デザインのチカラ #3

子どもが夢中になれるあそび場づくり ~創造性を育む遊具デザイン  千葉大学 デザイン・リサーチ・インスティテュート 教授 / 副センター長 原 寛道[ Hiromichi HARA ]

#dri#デザイン
2023.09.04

目次

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※記事に記載された所属、職名、学年、企業情報などは取材時のものです

千葉大学墨田サテライトキャンパスで「あそび大学」という取り組みが始まっている。近隣の工場から提供いただいた素材を自由な発想で活用できる、“子どもたちだけ”の魅力的なあそび場だ。立ち上げのキーマンであるデザイン・リサーチ・インスティテュートの原 寛道教授は、遊びにおける子どもの主体性をなによりも大切にしている。遊具デザインから「子どもが創造性を発揮して、継続して遊べる場づくり」を実現した、その哲学と深い観察眼についてうかがった。

現代の子どもと遊びを取り巻く課題

―最近、公園についてさまざまなニュースを耳にします。公園を取り巻く状況について教えてください

ひとことで言うと老朽化です。国土交通省の調査(2022年発表)によると、設置されている約半数の遊具が20年以上経過しており、安全点検の強化や撤去・入れ替えが必要な遊具は少なくありません。老朽化した遊具での事故も起きています。しかし、自治体には人手と予算に余裕がなく、後回しになっている状況です。

―国による法整備はないのでしょうか

国土交通省は「都市公園における遊具の安全確保に関する指針」(2002年)を作成するなど、公園の安全性については20年以上も前から議論されてきました。しかし安全確保を重視する方針は、残念なことに、子どもにとって魅力の乏しい遊具の設置や、異年齢間の遊びを排除する方向へと舵(かじ)を切ってしまったのです。

そこに時代の変化も加わります。子どもの遊ぶ声を「騒音」ととらえる声や、管理者不在による公園閉鎖、都市開発による空き地の減少など、子どもが子どもらしく楽しく遊べる場所がどんどん消えています。

禁止事項が細かく設定されている遊具

―複数の理由が重なり合って、魅力ある公園が減っているのですね

「禁止されていない範囲で」安全に遊びましょう――これでは、自由な発想は生まれません。非常に受け身な状態だからです。遊びの主体は子どもであって、親や管理する自治体ではありません。
これまで子どもたちの遊ぶ姿を観察してきましたが、子どもが最も生き生きとしているのは、心の底から「遊びたい」と感じて遊びに没頭しているときです。そこで私は、没頭して遊べるような、創造性をかき立てる遊具デザインについて研究を始めました。

―子どもの様子を深く観察されていますね。遊具デザインを始めるきっかけは何だったのでしょうか

大学生時代に所属していた工学部……ではなく(笑)、穏やかな雰囲気にひかれて入った人形劇サークルです。人形劇は想像以上に「ライブ」であり、観客とその場で創りあげる点が音楽や舞台芸術と通じるものがありました。しかも子どもの感性は正直で、こちらが全力で演じていると集中力の高まりが伝わってくるのです。遊具は公共的な場で子どもの遊びと関わるモノです。人とモノの関わりの理想的なあり方が、遊具を通して提案できないかと考えました。

プレーパークで見いだす遊具デザイン

―遊具のデザインは、どのように行われたのですか?

まずユーザーについて深く知るために、子どもたちと一緒に遊びました。気楽に遊ぶということではなく、徹底して遊びの本質を見極めるための実践調査です。立場としては参与観察者*となります。私たちも子ども=当事者になりきることが必要です。

*参与観察者:研究対象である集団に加わり、行動をともにしながら観察を行う調査者のこと。

調査地に選んだプレーパーク・わんぱく天国(墨田区)

―プレーパークとは、普通の公園と何か違うのですか?

子どもの「やってみたい」気持ちを尊重し、できるだけ禁止事項を減らした「自分の責任で自由に遊ぶ」遊び場です。1940年代にデンマークの造園家でもあったソーレンセン教授が提案し、ヨーロッパに広まったのちに1979年に日本初のプレーパークが誕生します。

プレーパークには、子どもの興味・関心を引き出すコーディネーターである「プレーリーダー」の存在が欠かせません。今回も学生がプレーリーダーとして参加し、調査・観察を行いました。

わんぱく天国で遊ぶ様子

すると、創造性をかき立てるには「偶然性」が重要だと気づきました。従来の遊具は安全のために固定され、想定できる動きしかしません。これでは子どもたちは途中で飽きてしまいます。プレーパークにある遊具や工具は遊び方が何通りもあり、新しい遊び方を見つける楽しみにあふれています。そしてダイナミックな遊びだけでなく、のんびり、ひっそりと静かに過ごしたい子どもの存在も尊重し、秘密基地のように、いい具合に「閉じた空間」も生み出せる遊具にしよう、と方向性が固まっていきました。

