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園芸療法がコミュニティの社会的健康をバックアップ~植物とのふれあいが心身の状態を整える 千葉大学 大学院園芸学研究院 教授 岩崎 寛[ Yutaka IWASAKI ]

#園芸・ランドスケープ
2024.10.07

目次

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花を見るとほっと安らぎ、木々の香りでリフレッシュした経験は誰しも思い当たるだろう。その現象を科学的に解明し、全ての人が植物との関わりを通して健康でいられる社会を目指すのが大学院園芸学研究院の岩崎寛(ゆたか)教授だ。

植物がもつ抗ストレス効果の科学的証明を目指して

先生が研究されている「環境健康学」とはどのような学問ですか?

植物が健康や福祉に対してどのような影響を及ぼすかを研究する学問です。自然に囲まれた環境に心地よさや安らぎを感じることはないでしょうか? 代表的な手法が園芸療法で、科学的に証明し社会で活用されるよう提唱しています。

例えば、公園の植物の中に椅子を置き、5分間座って休憩した前後でどのような変化があるか測定しました。するとどのような状態の方であっても血圧が正常値に近づきました(図1)。そこから、植物との関わりがホメオスタシス* のバランスを整える効果があることが分かりました。この論文を発表した当時は植物のこうした働きに関する研究はほとんどなく、体調を正常に近い状態に戻すエビデンスを提示した初めての論文でした。

*ホメオスタシス:恒常性維持、内外の変化に対して生命維持に必要な生理的な機能を正常に保とうとするしくみ


優れた点は他にもあります。癒しの代表的な存在はペットですが、日常の世話や亡くなった時のペットロスはストレス源にもなりえます。その点、植物の栽培は枯れてしまっても「肥料が少なかったかな?」など未来の期待へと意識を向けられる存在です。コロナ禍で植物の栽培が大人気でしたが、それは未来への希望が持てたからでしょう。

確かに、私もコロナ禍では花を飾りました。先生が園芸療法の研究を始められたきっかけは?

2000年頃、学生時代に森で癒やされた経験から研究を始めました。当時は植物の健康効果を扱う学会が存在せず、植物系からは「人の健康に関する評価をできない」、医療系からは「植物のことは分からない」と論文を受け付けてもらえませんでした。研究を続けるうちに私の研究に理解してくださる先生方が少しずつ増え、今の活動に繋がっています。

園芸療法のフロンティアですね。なぜ、20年以上も熱意を持ち続けられるのでしょうか?

あらゆる方が心身、そして社会的に健康であるために、日常生活で気軽にできることを提案したいという信念です。例えば、先ほどの公園での実験では「5分」という時間にこだわりました。「60分座ったら効果がある」と言われても60分座ること自体がストレスとなり実行できる人はわずかでしょう。だから5分であることが重要なのです。また森林浴も良いですが、都市にいると森に行くのも大変ですので公園浴を提案し、身近な公園でも森林と同じような効果があれば、と実験しました。研究成果の社会への還元がモチベーションになっていますので、研究したいことは尽きません。

「摘んでも良い花壇」がコミュニティを活性化

園芸療法の効果をより高める植物との関わり方はありますか?

園芸療法では「育てること」と「収穫すること」が重要です。これは農耕・狩猟民族であった人類の本能を満たすことに繋がります。例えば、みかん狩りはみかんを食べることだけが目的ではなく、収穫=狩りによる充実感や幸福感が得られるのです。また、自分たちで育てた花を摘んで飾ったり、ハーブを収穫して使ったりした方が、より大きな満足感を得られると思いませんか。これらの視点から「使う庭」を提案しています。

「使う庭」ですか?詳しく教えてください

JR新検見川駅から200mほど北にある花園公園は、駅へ向かう人が多く通ります。しかし公園への愛着がないためゴミの不法投棄が絶えず、地域のNPOが相談に来られました。そこで、「摘んでも良い花壇:花園公園レイズドベッドプロジェクト」を提案しました。これは、歩きながらでも摘めるように高床式花壇(レイズドベッド)を使い、管理が楽で香りも味も楽しめるハーブを公園で栽培する計画です。

花園公園のレイズドベッド・ハーブ花壇

公園を管理する千葉市や地域の方からはどのような反応がありましたか?

逆風からのスタートで苦難の連続でした。「摘んでも良い花壇」は前例がなく、自治体も承認しづらかったのです。「地域の承認を得る」という条件で自治体に了承していただきましたが、自治会でも難色を示されました。住民説明会を開催して私の考えを説明し、少しずつ理解していただき、ようやく実行のめどが立ちました。

花壇に掲げた看板

プロジェクト開始後、住民の反応はいかがでしたか?

「摘んでいい」と言われても、社会常識とは異なるので、最初は皆さん戸惑っていました。そこで、ハーブを入れたコップにお湯を注ぐといい香りが広がりますよ、といったハーブの簡単な使い方講座を開きました。すると「ちょっとやってみようかな」と摘み始め、次第に水やりなどの管理も自主的に行う雰囲気が広がりました。

先日、花壇を見に行くと、ハーブではなくお花が植わっていました。理由を聞いたところ、近所のおばあちゃんが「毎日仏壇にお花を1輪お供えしたいけれど、花屋で1輪だけは買いにくい」と話していたのを聞いて、「じゃあお供え用のお花を育てよう」とみなさんで植えられたそうです。

紆余曲折を経ましたが、本プロジェクトは第31回「緑の環境プラン大賞」コミュニティ大賞を受賞しました。「摘んで良い花壇」を通して地域のコミュニティが再生されていく、そのような場を作れて本当にうれしく思います。

