カーボンニュートラル実現のために大学ができること #3

CO2が光触媒で燃料やプラスチック原料に?~化学を使って実現する持続可能な社会 千葉大学 大学院理学研究院 教授 泉 康雄[ Yasuo IZUMI ]

#カーボンニュートラル
2023.04.10

目次

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※記事に記載された所属、職名、学年、企業情報などは取材時のものです

「空気中の二酸化炭素(CO2)を回収して、人間の役に立つ有用物質をつくる」-そんな夢のような技術を開発している研究者が千葉大学にいる。大学院理学研究院の泉康雄教授だ。安価な光触媒*と自然光を用いてCO2を段階的に変換し、燃料や化学産業の原料へと生まれ変わらせる。その研究は、新たなカーボンニュートラルサイクルを実現する手段として多くの注目を集めている。

*光の作用によって反応する触媒のこと。触媒とは化学反応を促進する物質で、反応に必要なエネルギーを下げ反応速度を高める。

「異色」の研究方針で、理想の光触媒開発を目指す

―最初に、先生の専門分野と研究内容について教えてください

私の専門は表面化学です。中でも、固体表面で起こる有用な触媒反応を見つけ、その反応機構を最新の分析法で調べる研究に取り組んでいます。

近年力を入れているのは、大気中のCO2を回収して燃料や資源(プラスチックの原料など)に変換する研究です。まさに「新たなカーボンニュートラルサイクルをつくる研究」だと言えるでしょう。

この研究を進める上でカギとなるのが、「光触媒」という物質です。

―光触媒とは何ですか?

光触媒は、光によって特異的な化学反応を引き起こす物質です。光触媒に光が当たると、触媒内部の「電子」がエネルギーを受け取って動き出します。同時に、もともと電子がいた場所には「ホール」と呼ばれるプラスの空間ができます。この「電子」と「ホール」が光触媒の立役者です。「電子」が周囲の物質に移動したり(還元)、周囲の物質が持つ電子が「ホール」に移動したり(酸化)することで、さまざまな化学反応が起こるのです。

この反応によって空気中の有害物質や臭いの元となる物質、細菌やウイルスなどの微生物も分解することができるため、現在光触媒は空気清浄機や自動販売機、公共のトイレ、建築物の外壁材や屋根材など、さまざまな場所で使用されています。また、空気中の汚染物質を分解することも可能なので、都市環境の改善に貢献することが期待されています。

私の研究では光触媒を使ってCO2を還元し、別の物質に変換しています。

―なるほど。研究内容をくわしく教えていただけますか?

私が使用するのは、酸化ジルコニウム(ZrO2)と呼ばれる光触媒です。酸化ジルコニウムに248 nm以下の波長をもつ紫外線を当てるとCO2がうまく還元される反応を利用して、研究を進めています。

ただし、この反応は酸化ジルコニウム単体ではうまくいきません。「助触媒」と呼ばれる物質が必要です。さらに研究の結果、使用する助触媒に応じて最終生成物が変わることも分かってきました。現時点では、助触媒として銀(Ag)を使用すると一酸化炭素(CO)が、ニッケル(Ni)を使用するとメタン(CH4)が生成されることが分かっています。一酸化炭素は化学産業の原料として使われますし、メタンは燃料として利用できます。

プレスリリース:光触媒でCO2を燃料化する仕組みの謎を解明!~表面酸素欠陥とニッケルとの役割連携が鍵~

また最近は、コバルトを助触媒としてエチレン(C2H4)、エタン(C2H6)、プロピレン(C3H6)やプロパン(C3H8)といったより複雑な物質を生成する研究も進めています。エチレンやプロピレンは燃料になるだけでなく、プラスチックの原料としても活用できる優れものです。

―さまざまな有用物質をつくられているのですね!

そうですね。ですが、私の研究は有用物質をつくって終わりではありません。私は理論計算や分光法などを活用して、光触媒反応の過程を1ステップごとにくわしく解明することに重きを置いているのです。

有用物質の生産自体に重きを置く研究者が多い中、私の研究はある意味「異色」かもしれません。しかし、触媒反応の過程を詳しく解明できれば、より高活性な新しい触媒の設計に役立つはずです。私は、この研究方法が持続可能な社会に必要な触媒開発を進める道だと信じています。

石油からカーボンニュートラルへ

―先生は、昔からカーボンニュートラルの研究に取り組まれていたのですか?

