カーボンニュートラル実現のために大学ができること #6

カーボンニュートラルに必要な「森林資源」の再評価 ~ドローン×数学×コンピュータグラフィックスを駆使して森を測る 千葉大学 大学院園芸学研究院 准教授 加藤 顕[ Akira KATO ]

#ドローン#カーボンニュートラル#データサイエンス
2023.05.15

目次

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※記事に記載された所属、職名、学年、企業情報などは取材時のものです

カーボンニュートラルを達成するためには、まず二酸化炭素(CO2)の排出量と森林によるCO2吸収量を正確に算出する必要があるという。そこで今回は園芸学研究院の加藤顕准教授に正確な森林の計測データ方法と、千葉大学先進学術賞をはじめとする多数の受賞に至った研究の独自性についてお話しいただいた。 

真のカーボンニュートラル実現のために、森林を3Dで「正確に」測定 

―先生は森林や樹木のデータを「正確に」計測する研究を行っています。正確性にこだわっている理由を教えてください。 

2050年のカーボンニュートラル実現を目指し、新たな技術(二酸化炭素を大気から固定する工学的手法)を導入するなど「攻めの対策」が期待されています。排出されたCO2を吸収し、炭素として蓄積できるのは森林ですので、森林をカーボンニュートラルのために活かすことは重要です。しかし、日本ではこれまで木材資源という側面でしか森林を見てきませんでした。今後は生態系サービス*としてのさまざまな機能にも注目し、総合的に森林を評価するための測定法の見直しや改善が必要になってきています。 

* Ecosystem services。生物・生態系に由来し、人類の利益になる機能(サービス)のこと。 

しかし森林は広大で、誰も全貌が把握できないため、森林域でのCO2吸収量の概算は机上の空論でしかない状況でした。そこに、私はエビデンスでより正確な計測ができる方法を提案してきました。森林資源を正しく測定し、世の中に森林の価値をよりわかりやすく明示し、保全を推進する。いわば、今ある森林を維持することで実現できる「守りの対策」が私の仕事です。 

―どのようにして正確なデータを取得できるようになったのですか 

私が研究を始めた20年前は衛星画像を利用して森林のモニタリングを行っていましたが、衛星画像では上空から見える葉の部分(キャノピー)の情報しか得られませんでした。しかし、CO2を吸収して炭素として蓄積しているのは、ほとんどが幹の部分です。そのため、樹木の幹の正確な測定が必要です。 
近年のリモートセンシング技術の進歩により、どんなに複雑な構造をもつ樹木であっても、レーザーによって正確な3Dデータが容易に入手できるようになったのです。 

レーザーで取得した3次元データ(左が針葉樹、右が広葉樹)

ただし、3Dデータを正確に解析できる人がいませんでした。幹は真円ではないのに、円に近似させて解析していたため大きな誤差が生じていたからです。私はそこに目をつけ、ゆがんだ幹でも正確に幹の体積を計測できる技術を開発しました。これこそが、世界中の機関から共同研究のオファーが届く私の強みです。 

従来の手法(左)では得られたドットを正円に近似させていた
新たな手法(右)ではドットがマッピングされたそのままのデータから断面積を算出、倒木しなくても正確なデータが得られる

多分野を横断した視点から導いた独自技術 

―なぜ、誰も成し得なかった計測技術の開発に成功されたのでしょうか? 

異なる分野の視点を得たことにあります。樹冠(葉で覆われている部分)の体積を簡単に把握する方法を探索するために、2003年からワシントン大学の森林学部に留学しました。当時そこで使われていた方法は、数式を多用した非常に複雑なものでした。 
自分の持っている知識だけでは突破口が見出せず、数値シミュレーションを用いて研究を行っていた数学科の先生に相談してみました。すると数学とコンピュータグラフィックスを掛け合わせたニューラルネットワークという手法を勧められたのです。 

その内容を理解するために、数学科やコンピュータグラフィックの学部授業を受講したことが功を奏しました。ワシントン大学のコンピューター学部は、マイクロソフトなどが出資しているトップレベルの学術機関です。優秀なIT系の学生しかいない中、そのプログラミングレベルに追い付けるよう、寝る間も惜しんで勉強しました。 

森林分野の学生が受講するのは非常に稀でしたが、分野に関係なく多様な学生を引き受けるアメリカ教育の寛容さのおかげで、世界で初めて「どんな複雑な形状も正確に測定できる技術」を開発できました。情熱があれば何でもできるということを実感できたのは、私の人生にとって大きな意味がありました。 

―15年前にコンピュータグラフィックスを学んだ森林系の研究者は希少だったでしょうね。どのように研究に生かされたのですか 

3次元データにもう1次元追加して境界面(森林の複雑な表面形状)を創り出すという全く新しい発想を得ました。数学のシミュレーションの世界では用いる手法ですが、数学科の先生と出会わなかったら思いもつかなかった方法です。 

同じ分野の人と同じ物の見方をしていたら解決できない問題が、違う分野の視点から見ることで鮮やかに解決できる例が研究の世界では数多くあります。この実体験から、横断的な視野を持つことの大切さを学びました。 

―とても順調そうですが、これまで大変だったことはありましたか? 

