子どもの今と未来を拓く #3

子どもの「不安」の早期発見・介入を~子ども自身で取り組める認知行動療法「勇者の旅」プログラムとは? 千葉大学 大学院医学研究院 教授 清水 栄司[ Eiji SHIMIZU ]

#子ども家庭庁#不登校#勇者の旅
2023.01.12

目次

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※記事に記載された所属、職名、学年、企業情報などは取材時のものです

こども家庭庁が2023年4月に設立される。その基本理念にもあるように、全ての子どもの健やかな成長を願う一方で、こころの問題は低年齢化している現実があり、早期介入が求められている。そのような状況において、清水栄司 千葉大学 子どものこころの発達教育研究センター長のチームが開発した認知行動療法プログラムが効果を上げているという。認知行動療法のスペシャリストであり、著書やメディアへの出演も多数ある清水先生に、今の子どもが置かれている環境と認知行動療法について伺った。

不登校の背景に浮かび上がる「不安感」

―今の子どもたちが抱えている問題について、教えてください

小中学生についてのニュース、と聞いて思い浮かぶ言葉は「不登校」ではないでしょうか。令和2年度における小中学校の不登校児童生徒数は約19万6,000人ですが、その原因の46.9%、ほぼ半数を占めるのが「不安」なのです。

不登校児童生徒数の推移 (出典:令和2年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果の概要(文部科学省)より)

―子どもたちが感じている「不安」とはどのようなものなのでしょうか

不安はネガティブな感情に思えますが、生きものが生存するために必須な感情です。もし草食動物が不安を感じなかったら、すぐに肉食動物に食べられてしまいます。「不安に敏感」は、別の見方をすると「生存能力が高い」と言えるのです。ただ、強すぎる不安感は生きづらさを生みますから、バランスが大切です。

―不安と不登校について、保護者や教師が理解すべきことはありますか?

不登校が問題視される一因に「学校に行くべき」という大人の考えがあります。大人は子どもに対して、意識せずとも「天真爛漫(らんまん)で楽しく暮らしてほしい」という幻想を持っています。学校生活も楽しいはずだ、という思い込みがどこかにあるため「どうして楽しいはずの学校に行きたくないのか」となるのです。

大人が会社でストレスを抱えているように、子どもの世界にもいろいろなストレスがあります。今はさまざまなオンライン教材がありますから家で勉強できますし、心が疲れきっていたら休ませてあげましょう。「不登校」という名前の響きが好ましくないですよね。個人的には「休学」「休養」でよいのではないかと感じています。

―不安を強く感じている子どもへはどのように対応したらよいでしょうか

不安はうつ病などほかの精神疾患の危険因子になるともいわれています。大人になってからこころの病気で治療に来られた方が、実は思春期から生きづらさに悩んでいた、とおっしゃるケースも非常に多くあります。早期に介入し、適切に対応することが大切です。

不安感を自分で対処できる「勇者の旅」プログラムとは

―先生の研究グループは、子どもたちが適切な不安対処スキルを身につける「勇者の旅」プログラムを開発されました。

ヒトは自分の考え方のクセには気づきにくいものです。同じ状況でも考え方によってポジティブに感じたり、ネガティブに感じたりと変わるのです。ネガティブな考えに偏ると、ネガティブな行動につながり、負のスパイラルが止まりません。そうして不安がどんどん大きくなります。 小学校高学年の子どもたちが考え方と行動のパターンを見直し、負のスパイラルを自分で止めるために特任講師の浦尾悠子先生が中心になって開発したのが「勇者の旅」です。勇者となって不安の問題に立ち向かいながら『勇者城』を目指して旅をするストーリーになっており、認知行動療法の理論に沿った再現性とエビデンスのある不安予防教育プログラムです(下記グラフ参照)。

介入グループ(赤線)と対照グループ(青点線)の不安度の変化

小学校5年生の41名を介入グループ、31名を対照グループとして、介入グループに「勇者の旅」を実施。プログラム実施前・実施直後・実施3カ月後の計3回、子どもたちの不安度をスペンス児童不安尺度(SCAS)という質問紙で測定し、その変化を確認した (Urao et al., 2018) 。その結果、対照グループ(青点線)に比べて介入グループ(赤線)の不安度が有意に下がっていた。

