デザインのチカラ #6

モビリティがつなぐ人と社会~デザインがかなえる、やさしい「移動」のかたち 千葉大学 デザイン・リサーチ・インスティテュート 特任教授 根津 孝太[ Kota NEZU ]

#デザイン#dri
2023.11.27

目次

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※記事に記載された所属、職名、学年、企業情報などは取材時のものです

「向かいにある自動車工場さん、あそこおもしろいですね。変わった車がいっぱいあるんですよ!」サテライトキャンパスのある墨田の話になると、さらに目をキラキラと輝かせたのは、鮮やかな赤い髪のプロダクトデザイナー、千葉大学 デザイン・リサーチ・インスティテュート(dri)の根津孝太特任教授。モビリティ(乗り物・移動性)を通してデザインするのは、人とのつながりやかけがえのない体験だ。

デザイナーはチームのファシリテーター

「絵をさらさらっと描くことだけが、デザイナーの仕事じゃないんです」静かな声で、彼は言った

プロダクトデザイナーは、チームのコミュニケーター役です。よほどの天才を除くと、デザイナー1人で生み出せるクオリティには限界がある。一方チームで挑むと、ときに天才を凌駕(りょうが)するモノが作れます。そのとき大切なことは、デザイナーが積極的にメンバーと対話することです。世の中にないものを作ろうとすると、全く意見が出てこないこともあります。そこで、それぞれの思いを引き出し、言語化しながら少しずつ形作っていきます。

生き物のような生命感を持ち、メンタルケア等の観点からも注目されている グッドデザイン金賞 2020(経済産業大臣賞)など多数受賞

また、プロダクトを世の中に出すことがゴールではありません。むしろ「自分たちが考えた最高」の製品がお客さまに受け入れられるか、という仮説検証のスタートです。モノづくりにおいてはお客さまもチームの一員なのです。その代表的な例が「だんだん家族になっていく」をコンセプトにしたロボットです。

反対意見は宝の山。必須アイテムは「コミュニケーション」

「敵が現れるとワクワクするんです」インタビューの中で、まるで少年マンガのような言葉が飛び出した

自分が大学生の頃と比べると今の学生さんは本当にしっかりしているし、自分より精神的に大人だなって思う方もいます。ただ、グループワークがやや苦手なのか、ちょっと意見が違ったらそこで諦めちゃう人もいる。けれども社会にでると仕事はほとんどグループワークで、グループの中に相性の合わない人は必ずいます。もし、「よいモノを作りたい」と同じ思いを持っているのに意見が対立したなら、それはコミュニケーションが足りないだけかもしれません。

このように思えるのは、愛・地球博*に出展した車両のコンセプト開発リーダーをしたときの経験からです。あるメンバーが、苦労して提案したアイデアをことごとく却下したのです。チームのモチベーションは急落し、リーダーの私は困り果てていました。

しかし、その方は以前クレーム対応の部署にいたことを偶然知ったのです。彼はやみくもに反対していたわけではなく、顧客からの想定クレームを伝えてくれていたのです。
それを理解した瞬間、彼に対するリスペクトが生まれ、反対意見に対しても真摯に説明するようになりました。すると彼の態度も次第に柔らかくなり、関係も改善してプロジェクトは無事成功しました。

*2005年に「自然の叡智」をテーマに愛知で開催された国際博覧会(愛知万博)。根源にあるコンセプトは「動いて出会う」

新しいチャレンジに対して拒絶反応はつきものですが、それをていねいにひもとき、自分の想いを伝え、相手の真意を引き出して、わかり合っていく過程が大好きなのです。反対意見や拒絶という表面の「苦いパウダー」に隠された「甘い宝物」、それを手に入れる必須アイテムがコミュニケーションです。

学生のアイデアを最大限に引き出すフラットな関係

2022年にdriの特任教授として千葉大学に着任、墨田サテライトキャンパスで後進の指導にあたっている

毎週金曜日、午前は墨田区の観光プロジェクトに携わる学生たちを、午後はモビリティデザイン研究室の学生たちを指導しています。自分の持っているスキルや経験という火種を学生に惜しみなく提供して、アイデアの協創を楽しんでいます。

墨田観光プロジェクトでは、クライアントが存在するリアルな仕事に学生が参加するメリットを実感しています。通常の卒業研究とは異なり、クライアントが納得できるものを期日内に納品しなければなりません。クライアントの期待を超える、学生ならではのアイデアをプラスした最高のものを開発しようと、私も学生たちと毎週頭を絞っています。現役のデザイナーが本気で悩む姿を見てもらう、これも私なりの教育だと思っています。

2022年度のプロジェクト「ウキヨAR」二次元バーコードから浮世絵風の写真が撮れる歴史観光案内板を学生と作成

「全員がスタイリングデザインをバリバリこなす研究室」――そう思われがちなモビリティデザイン研究室ですが、学生のやりたいことを尊重しています。マンガがとても上手な学生が、自動運転のバイクをテーマにしたマンガを描いて卒業研究を行いました。マンガを読んだ前後で、自動運転バイクの受け入れられ方にどのような変化が生じるか、という社会心理からモビリティに切り込んだオリジナリティあふれる研究です。

