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医療者・患者の負担が少ない「未来の医療」を目指した研究・教育を〜医療現場の「真の課題」を解決する医工連携力 千葉大学 フロンティア医工学センター 教授 中口 俊哉[ Toshiya NAKAGUCHI ]

2023.01.04

目次

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※記事に記載された所属、職名、学年、企業情報などは取材時のものです

ロボットによる手術など、近年の医療の発展には目を見張るものがある。その技術を支えているのが情報工学・電気工学・機械工学など工学分野の研究者だ。「医工連携」という言葉が注目される前から千葉大学では医工学の教育・研究を始め、研究室には未来の医療技術があふれている。医療現場の困りごとを解決する未来の医療の開発に日夜取り組んでいる、中口俊哉教授と2名の博士後期課程の学生にお話をうかがった。

フロンティア医工学センターが培ってきた盤石な医工連携力

―中口先生が所属されるフロンティア医工学センターとはどのような機関なのか教えていただけますか?

2022年10月に発表された東京医科歯科大学と東京工業大学の統合など、医学と工学分野の連携(医工連携)は、今最も注目されている研究分野の1つです。医工連携とは、①医師や医療機関、②医療機器などのメーカー、そして③新しい技術を実現させる工学分野の研究者が協力することを指します。この三者の連携によって画期的な医療機器が生まれています。

千葉大学フロンティア医工学センターは2003年に設立され、すでに20年の歴史を持ちます。医師や国内外の共同研究企業と対話を重ね、数多くの成果を生み出した実績を持つ国内では希有な研究機関です。

医工連携は思い立ったところで、すぐにうまく進むとはかぎらない難しい分野です。その理由の一つは、医療スタッフとエンジニアの使う言葉や考えが全く異なる点にあります。私たちは対話を重ねてお互いの考えをしっかり聞き、尊重し、信頼関係を築いてきました。フロンティア医工学センターはこれらの点で大きなアドバンテージを持っています。

―フロンティア医工学センターでは、医工連携の揺るぎない土台がすでに形成されているのですね。通常、先生のプロジェクトはどのようにスタートするのですか?

まずは何に困っているのか、どのような課題があるのか、相談に来られた方のお話をじっくりうかがいます。専門用語や不明点は平易な表現に置き換えていただき、問題の本質を掘り下げます。傾聴を通してクリアになった「真の課題」に対して、解決に至る最適なアプローチを探り、提案していきます。

ほかの先生が専門とされる知識・技術も必要だと判断したら、該当する先生に参加を呼びかけます。フロンティア医工学センターは横のつながりが非常に柔軟で、研究室を横断した共同プロジェクトを進めやすい点にも特色があります。
また、センターには医師3名が専任教員として所属しています。専任で医師教員が在籍する機関は非常に珍しく、医療現場のリアルな意見をすぐに聞け、スピーディーに研究を進められるとても恵まれた環境です。

プロジェクションマッピングで患者の内部を体表に「映し出す」

―中口先生の得意とされる分野は画像技術とうかがいました。どのような技術か教えてください

簡単に表現すると、患者の体内をプロジェクションマッピングで体の表面に映し出します。腹腔鏡を使った手術は開腹手術に比べ低侵襲(痛みや発熱、出血が少ないこと)で、患者への負担は大幅に減少しました。しかし医師は上部にあるモニターを見ながら、非常に不自然な姿勢で手術を行います。目や肩への負担だけでなく、モニターに映ったイメージを実際の術野に変換するという脳への負担もあり、要求されるスキルが格段に高い手術方法なのです。 そこで私たちは、体内の映像をゆがみなく正確に映し出す「透過型腹腔鏡下手術システム」を開発しました。実際の体内の様子が皮膚を透過して浮かび上がったように見えるため、直感的に作業を進められます。

体内の映像をゆがみなく正確に体表へ投影
左:【従来】 術野とモニターが離れた場所にあるため、難度が高く医師の負担大
右:【新システム】術野周辺に直接映像を投影するため、直感的に理解しやすく医師の負担を軽減

―プロジェクションマッピングはイベントやショーだけでなく、医療の分野でも応用されているのですね。ほかにはどのような技術がありますか?

