カーボンニュートラル実現のために大学ができること #7

海の上での風力発電普及を目指して〜洋上風力マネジメント人材を産学で育成 千葉大学 大学院工学研究院 教授 / 副学長 (研究・産学連携担当) 武居 昌宏[ Masahiro TAKEI ]

#カーボンニュートラル
2023.07.18

目次

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※記事に記載された所属、職名、学年、企業情報などは取材時のものです

カーボンニュートラルの切り札として期待されている洋上風力発電。千葉大学を含む5大学5発電事業者による「産学のコンソーシアムによる洋上風力発電大学教育カリキュラム等整備事業」は、経済産業省資源エネルギー庁の「令和4年度 洋上風力発電人材育成事業費補助金」に採択された。洋上風力発電分野の人材を育成するために、千葉大学はどのように取り組むのか。研究・産学連携担当の副学長で、大学院工学研究院の武居昌宏教授に伺った。

洋上風力の導入促進に資する人材育成カリキュラムを策定

―まず、洋上風力発電について教えてください。なぜ洋上風力発電は注目されているのでしょうか。

2050年カーボンニュートラルの実現に向けて、洋上風力発電が再生可能エネルギーの主力電源の切り札として、エネルギー問題を解決できる夢の技術だからです。風力発電は、沿岸部や山岳部などですでに商業利用されています。しかし、一般的に洋上のほうが陸上よりも風が強く、そして安定的に吹いています。陸上の風力発電設備より巨大化できることもあり、発電電力量を大きくできます。

すでにヨーロッパでは洋上風力発電にかなり力を入れており、今後大きな電力ソースになると考えています。日本は海に囲まれているので、洋上風力発電に適した環境だといえます。2023年5月時点で、洋上風力発電の促進区域として経済産業大臣・国土交通大臣から指定されている中で事業者選定済となっているのは長崎県、秋田県、千葉県の3県4カ所です。

NEDO 次世代浮体式洋上風力発電システム「ひびき」 (北九州市様ご提供)

―今回「洋上風力発電人材育成事業費補助金」に採択された事業について教えてください。 

採択された「産学のコンソーシアムによる洋上風力発電大学教育カリキュラム等整備事業」では、長崎大学が代表となり千葉大学をはじめ、秋田大学、秋田県立大学、北九州市立大学、そして発電事業者5社*が産学連携のコンソーシアムを形成しました。 

*九電みらいエナジー株式会社/三菱商事洋上風力株式会社/株式会社JERA/東京電力リニューアブルパワー株式会社/中部電力株式会社 

長期的かつ安定的に洋上風力発電が普及するためには、単に洋上風力発電のみが実現できればいいというわけではありません。エネルギーマネジメントや地域創生など、洋上風力の事業開発に携わる深い専門知識と現場実践力を備えた高度専門人材が必要となります。こうした人材を育成するカリキュラムを産学連携で策定するのが本コンソーシアムです。

地域創生とアントレプレナーシップ教育の強みを活かす

―コンソーシアムではこれまでどのような取り組みをしてきましたか。

まず、大学教育カリキュラムが育成すべき人材像をまとめました。場所も背景も文化も違う5大学と5事業者で定期的に議論し、「将来的に洋上風力のプロジェクトマネジメントを担える素養を有する人材」が重要だという結論に達しました。

具体的には、技術・金融・法務・地域連携等、洋上風力分野全体にわたる基盤的知識を有する人材です。地域創生という目的のために、分野横断的に人的ネットワークを構築してプロジェクトを推進することが必要となります。また、洋上風力発電はヨーロッパが先行しているので、グローバル市場に対応した国際コミュニケーション力も求められます。もちろん、学問における深い専門性を有する人材や、イノベーションによって洋上風力産業の発展に寄与する人材も育成します。

各大学がもつ強みを活かして、産学連携型共同講座を立ち上げてはどうか、というアイデアも出ています。この案については現在協議しているところです。

―そのような人材育成の中で、千葉大学の強みは何でしょうか。

地域創生とアントレプレナーシップ教育です。洋上風力発電に限定した人材育成ではなく、カーボンニュートラル全体や、地域のエネルギーマネジメントができるなど、エネルギー分野全体の幅広い人材を育成することが私たちの目的です。

また、コンソーシアムによる人材育成事業とは別に本学独自の取り組みとして、洋上風力発電の促進区域の一つである銚子沖ゾーンのあるべき姿のグランドデザインの調査・分析を行う予定です。事業者や銚子商店街の方々との対話を通じ、人文社会学系の教員も一緒となり本学がもつ総合知を活かして、たとえば町おこしやスタートアップ企業の誘致も視野に入れています。

見えない流れを視えるに

―ここからは大学院工学研究院教授としての武居先生に、ご自身の研究について伺います。どのような研究をされていますか。

「『見えない』を『視える』に」をキーワードに、目では見えない水や空気の流れている空間を光や電気を用いて視えるようにする可視化技術の開発やその背景にある流体力学、さらには、産業界におけるイノベーション創出を目指しています。