ケアを提供する人にこそ必要な園芸療法

園芸療法は医療現場でも活用されているそうですね

野菜の栽培における間引き*などシンプルな園芸作業でも、リウマチ患者さんのリハビリ体操の代替プログラムとして有効です。がんの緩和ケアでは、ベッドに寝たまま好きな苗を選んでもらうだけでも、心の安らぎや社会との繋がりをもたらすと示唆されました。 しかし園芸療法を行うスタッフは医師や看護師ではないため、直接患者さんと関わることが難しく医療現場で普及しづらい状況が続いていました。そこで近年は医療スタッフ対象の「間接的園芸療法*」を考案し、進めています。

(参考) 
https://doi.org/10.20718/jjpa.12.2_125
https://doi.org/10.2512/jspm.8.501
https://www.jht-assc.jp/wp-content/uploads/vol.3_1.pdf

*間引き:発芽して密集した植物を適度に取り除く作業
*間接的園芸療法:岩崎先生が名付けた、ケアされる人(例:患者)ではなくケアする人(例:看護師)に対して行う園芸療法 間接的にケアされる人にも良い影響を与えられる

医療スタッフに対する園芸療法を思いつかれたきっかけは?

園芸療法を提案するために、ある緩和ケア病棟に何度も足を運びました。ある日ナースステーションで待つように言われたきり、忙しさのため忘れられてしまったことがありました……(笑)。

すると、たくさんのことが見えてきました。私がみた緩和ケアでは毎日3人ほど亡くなられました。そのたびにご家族が泣きながらお礼に来られ、看護師さんも涙を流しながら対応されていました。その様子をみて、緩和ケアの仕事は精神的負担が大きいことを実感しました。

病院内の休憩室において、園芸療法としてフラワーアレンジメントを実施

「彼らのストレスを何とかしなくては」と、急遽休憩室で看護師対象の園芸プログラムを開催しました。すると業務の合間に多くの看護師さんが参加してくださり「植物を触るとこんなに落ち着くのですね」と和やかな表情でおっしゃるのです。その時、「看護師さんが疲れていると、患者さんは遠慮してお願いしづらくなってしまう。けれど、園芸療法で看護師さんが元気に仕事できるようになることで、間接的に患者さんにも良い影響になるのでは」と気づきました。間接的園芸療法であれば患者さんに直接関わらないため煩雑な手続きが不必要になることや、看護師のストレスケアにも繋がることから、関心を持つ施設が増えています。 今後は介護の現場にいる介護士さんやヘルパーさん、そして学校の先生にも応用できるのではないかと考えています。

定年後の社会的健康を支える居場所作りに挑戦

これからの展望をお聞かせください

これまでの日本では、仕事に全力投球する働き方を求められました。そのため人生の大半を会社で過ごしてきた方が定年を迎えて退職すると、家庭以外の居場所や友人はあまりなく、突然社会から切り離されたように感じる方もいるでしょう。孤独感や無力感から意欲を失い、次第に自宅に引きこもってしまう高齢者も少なくありません。定年退職に伴うライフスタイルの急激な変化は、高齢者の社会的健康を損なう大きな一因といえます。

そこで、定年退職された方が外に一歩踏み出すきっかけとなり、気軽に集える居場所となりうる地域の農園活用法を探索しています。農作物を栽培するだけでなく、収穫して家族やご近所にプレゼントする、料理を作る、食べるなど、思い思いに農園と関われたら、より多くの人が楽しく集える場所になるかもしれません。

ますます高齢化が進む中で、農業や園芸が社会的健康の向上に寄与できる方法はないか、まだ解明されていない可能性を調査したいと思います。

植物を通して肉体的、精神的、そして社会的に満たされた健康状態を皆さんが享受できる社会が私の願いです。園芸療法を一緒に広めませんか。研究結果を一般の方にも分かりやすく伝えるために市民講座へ精力的に登壇しています。呼んでいただけたら日本全国どこでも行きますよ。

● ● Off Topic ● ●

 

先生はとても楽しそうに研究されていますね!

 
 

研究の楽しさが学生に伝わるのは大事かなって思っています。それに学生と新しい研究をするのがとても楽しいです。時に驚くほど斬新なテーマを提案されてびっくりするんですけれど。

 
 

どんな研究テーマがありましたか?

 
 

「山の神」の研究をしたいと相談に来た学生がいました。もちろん私も門外漢で、本を読んで一緒に勉強しました。祠(ほこら)の位置を調べてGIS情報を地図と重ねてみると、なんと事故が起こりやすいところに祠が設置されていたのです。自分ひとりでは絶対に知れなかった世界なので、とても面白いですね。

 

インタビュー / 執筆

安藤 鞠 / Mari ANDO

大阪大学大学院工学研究科卒(工学修士)。
約20年にわたり創薬シーズ探索から環境DNA調査、がんの疫学解析まで幅広く従事。その経験を生かして2018年よりライター活動スタート。得意分野はサイエンス&メディカル(特に生化学、環境、創薬分野)。ていねいな事前リサーチ、インタビュイーが安心して話せる雰囲気作り、そして専門的な内容を読者が読みやすい表現に「翻訳」することを大切にしています。

撮影

関 健作 / Kensaku SEKI

千葉県出身。順天堂大学・スポーツ健康科学部を卒業後、JICA青年海外協力隊に参加。 ブータンの小中学校で教師を3年務める。
日本に帰国後、2011年からフォトグラファーとして活動を開始。
「その人の魅力や内面を引き出し、写し込みたい」という思いを胸に撮影に臨んでいます。

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