舌診断を支援する技術を開発しています。「舌は全身の鏡」とも呼ばれ、体調に異変があると舌の色や形などに変化が現れます。病気になってしまう前に異変を発見することができれば、疾患を予防することができると期待されています。しかし、これまで舌の状態を正確に撮影する技術がありませんでした。そこで我々は舌に特化した撮影システムTIASを開発しました。TIASは積分球照明という技術を用いて舌表面の状態を明瞭に記録することができます。この装置を国内外の研究者と共有して多くの舌のデータを収集し、AI技術も活用して舌診断を支援するシステムの実現を目指しています。

※Tongue Image Analyzing System

開発した舌専用撮影装置TIAS

患者とのコミュニケーションをより大切にできる医療へ

―リアルなトレーニングシステムを追求されているのですね

現在のトレーニングは、訓練用のマネキンや健常者を相手にシミュレーションを行っており、医療現場での緊張感には到底及びません。そこで、私たちは対話をしながら生体音(心音や呼吸音)の異常を見つけるシミュレータEARSを開発しました。EARSは健常者の生体音を異常音にすり替える、シンプルながらリアリティを追求したシミュレータです。生身の人間と問診をしながら異常音を聞き分けるリアルなトレーニングを低コストで実現しました。

※Educational Augmented Reality auscultation Simulator

―先生は対話やコミュニケーションを重視されているのですか?

医療者のスキルにはテクニカルとノンテクニカルなものの2種類に分けられ、後者の代表がコミュニケーション能力です。現在は患者が自らの治療方針を選ぶ時代で、医師は患者へ詳細な説明が求められます。また、医療での大きなリスクの一つに医療訴訟があり、コミュニケーション不足も訴訟に至る一因です。医師のテクニカルな負担を軽減し、患者とのコミュニケーションへとリソースを充てられる診療を目指してシステムを開発しています。

次世代の医工連携研究者育成のために

―先生は次世代の医工連携を担う人材教育にも力を入れていると伺いました

開発した技術を受け継ぎ、さらに発展してくれる次世代を育成するため、千葉大学では早くから教育に力を入れてきました。そして2021年に「革新的医療技術を創生する情報・AI研究者育成プログラム」(略称:情報医工学フェローシッププログラム)が文部科学省の「科学技術イノベーション創出に向けた大学フェローシップ創設事業」に採択され、優秀な博士後期課程の学生がさらに研究に専念できるすばらしい環境が整いました。

―「情報医工学フェローシッププログラム」の概略を教えてください

大きな柱が経済支援です。月額17万円の研究専念支援金(生活費相当分)に加え年間20万円の研究費が支給され、さらに採用期間中の授業料は免除されます。日本で長年の課題であった博士課程での費用負担を国と大学が支援します。

そのほかにも、研究内容について気軽に相談できる「医・工ダブルメンター制度」、ドクター取得後の具体的なキャリア検討に役立つインターンシップ制度などがあり、将来にわたって研究者として活躍するための土台を形成するプログラム内容です。このプログラムが、経済的な問題や研究への漠然とした不安などで博士課程に進むことをためらっている人の後押しとなり、より多くの研究者の卵が千葉大学に集うことを願っています。

プログラム生の声

石坂 勇毅さん(大学院融合理工学府 博士後期課程 2年生) 

世界で11億人がリスクにさらされている「騒音性難聴」を、薬を使わず改善

長期間にわたる大きな音への曝露によって内耳に障害が生じ、聴力やことばの聞き取り能力が徐々に低下していく症状を騒音性難聴といいます。聴覚神経細胞の損傷や機能低下が少しずつ進むため、自覚症状に乏しいのが特徴です。
神経細胞は一度傷つくと現状では再生や修復は難しく、治療法も確立されていません。近年ではイヤホンで音楽を聴く若者にも多発し、世界で11億人がリスクにさらされていると世界保健機関(WHO)も警鐘を鳴らしています。