いいえ。最初は、石油を基に有用物質を生成する触媒や窒素酸化物を分解する触媒を研究していました。しかし、環境に配慮した持続可能な取り組みが増える中で、私も再生可能エネルギーを活用した研究に舵を切ることにしました。

再生可能エネルギーと言っても、いろいろありますよね。中でも私が光を選んだ理由は、光を使えば触媒反応の進行を制御しやすいと思ったからです。光は「光子」と呼ばれるエネルギーの塊であり、光触媒に光子が当たるたびに触媒反応が段階的に進みます。そのため、触媒反応を進めたり止めたりしやすく、反応過程を解析しやすいのです。

光の代わりに熱を用いる方法もありますが、高い温度とそれを維持するためのエネルギーが必要なため、持続可能性に欠けます。光触媒は研究しやすいだけでなく、持続可能な社会の実現により貢献できる魅力的な分野なのです。

より高性能な光触媒を開発したい

―現在、先生の研究はどのようなフェーズにあるのでしょうか?

先ほど述べたように、CO2からメタン、エチレン、プロピレンを生成する光触媒の開発を進めているところです。これまでは触媒1グラムあたり毎時0.1ミリモル程度の反応速度しか得られませんでしたが、研究の成果で現在、触媒1グラム当たり毎時1ミリモル程度(最大値)の速度で、高効率に生成物が得られています。

―今後の研究目標を教えてください。

今よりもさらに高性能な光触媒を開発したいと思っています。そのためには、触媒の構造構築や反応制御に関する研究を進める必要があります。例えば、原子が数層だけ重なった半導体(光触媒)をつくり、CO2が還元されやすい反応サイト*を人為的に構築するなどです。また、酸化ジルコニウム以外の高効率な触媒も探したいと考えています。

*触媒の構成成分の内、実際に反応に関わる特定の箇所のこと。「活性サイト」「活性点」とも呼ばれる。

数年後にはコンピューターを使って、これまで蓄積してきた実験成果を基にベストな光触媒を見つけられるシステムも構築したいですね。

従来産業との棲み分けを模索しつつ、今後も研究を続ける

―先生の研究成果を実用化する上では、どのような課題があると思われますか?

高性能かつ手頃な価格で光触媒システムを組めるようになれば、研究を実用化できると思っています。そのためには、CO2からメタン、エチレン、エタン、プロピレン、プロパン、あるいはメタノールやエタノールへの生産効率を今より上げることが必須です。引き続き、研究に力を入れる必要がありますね。

私の研究が実用化すれば、製鉄所や化学工場から発生するCO2をその場で有用物質に変換するといったことも可能でしょう。このように、既存の施設に組み込む方法が実用化の第一歩だと考えています。

―最後に、持続可能な社会を実現する上で重要だと思うことを教えてください。

現在、多くの企業が再生可能な事業へのシフトを目指しています。しかし、コスト面が課題となるケースも多いようです。環境保護とコストパフォーマンスとの両立は、再生可能エネルギー社会における大きな課題となるでしょう。

このような状況では、従来産業との棲み分けを意識した、新たな再生エネルギー産業のあり方を考える必要があるのではないでしょうか。もちろん、私の研究も例外ではありません。

困難はたくさんありますが、「化学を使って持続可能な社会を」を合言葉に、今後も粘り強く研究に取り組んでいきます。

インタビュー / 執筆

太田 真琴 / Makoto OTA

大阪大学理学研究科(修士)を卒業後、組込みSEとして6年間勤務。
その後、特許翻訳を学んでフリーランス翻訳者として独立し、2020年からは技術調査やライティングも手がけるように。
得意な分野は化学、バイオ、IT、製造業、技術系スタートアップ記事。
「この人の魅力はどこか」「この人が本当に言いたいことは何か」を問いながらインタビューし、対象読者に合わせた粒度の記事を書くよう意識しています。

撮影

関 健作 / Kensaku SEKI

千葉県出身。順天堂大学・スポーツ健康科学部を卒業後、JICA青年海外協力隊に参加。 ブータンの小中学校で教師を3年務める。
日本に帰国後、2011年からフォトグラファーとして活動を開始。
「その人の魅力や内面を引き出し、写し込みたい」という思いを胸に撮影に臨んでいます。

連載
カーボンニュートラル実現のために大学ができること

2050年までのカーボンニュートラル実現を果たすための大学の役割とは?千葉大学で行われている研究事例とともに紹介する。

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