―「勇者の旅」はリスクのある子どもだけでなく、学年全員が受講するそうですね。

学年全員が受講することを重視しています。その理由の一つは、不安をあまり感じないお子さんが、不安に過敏なお子さんの状況を理解する「他者理解」へのきっかけを作ること。もう一つは、このスキルが大人になってからも活用できることです。将来、環境の変化などで強い不安を感じても自分で適切に対処できる大人になる、という生涯にわたる効果を期待できます。


-「勇者の旅」プログラムを受けた児童の感想-

不安は自分で小さくできることを初めて知りました。
気持ちのことで困っていたことなどが解決した。
相手の気持ちを前より考えられるようになった。
困ったことや悩むことがあったら、「勇者の旅」を思い出そうと思った。
楽しかった。教えてもらったことを生活に生かしたいと思いました。


オリジナルは1回40分✕全10回でしたが、このたび1回20分✕全14回の短縮版プログラムでも不安軽減の効果が示されました。令和4年度は全国で約30校、3,700名の児童がプログラムに取り組んでいます。今後、より多くの学校で「勇者の旅」が実施され、不安をセルフマネジメントできる子どもたちが増えることを願っています。

プレスリリース:子どもの不安の問題を予防する認知行動療法プログラム「勇者の旅」短縮版の効果を確認

薬と同等以上の効果を持つ認知行動療法と、求められる専門家育成

―「勇者の旅」で採用されている認知行動療法について、詳しく教えてください

認知行動療法とは、「感情」の問題を引き起こしている「認知(考え)」と「行動」の悪循環を、よい循環にもっていくようにバランスをとる心理療法です。不安症やうつ病などのこころの病気に対して、抗うつ薬などの薬物治療と同等かもしくはそれ以上に効果が示されたという研究報告に基づいており、薬のように副作用の心配がないのは大きな利点です。

プレスリリース:抗うつ薬が効かない社交不安症(対人恐怖症)を認知行動療法が改善 ~世界初、臨床試験で実証~

一方で大きな課題が専門家の不足です。公認心理師は「傾聴・受容・共感が9割」と言われるほどじっくりと耳を傾ける仕事ですが、一人1時間かければ、1日で担当できる人数はせいぜい8人が限界です。
傾聴しながら、考え方や行動に介入する技術も問われます。認知行動療法を提供する人材は、博士号を持つ高度な専門家がふさわしいと考え、連合小児発達学研究科※でこころの認知行動科学講座(博士課程)を開講しています。

※5つの国立大学法人(大阪大学・金沢大学・浜松医科大学・千葉大学・福井大学)が提供する、子どものこころの問題に対して科学的な視点で対処できる人材を育成する3年制後期博士課程大学院

本格的な認知行動療法ができるようになるには最低でも2年かかります。そこで、より簡便な認知行動療法を学んでいただくために、小児科医、保健師、教諭、養護教諭、スクールカウンセラーなど、子どもと接触する機会の多い方が受講できる「メンタルサポート医療人養成コース」や「CBTラーニング」も提供しています。「精神的に疲れて、なんとなく調子が悪い」というメンタル不調の段階で、気軽に相談できる人材を増やすことで、早期発見や専門家への連携による早期解決が期待できます。

同時に、より多くの方が認知行動療法へアクセスできるように、カウンセリングのオンライン化やアプリによるセルフケア(デジタルセラピューティックス)も推進しています。

学校現場ではGIGAスクール構想により一人一台デジタル端末が配布されていますね。認知行動療法アプリをあらかじめインストールしておけば、子どもへ直接セルフケアへのつながりを持つことができます。適切なセルフケアとサポートへのアクセスを、全ての子どもに届けられるよう、これからも研究や連携を進めます。

インタビュー / 執筆

安藤 鞠 / Mari ANDO

大阪大学大学院工学研究科卒(工学修士)。
約20年にわたり創薬シーズ探索から環境DNA調査、がんの疫学解析まで幅広く従事。その経験を生かして2018年よりライター活動スタート。得意分野はサイエンス&メディカル(特に生化学、環境、創薬分野)。ていねいな事前リサーチ、インタビュイーが安心して話せる雰囲気作り、そして専門的な内容を読者が読みやすい表現に「翻訳」することを大切にしています。

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連載
子どもの今と未来を拓く

子どもの健やかな成長を支えるための取り組みは欠かせない。現代の子どもたちを取り巻く社会的課題に立ち向かう、千葉大学の研究者による「子どもの今と未来」の研究に迫る。

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