少し前まで3次元データのセンサーは1台1,000万円するほど高価で、気軽にフィールド調査に持ち出せず、研究のボトルネックになっていました。そこで千葉大学環境リモートセンシング研究センターで、使い勝手のよい地上レーザーを搭載したセンサーを安価に製作いただき、大量のデータを取得できるようになりました。この「Made in 千葉大学」のセンサーの導入こそが、私の研究のブレイクスルーになりました。 

森林の生態から、森林火災の根本原因を探る 

―森林にまつわる現象では、近年の大規模な森林火災が気になっています 

森林を火災で焼失すると、炭素蓄積量も大きく損失するため再計算が必要です。そこでアメリカ森林局と共同で、森林火災によって消失した面積とバイオマス量*を、3次元データを用いた解析で算出するプロジェクトを進めています。 

*生物資源(bio: バイオ)の量(mass: マス)を表す概念。エネルギーや物質に再生可能な、動植物から生まれた有機性の資源 (この場合は森林) のこと。 

得られた3Dデータをボクセル(ボリュームとピクセルから作られた造語、2次元のピクセルに相当する3次元の単位)という数値に置きかえて、バイオマス量の差異を算出する 

大規模な森林火災の原因は気候変動との報道もありますが、過去30~40年の衛星画像から解析すると、森林の自然更新のサイクルは森林火災をはじめとする森林撹乱(かくらん)を組み込んでいるのです。 

森林はある程度大きくなったら自然発火による火災を受け入れ、焼けた土地に植物が新たに再生して豊かな森林を形成し続けます。しかし都市開発が進むと、住居周辺の森林で火災は抑制され、火災の自然発生サイクルが狂ってしまいます。本来ならば燃えて更新するはずの樹木が密集して蓄積し、大火災が起きやすい森林の状態が人為的に形成されてしまうのです。 

―自然のサイクルに合わせた森林の管理手法が必要なのですね

防災面、そして資源面から森林の適切な保護・維持管理が求められます。CO2排出量が取引される現代社会では、森林は単なる木材資源ではなくCO2を吸収する土地として価値が見直されています。日本企業においても森林へ投資する取り組みが活発化しています。国全体として森林を適切に管理し、真の価値を正しく測定して明示する必要性があります。 

しかし森林を誰が世話するのか?と考えた場合、林業現場では高齢化と労働者不足も大きな課題です。そこで、人が操縦不要である自走ドローンで森林を自動で計測できたら、人手不足によって放棄される森林が少なくなると考えました。このアイデアは千葉市産業振興財団の第20回「ベンチャー・カップCHIBA」においてアグリビジネス賞をいただきました。 
GPS不要で森林を自動走行できるドローンを千葉大学工学研究院附属インテリジェント飛行センターの鈴木智准教授と開発中です。この技術を応用して、日本全体の「森の健康状態」を自動で計測できるシステムを作るプロジェクトも推進しています。 

開発中の「GPS不要で森林を自動走行できるドローン」

―私たちが樹木のためにできることはありますか? 

身近な街路樹も重要な存在です。街路樹は、都市での熱の緩和、大気汚染物質の除去、斜面で水や土砂を保持する力のほか、私たちに安らぎを与えてくれます。身近な樹木からも生態系サービスを受けていると知ることが樹木保全の第一歩です。 

また、街路樹のさまざまな機能を簡単に評価できるi-Treeというアプリがあります。ニューヨークではi-Treeによって州全体の樹木計測を市民主体で行い、個々の街路樹データをウェブで公開しています。車椅子ユーザーにレーザーセンサーをつけてもらい、街路樹のデータ収集をしてもらうなど、3次元データの取得技術を活用することができれば、誰もが樹木測定を通して社会参加できるインクルーシブな社会を実現できるかもしれません。理想の未来に近づけるよう、木を見ながら新しい技術を開発しています。 

インタビュー / 執筆

安藤 鞠 / Mari ANDO

大阪大学大学院工学研究科卒(工学修士)。
約20年にわたり創薬シーズ探索から環境DNA調査、がんの疫学解析まで幅広く従事。その経験を生かして2018年よりライター活動スタート。得意分野はサイエンス&メディカル(特に生化学、環境、創薬分野)。ていねいな事前リサーチ、インタビュイーが安心して話せる雰囲気作り、そして専門的な内容を読者が読みやすい表現に「翻訳」することを大切にしています。

撮影

関 健作 / Kensaku SEKI

千葉県出身。順天堂大学・スポーツ健康科学部を卒業後、JICA青年海外協力隊に参加。 ブータンの小中学校で教師を3年務める。
日本に帰国後、2011年からフォトグラファーとして活動を開始。
「その人の魅力や内面を引き出し、写し込みたい」という思いを胸に撮影に臨んでいます。

連載
カーボンニュートラル実現のために大学ができること

2050年までのカーボンニュートラル実現を果たすための大学の役割とは?千葉大学で行われている研究事例とともに紹介する。

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