たとえば、風は目には見えませんが、さまざまな装置を使うことで可視化できます。私自身も風力発電に関する研究は10年ほど前に、故野口常夫博士と本多正明博士と連携して盛んに行い、陸上に設置される新規な垂直軸型(ジャイロミル型)の風車の翼(よく)周辺の圧力分布や速度分布の可視化に取り組みました。流体計測手法である粒子画像流速測定法(Particle Image Velocimetry: PIV)を応用して、3次元空間と時間の4D可視化計測技術を開発しました。4D-PIVから得られたデータは、新規な翼型の翼を用いた「シグナスミル」の性能向上につながりました。

「シグナスミル」はその特殊な翼型形状により、抗力と揚力の両方を得て効率よく回転するという特徴があります。低い風速で回転を始め、高い回転トルクを発生させることで、安定した発電が可能です。現在、シグナスミルは民間企業に技術移転され、社会実装されています。

シグナスミルの翼周囲の圧力分布と速度ベクトル分布 本多正明氏よりご提供
出典:後縁に切欠きのある翼型を用いた垂直軸型風車周りの流れのPIVによる計測
2016年度『PIV計測による後縁に切欠きのある翼型を用いた垂直軸型風車周りの風車効率に影響する流れの研究』にて千葉大学から博士(工学)授与
https://www.taiseix.net/episode/3/
社会実装されたシグナスミル 大誠テクノ株式会社よりご提供

―今はどのような可視化技術に取り組んでいますか。

最近の研究では、電気トモグラフィーという技術を用いて、物質の内部で気体や液体といった流体が流れている様子を超高速で多次元的に可視化することに取り組んでいます。対象は多岐に渡り、回転機械やプラントのような大規模なもの(写真左)から、血管や細胞といったミクロな生体内(写真右)まで、あらゆる分野の流体を可視化しています。

この技術を活かし、リンパ浮腫の症状を簡便かつ早期に発見できる医療機器を開発中です。ウェアラブルセンサを装着するだけで発症初期の水分量とタンパク質量を測定し、スマートフォンや専用の端末でも診断情報を「視える化」できるようになれば、これまで病院で行ってきた検査よりもはるかに簡単かつ極低侵襲的で、自宅でも実施できるようになります。

科学技術振興機構(JST)のご支援をいただき、2年後の実用化と起業を目指し、研究室のチームで一丸となって取り組んでいます。

ある物質に電流を流すことで生じる電圧の分布から、画像再構成アルゴリズムにより、物質の内部の電気的特性の分布を3D空間+時間の4Dで可視化する技術。産業分野では材料の欠陥や流体の分布の検査、医療分野では体内の組織や器官の状態を評価するために応用されている。X線・CTよりも時間解像度が高く、より安価・簡易・非侵襲的に可視化計測を行うことが可能。

「いかに分かり易く教えるか」をモットーに

―武居先生が流体の研究をやろうと思ったきっかけはなんですか。

恥ずかしながら大学時代、とある授業のレポートの提出がギリギリになってしまい、研究室に直接届けに行ったところ、教授に熱心な学生だと思われたようで声をかけていただくようになりました。その教授の専門が流体力学の研究で、研究室に出入りして実験の手伝いをするうちに流体力学の研究に興味がわき、専門として究めてみようと思いました。

ところが実際に研究を始めてみると、流体を解析するための数学がとても難しい。昔の大学教授は(今もかもしれませんが・・・)、難しい数学を難しく教えようとします。そこで、難しい数学や物理を「いかに易しく教えるか」ということを常に心がけています。『マンガでわかる流体力学』(オーム社)など、教科書や参考書を多く手がけ、最近では関東工学教育協会賞(著作賞)もいただきました。

お客さん(学生)の視点に立って「分かり易く」をモットーに教えることは、人材育成やマネジメントにおいてとても重要だと思います。

日本語をはじめ6カ国語で出版された『マンガでわかる流体力学』

―最後に、研究活動における千葉大学の特色を教えてください。

千葉大学は、今回のコンソーシアムのように産学連携に積極的な大学です。私自身、教授と副学長の2つの肩書きをもっていて、研究だけでなく産学連携のマネジメントも行っています。ほかの大学や企業と連携する中で、研究能力と同時にマネジメント能力を深めることができる環境が整っています。カーボンニュートラルにおける研究・技術開発を目指し、かつ多くの人を巻き込みたいと考えている方にとって、千葉大学は魅力ある活動の場だと思いますよ。

インタビュー / 執筆

島田 祥輔 / Shosuke SHIMADA

名古屋大学大学院理学研究科修了。
食品メーカーで製造および商品開発を経験後、2012年からフリーランスライターとして活動中。
得意分野は生命科学、医学。記事には情熱を注ぎつつも正確性を重視し、誇張なしでサイエンスの魅力を広げることに注力します。

撮影

関 健作 / Kensaku SEKI

千葉県出身。順天堂大学・スポーツ健康科学部を卒業後、JICA青年海外協力隊に参加。 ブータンの小中学校で教師を3年務める。
日本に帰国後、2011年からフォトグラファーとして活動を開始。
「その人の魅力や内面を引き出し、写し込みたい」という思いを胸に撮影に臨んでいます。

連載
カーボンニュートラル実現のために大学ができること

2050年までのカーボンニュートラル実現を果たすための大学の役割とは?千葉大学で行われている研究事例とともに紹介する。

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