力をもつ人がいて、どう動くことができるのか。多様性を認めつつそれぞれの特性を生かした行動で協力し合うルールづくりが重要です。域内に関わる人々にとっての公正、つまり皆にとっての幸せな社会とは、この延長上にあるものなのです。
このとき、大切にしてほしいのが、多様性を楽しむ心。それぞれの特性を生かした行動により生じる結果は、期待するものでなかったとしても失敗とは考えず、面白がるくらいの気持ちでいることが重要です。
地域の多様性がもつ強みを深め、可能性を広げる
―災害の前では、楽しんだり面白がったりするのは不謹慎な気がしてしまいます
場をわきまえないジョークや独りよがりな楽しみの追求は、もちろん論外です。ただ私たちは中長期的な視点で、個々人の生き方の広がり、社会の展開を見据えていく必要があります。多様性を認める姿勢をもつと、それぞれの特性を価値あるものとして大切に扱おうとします。互いに価値を高め合う中で多様性や可能性を信じ、いきいきと楽しんだり、違いを面白がったりするうちに生み出される新しい力が、時代を変えるイノベーションを起こしていくのです。冗談も言えない社会では前向きなアイデアなど出てきません。面白いことを素直に面白いと言える仕組みは、むしろ社会の持続性を保つために必要だといえるでしょう。
―楽しんだり面白がったりする取り組みでは、どのようなものがありますか
コロナ前の取り組みですが、健康づくり、地域づくりという観点から、学生が商店街の人たちと一緒になって祭りや敬老会に参加するゼミ活動をしました。学生たちはこうやったらもっと面白い、今度はあれをやってみよう、これおいしいから広めようなど、いきいきと楽しんでいました。地元の人も学生の楽しさに巻き込まれ、強みを発揮していくわけです。
今後災害に強いコミュニティをつくるには、上からの政策の押し付けだけではなく、楽しむ要素を取り入れ、地域と政策をすり合わせていく仕掛けが重要です。防災マップにしても、どこに何があって、どこが安全で命が助かる、ということは単に紙を配るのでなく、イベントなどで楽しみながらネットワークづくりに取り組むことにより知ることができます。心身の健康と社会的つながりに満たされるWell-beingな社会、レジリエントな社会にもつながるでしょう。こうした活動に関わった学生は、卒業後も各地で活躍していますよ。
自然災害との関わり方では、オランダの取り組みが日本の参考になります。オランダは国土の4分の1が海抜0m以下という地勢もあり、何度も洪水などの大規模災害に見舞われてきました。実は日本は明治の頃、治水の技術をオランダから学んでいるのです。
近年世界各地でウォーターフロントの再開発が進んでいるのですが、アムステルダムには「浮かぶ家」があります。地球温暖化による海面上昇は海抜の低いオランダにとって重大な問題です。この課題に対し、ハードな護岸工事でなく海の上に浮いてしまおうという逆転の発想で、日頃の優雅な海上の暮らしも楽しむ。この「うまくいかないかもしれないけれどチャレンジする」浮かぶ家のあり方は、レジリエントな社会を考える上で象徴的な存在といえるでしょう。
―研究の今後の展望をおきかせください
自然災害もウイルスも、自然科学的な観点では一つの事象にすぎませんが、地域の特性が掛け合わさることで社会現象を引き起こし、人々の行動を大きく変容させるきっかけともなります。この行動特性に着目し、地域がもつ多様性を認めつつ持続可能性を広げる社会システムのあり方を探る。これが人文社会科学の役割です。
災害治療学研究所では、医療、看護、健康などを通じ地域社会と関わる部門が数多くあります。また、情報工学などの理工学系の部門とも連携することで解析できるものもたくさんあります。これら知見の多様性と研究者同士の交流により、新たな可能性が広がることを大いに期待しています。
(南部 優子)
連載
災害から心と体を守る「災害治療学」とは?
ポストコロナ新時代の災害医療・看護システム構築を目指す「災害治療学研究所」。医学・薬学・看護学だけではなく園芸学や工学、人文社会学などが連携し、新たな社会づくりに挑む。
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