―そうして先生がデザインされたmopps(モップス)、従来の遊具からは思いつかないユニークな形をしています

第15回キッズデザイン賞「子どもたちの創造性と未来を拓くデザイン賞」受賞など高く評価された

移動させて遊べるデザインにして、固定遊具の問題点を改善しました。子どもたちが協力しながらパーツを運び、遊ぶ場所も自由に選べる「子どもが主体」の遊びを可能にします。パーツの組み合わせでさまざまな遊び方ができますし、つなげるときに「パチッ」とはまる形状にして五感を刺激する工夫もしました。

moppsでのびのびと遊ぶ子どもたち

それぞれのパーツは入れ子構造になっていて、コンパクトに収納できます。同時に、パズルのような性質を持ちますから、「楽しかった!」という気持ちで帰路につけます。
遊具で最も重要な安全性については「見えない危険(ハザード)は細心の注意を払って排除、受容できる危険(ベネフィット・リスク)はあえて残す」という理念で設計しました。

活動拠点として地域に貢献する「あそび大学」

―墨田のサテライトキャンパス内に、「あそび大学」が誕生しました。名前を聞くだけでも楽しそうです

墨田区の町工場からいただいた素材を使って、子どもたちが自由な発想で遊べる「こどもたちだけのあそび場」です。廃材から新しい価値を見いだすクリエイティブかつ主体的なあそびです。
墨田では以前よりNPO法人のChance For Allさん、一般社団法人のSSK(旧すみだ青年協力会)さん、Seki Design Lab.さんがそれぞれ子どもの遊び場・居場所づくりの活動をされていました。今回、千葉大学がサテライトキャンパスの一部を提供し、これまでのすばらしい活動が集約したあそびの拠点が生まれました。

千葉大学という学術機関が加わることで、「あそびの大切さ」を大人が再認識し、子どもが親の顔色をうかがうことなくのびのびと遊べる心理的な安全性を構築できたのではないかと考えています。この流れを未来へつなげていくためにも、千葉大学の活動が地域の皆さまに信頼され続けなくてはならないな、と気持ちを引き締めています。

―今後の展望はありますか?

「あそび大学」に加え、千葉大学の墨田サテライトキャンパスおよび、下町人情キラキラ橘商店街にある世代間交流の場「キラキラ茶屋」で、放課後の子どもたちの主体的な遊びの発展を目指す「キラキラきっずくらぶ 」を、2020年からゼミ生と展開している

「あそび大学」での知見を地域の小学校へ展開できたらと考えています。現代の子どもは習い事や塾通いに忙しく、社会のシステムで子ども同士の関係性が分断されています。しかし、小学校には多様な子どもたちが集まるという価値があります。ICT化が進み授業がオンライン配信可能になり、小学校での活動では遊びや人との交流が重要性を増しているのかもしれません。あそび大学での自由なものづくり、地域の工場から頂いた素材を通した地場産業の理解など、教科書や指導要領にはない新しい学びにもつながる可能性を秘めています。

―最後に、先生の考える「デザイン」について教えてください

人に使われ、場を豊かにし、喜ばれてこそデザインとしての価値があると考えています。

デザインはあくまで目的を実現するためのツールです。デザインのためのデザインは不要ですし、0から1を生み出すのはアーティストの役割です。すでにあるものの視点をずらして、多くの人々に喜ばれるものを作るのがデザイナーの役割と考えます。

学問としてのデザインはドイツの美術学校バウハウスから始まって、100年程度の歴史しかありません。これからのデザインに対する解釈はきっと変わっていくでしょう。今はデザインと思われていないものが、将来はデザインの領域に組み込まれるかもしれません。デザインに興味のある学生のみなさん、一緒にデザインという名のフロンティアを開拓しませんか。

インタビュー / 執筆

安藤 鞠 / Mari ANDO

大阪大学大学院工学研究科卒(工学修士)。
約20年にわたり創薬シーズ探索から環境DNA調査、がんの疫学解析まで幅広く従事。その経験を生かして2018年よりライター活動スタート。得意分野はサイエンス&メディカル(特に生化学、環境、創薬分野)。ていねいな事前リサーチ、インタビュイーが安心して話せる雰囲気作り、そして専門的な内容を読者が読みやすい表現に「翻訳」することを大切にしています。

撮影

関 健作 / Kensaku SEKI

千葉県出身。順天堂大学・スポーツ健康科学部を卒業後、JICA青年海外協力隊に参加。 ブータンの小中学校で教師を3年務める。
日本に帰国後、2011年からフォトグラファーとして活動を開始。
「その人の魅力や内面を引き出し、写し込みたい」という思いを胸に撮影に臨んでいます。

連載
デザインのチカラ

千葉大学墨田サテライトキャンパスに設置された、未来の生活をデザインする実践型デザイン研究拠点「デザイン・リサーチ・インスティテュート(dri)」を拠点に、さまざまな専門分野でデザイナーとして活躍する先生方の研究・活動を紹介する。

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