卒業研究:自動運転のバイクをテーマにしたマンガ

driは単なる建物ではなく、本物の「クリエイティブな活動の拠点」にしたいと考えています。朝から夕方まで学生たちとの真剣勝負で毎週へとへとになりますが、何物にも代えがたい刺激と充実感を得ています。

モビリティデザイン研究室の学生たちとの一枚。真剣勝負はここで行なわれている。

「かわいがられる車」を素材で生みだす

先生本人も千葉大学工学部工業意匠学科の卒業生だ。どのような学生時代を送ったのだろう

学校で寝泊まりするほどまじめに課題に取り組みました。特に、素材の力が持つ影響力を卒業研究で学びました。素材を変えるとモノの存在感が変わり、世の中での受け入れられ方も大きく変わります。2016年には、自動運転が広がる未来も見据えて、素材が持つ力を小さな電気自動車のデザインに応用しました。

卒業研究で作成した自転車

車は人に対して圧倒的な強者です。ぶつかれば、人の命を奪うこともあります。自動運転の安全性試験は緻密になされていますが、誰も100%の安全は確約できません。人と車がぶつかったときに、「かわいそう」「ぶつかってごめんね」と思わず車のことも心配するような、高齢ドライバーや歩行者と共存できる車を作りたかったのです。

未来では、自動運転車が人格を持った社会の一員としてみなされると考えています。それならば、かわいがられる小さくてやわらかい車がいい。従来の鉄ではなく柔らかい発泡ウレタンと布製にしよう。布なら自由に着せ替えもできるな、とアイデアがどんどん湧いてきました。

「小さい・軽い・やわらかい」布製やわらかボディの超小型モビリティ 日本感性工学会かわいい感性デザイン賞 最優秀賞を受賞(2016)

人との出会いを創りだすモビリティ

なぜモビリティをデザインするのか、活動の根源を聞いてみた

コロナ禍で現れた新しい選択肢「リモート」ですが、ストレスを感じた声も多くあり、移動する意味を改めて自問しています。すると、人は移動によって支えられているのかもしれない、移動は基本的な人権の一つではないか、そんな答えが浮かんできました。

株式会社オリィ研究所が開発したコミュニケーション型ロボットは、さまざまな理由で外出が難しい方の代わりにその場に行き、リアルタイムのコミュニケーションを可能にします。寝たきりの人がロボットを使って旅ができるなんて、究極のモビリティの姿のひとつではないでしょうか。

私は、このコミュニケーション型ロボットが搭乗して、飲食店などでの接客や運搬を可能にするためのデザインを担当しました。すべての人の社会参加を実現するという理念に、強く共感しています。

「ベッドの上にいながら会いたい人と会い、社会に参加できる未来の実現」を理念に開発

行きたい場所を訪れ、人と出会う。人とつながることで孤独が解消され、未来を大切に思う気持ちが芽生える。モビリティは世界の平和につながる装置なのかもしれません。

モノを見る目の解像度を上げる

最後に、プロダクトデザインに興味を持っている方へのアドバイスをもらった

何にでも興味を持って、社会を見る目の解像度を上げてみてください。世の中のモノは、誰かが創ったから存在しています。「どんな理由で?どうやって?どんな素材で?」と作られたプロセスを想像しながら、いくつもの視点で追求してみてほしい。いろいろな事象に興味を持つと、世の中に対する解像度が上がり、どんどん新しい側面が見えてきます。

そこに、「こうしたらいいんじゃないか」という自分なりの問題意識が芽生えます。それこそがデザインの種であって、日々の思考の中で醸成されていくものです。解像度が上がると、考える癖がついて、モノを生み出す力が自然と高まっていきます。あなたのアイデア、ぜひ聞かせてください。墨田サテライトキャンパスで待っています。

インタビュー / 執筆

安藤 鞠 / Mari ANDO

大阪大学大学院工学研究科卒(工学修士)。
約20年にわたり創薬シーズ探索から環境DNA調査、がんの疫学解析まで幅広く従事。その経験を生かして2018年よりライター活動スタート。得意分野はサイエンス&メディカル(特に生化学、環境、創薬分野)。ていねいな事前リサーチ、インタビュイーが安心して話せる雰囲気作り、そして専門的な内容を読者が読みやすい表現に「翻訳」することを大切にしています。

撮影

関 健作 / Kensaku SEKI

千葉県出身。順天堂大学・スポーツ健康科学部を卒業後、JICA青年海外協力隊に参加。 ブータンの小中学校で教師を3年務める。
日本に帰国後、2011年からフォトグラファーとして活動を開始。
「その人の魅力や内面を引き出し、写し込みたい」という思いを胸に撮影に臨んでいます。

連載
デザインのチカラ

千葉大学墨田サテライトキャンパスに設置された、未来の生活をデザインする実践型デザイン研究拠点「デザイン・リサーチ・インスティテュート(dri)」を拠点に、さまざまな専門分野でデザイナーとして活躍する先生方の研究・活動を紹介する。

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