ヒトには「オリーブ蝸牛束反射」と呼ばれる内耳を保護する機能があり、この反応が強いほど内耳の保護機能が強く働くと考えられています。オリーブ蝸牛束反射の強化が可能となれば、騒音性難聴の症状を薬を使わず緩和できる可能性があります。

メンターには所属研究所の中川誠司教授と、脳磁界計測(MEG: Magnetoencephalography)の第一人者である湯本真人先生に依頼し、認知機能や脳波測定の方法などについて相談できる関係を構築しました。プログラムがなければ、このような機会は巡ってこなかったと思います。また、今は研究者も自分の成果を世の中に広く伝えることが求められていますから、論文執筆やプレゼン力を向上するセミナーも役立ちました。

※元東京大学医学部附属病院てんかんセンター センター長、現群馬パース大学教授

恵まれた環境をうれしく感じると同時に、それに見合った成果を出すプレッシャーも感じ、身が引き締まる思いです。日本の研究力が再び世界で注目を集められるような存在感のある研究者を目指します。将来について長いスパンで考えられるのも、プログラムによる支援のおかげです。

陸 昱羲さん(大学院融合理工学府 博士後期課程 2年生)

医師と患者双方の負担をさらに軽減する最低侵襲性手術方式を実現する手術用ソフトロボットを開発

2013年に来日し東京理科大学で修士まで進んだ後、より医療現場での課題を解決したいと考え医工連携の実績が多数ある千葉大学に来ました。東京理科大学時代に行っていたコーティングなどの表面改質技術、そして適切な潤滑剤の開発は、材料の機能及び応用性の向上に有効な手段です。この技術を医療機器の材料表面に有効な表面改質技術、適切な潤滑剤に応用できれば、医療機器の性能が向上できると考えました。そこで、患者の負担が少なく、医師も扱いやすい手術ロボットの開発へとテーマを発展させました。

開腹手術に比べて傷や痛みが少ないとされる低侵襲の内視鏡手術ですが、現在でも硬質の術具(アクチュエーター)が用いられています。人体組織はデリケートで、かつ複雑な曲線を描いています。硬質な器具では体内を傷つけるリスクがあり、また可動域の制約もあるため執刀医への負担が大きいのが現状です。

近年件数が増えている前立腺摘出手術では膀胱や尿道を経由して行うため、柔らかい素材で作られたアクチュエーターが求められています。私は医用ロボット研究者の兪 文偉先生と泌尿器科の医師である五十嵐 辰男先生にメンターとして就いていただき、現場の要望をダイレクトに伺いながら開発を進めています。

「現場の課題を解決したい」と思い千葉大学に来ましたが、プログラムの助成と現役医師の指導を受けられるという想像以上の恩恵を受け、本当に幸運だと感じています。海外との共同研究も活発で、留学生も多いため英語も上達し日中英のトリリンガルとなりました。低侵襲手術用ソフトロボット開発の実現により、泌尿器・呼吸器外科に応用し、患者・医師の負担軽減及び低侵襲手術安全性、操作性の向上に大きく貢献したいと考えています。今後は大学で自身の知識や経験を発揮し、後輩の指導も行いながら優れた研究成果の創成及び未来の研究人材の育成に努めたいと考えています。

インタビュー / 執筆

安藤 鞠 / Mari ANDO

大阪大学大学院工学研究科卒(工学修士)。
約20年にわたり創薬シーズ探索から環境DNA調査、がんの疫学解析まで幅広く従事。その経験を生かして2018年よりライター活動スタート。得意分野はサイエンス&メディカル(特に生化学、環境、創薬分野)。ていねいな事前リサーチ、インタビュイーが安心して話せる雰囲気作り、そして専門的な内容を読者が読みやすい表現に「翻訳」することを大切にしています。

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